『竜の泉(前編)』(脚本)
〇朝日
こんにちは!
「静かの庭」にようこそ。
前回のエピソードから、リアル時間では、なんと半年以上がたってます・・・
びっくりですね。
でも、わたしくしイオは、
1歳たりとも年をとっていないし、
わたしが暮らすこの世界では、
季節が1つ、前に進んだだけです。
その間、みなさんは、お変わりなかったですか?
いそがしく前に進む世界の中で、
時間をみつけて、わたしに会いに来てくれたこと、
とってもうれしく思っていますよ!
では、今日もさっそく始めましょうか。
今日ここで紹介するお話は、
「竜の泉」というタイトルの、
童話とおとぎ話の中間みたいな物語。
作ったのは、ikaru_sakae氏です。
ちょっぴり長いお話なので、
前編と後編の2回に分けて、読んでいきますね。
それではさっそく、読んでいきましょう。
「竜の泉」、前編のはじまりです!
〇月夜
遠い西の地方に、大きな森がある。
それはほんとうに大きな森だ。
森は海のほとりからはじまって、
青くかすんだ、はるかな山なみのふもとまで、
森はどこまでも途切れることがない。
その森の奥に、ひとつの泉がある。
小さな泉だ。
水は草かげから滾々(こんこん)と湧き、
大きな古木の根本にささやかな溜り(たまり)をつくる。
どんな日照りの夏にも、
泉の水は枯れることがない。
そして凍てつく冬の寒さの中でも、
不思議とそこだけは、
凍りつくことがない。
森に夜の静けさが満ちるとき、
樹々の梢(こずえ)の間から、
星の明かりがしずかに降りこむ。
星がひときわ明るい夜には、
泉のほうから、誰かの歌声が聞こえるという。
泉のそばにうずくまる、大きな影を見た者もいるという。
けれど、あくまでそれらは村の噂(うわさ)だ。
じっさいに確かめてみた者は、ひとりもいない。
ほんとうのことは、誰にもわからない。
竜の泉、と。
土地の人たちは、昔からその名で泉を呼んでいる。
さて、
今から、どのくらい前になるだろう。
その森の奥深くに、1匹の竜が住んでいた。
竜はその森の深くで生まれ、
七百年ものあいだ、そこで静かに生きてきた。
七百歳の竜。
けれど、そのころすでに、
竜はとても数が少ない生き物になっていた。
そしてその西の地方に住む竜は、
その七百歳の若い竜、ただ1匹だけになっていた。
はるか山の向こうに日は落ちて、
森に夜の暗さが満ちる頃、
竜は黄金の翼を優雅にはためかせ、
森いちばんの大木の梢に降り立つと、
そこで静かに翼をたたむ。
とがった鼻先を空のほうに差し向け、
それからゆっくりと目を閉じる。
竜はそのまま動かない。
竜は、あくまで動かない。
しかし竜は、眠っていたのではない。
一心に、祈りをささげていたのでもない。
竜はそこで、聴いていたのだ。
歌を。
星々が奏でる歌を。
森上の夜空を埋め尽くす、星たちの歌声を。
星たちは、夜ごとに歌う。
まだこの惑星(ほし)が生まれて間もない日々のこと。
まだ宇宙が、いまよりずっと若かった頃のこと。
そしてあらゆるものに、しみとおる、
宇宙をつらぬく命のことを。
それは美しい歌だった。
その歌の神秘を、他の誰かに伝えたい。
竜は、何度ひとりで思ったことだろう。
じっさい竜は、伝えようとしたのだ。
森のカラスに。カワウソに。
洞穴に住むオオカミたちに。
そして森の岩屋に住む、知恵のある大熊に。
しかし。
誰ひとりとして。
竜の言葉を、理解できた者はいなかった。
ーー竜の言葉は、さっぱりわからん。
――長生きしすぎて、アタマが少し、どうかしたのかもわからんな。
動物たちは、口々に言いあうのみだった。
やがては竜の側でも、
すっかり口を閉ざして、
何も言葉を話さなくなってしまった。
どんなに美しい星の調べを聴いた夜にも、
それを誰かに伝えることを、
竜はすっかり、やめてしまった。
いや。「すっかりやめた」は、不正確だ。
じつはただひとりだけ、
竜の話し相手が、ただひとり、
まだその森には、ただひとりだけ、
竜の言葉に耳を傾ける者が、
まだ今でも、ひとりだけいたのだ。
それは、大樫の梢に巣をかける、
1羽の小さなコマドリだ。
黄金の翼をはためかせて竜が梢に降り立つと、
コマドリは、ひらりと巣から飛びあがって竜の鼻先にとまり、
今夜はどんな話をきかせてくれるの?と、
尾羽根をゆすって、竜に話をさいそくする。
すると巨大な竜のほうでも、
いくぶん照れたように大きな尻尾を左右に動かし、
それから竜は語りはじめる。
竜は話す。
風と雲が生まれる場所のこと。
太陽と月のうた。
この惑星の歴史、
終わることのない、星の命の歌のこと。
だが、じつを言えば、
竜の話は、コマドリの耳には、じっさい少し、難しすぎた。
生まれて森を1度も離れたことのないコマドリにとっては、
森だけが、世界のすべてだ。
惑星や宇宙の話は、
コマドリの暮らす世界からは、あまりにも遠いものだった。
それでもコマドリは、じっと耳をすませて聴いた。
少しでも、
たとえほんの少しでも、
気高い竜の、心の高みに、
わずかであっても近づきたい。
全部は、理解できないかもしれない。
でも。たとえ、一部でも。
聴きたい。
聴きたい。
美しい竜の、心の声を聴いていたい。
ほんのわずかしか、自分はほんとは、
理解できてないかもしれない。
でも。それでも。
聴こう。
聴きたい。
森向こうの空が、白みはじめるその時まで。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
〇朝日
・・・はい。ここまで、前編のおはなしでした。
いかがでしたか?
ふだん、ふつうに暮らしていると、
竜とか、森とか、そういうものは、
ひどく遠い、ファンタジーの世界の何かと思って、
忘れてしまって、思い出すことも ほとんどない日もありますが、
ときにはこうやって、
ふだん忘れそうな古い世界のおはなしに、
耳をすましてみるのも、
あんがい、悪くはないかもしれません。
では、次回の後編をおたのしみに。
それまでみなさんも、
元気で過ごしてくださいね。
あまり仕事で無理をせずに、
じぶんの心に、素直になって、
ゆっくりとした時間を、
ときには、過ごしてくださいね。
ではでは、わたしはいったん、失礼しますね。
次回のエピソードで、お会いできる時まで。
さよなら! みなさん、お元気で。
ばいばい!