エピソード6(脚本)
〇田舎の病院の病室
・・・唐突に、気付いた。
憂月「・・・」
部屋の隅、誰も滅多に触れないところに
見たことのないひとが、いる
腕を組んで、目を閉じているが・・・
時折──看護師や患者の誰かが扉を開けると
片目だけ瞼を持ち上げて見るから、
起きてはいるのだろう
そして──しばらく見ていて判ったことは
ソラ(・・・やっぱり、誰にも見えてないんだ)
肩が触れそうなくらい近付いても
そのひとを真っ正面から見ても
ソラ(オバケ・・・なのかな・・・)
足も、影もあるけど
わたしとそのひとしかいない病室で──
じ、と見つめてみる
憂月「・・・あ?」
視線が、絡む
ソラ「こんにちは」
憂月「・・・」
憂月「・・・みえるのか?」
ソラ「隅にずっといる赤い髪のお兄さんなら、 見えるよ」
ソラ「お兄さん、オバケなの?」
「みえるのか」
やはり、普通は見えないらしい
憂月「・・・あ"ー・・・」
お兄さんはガリガリと後頭部を掻いた
・・・不機嫌というより、困惑しているように見える
憂月「・・・まあ、オバケみたいなモンだ」
憂月「そして、悪いやつをあの世に連れて行く仕事をしてる」
ソラ「そっか」
憂月「そっか、・・・ってお前・・・」
憂月「疑わねぇのかよ?」
ソラ「うーん・・・」
ソラ「お兄さんがそう言うなら、わたしが言えることはないよ」
わたしに対して嘘を吐くメリットがない
──それが、このひとを信じるすべてには
なり得ないにしても
ソラ「お兄さん、普通の人じゃなさそうだし・・・」
ソラ「でも、どうしたの?」
ソラ「やっぱり病院にオバケは多い?」
憂月「・・・変な奴だな」
憂月(──死期が近ぇのか、 霊感的なものが開花でもしたか・・・)
憂月(・・・まあ、良いか)
憂月「”みえる”ついでに訊かせてくれや」
憂月「俺が”みえる”以外に、他に変なことはねぇか?」
ソラ「少し前のことでも良いなら」
ソラ「・・・」
ソラ「あのね、 少し前に看護師さんが亡くなったの」
ソラ「寿々木さんって言ってね、 とってもパワフルな人だった」
〇大きい病院の廊下
──真夜中のお仕事中、亡くなったんだって
わたしが知る限りでは体調を崩したことも
なかったし
亡くなるほんの少し前に定期検診も受けた
って言ってた
──でも、亡くなったの
病気でも、怪我でもなく・・・
──先生たちがどんなに調べても、
理由はわからないまま
〇田舎の病院の病室
ソラ「・・・看護師さんとか他の患者さんは ”前院長の呪いなんじゃないか”って」
憂月「穏やかじゃねぇな」
憂月「・・・前院長ってのは、 そんなことをするようなやつだったのか?」
ソラ「・・・わかんない」
ソラ「わたしが生まれるかどうかって時期に、 その人も亡くなったって聞いたから」
ソラ「・・・」
ソラ「前院長も、 院長室で突然倒れてそのまま・・・って」
憂月「前院長に・・・ってか 病院ごと呪われてねぇか? それ」
憂月(・・・と、なると──)
憂月(”未解決”から地続き・・・か)
〇田舎の病院の病室
ソラ「あと・・・これは個人的な質問になるんだけど」
ソラ「亡くなった人たちを夢でずっと見るのって、 やっぱりわたしも”その時”が近いってことなのかな?」
憂月「・・・あ"ー・・・」
憂月「まあ、そういうことがない訳じゃねぇ」
憂月「だが・・・」
憂月「アンタの場合は別だ」
憂月「油断したら”持って逝かれる”ぞ」
もっていかれる
その音を口の中で転がした
ソラ(それは──困るなあ)
憂月「どんな夢だ?」
ソラ「・・・いつも、遊びに誘われるだけだよ」
ソラ「わたしは屋上にいて、みんなは中庭で遊んでる」
〇フェンスに囲われた屋上
〇中庭
一緒に遊ぼうって、言ってくれる
──だけどね
絶対に応えちゃいけないんだって、わかるの
〇田舎の病院の病室
憂月「・・・」
ソラ「わたしにみんなが見えていることも、 気付かせちゃいけない」
ソラ「いつも理由はわからないけど・・・ お兄さんの反応からして、正しかったんだね」
憂月「・・・ああ」
憂月「アンタが応えない限り、 そいつらにそれ以上のことはできない」
憂月(──今は、まだ)
憂月(とはいえ・・・アレを連行しなきゃ、 その”連鎖”は終わらねぇ)
憂月(──アレがこいつに執着してるなら、 効くかも知れねぇな)
憂月「・・・俺の仕事が終わるまで、 アンタはこれを持ってろ」
お兄さんが懐から取り出し、差し出したのは
ソラ「・・・はさみ?」
小さな──わたしの手のひらでも隠せるくらい小さな鋏だった
持ち手すら、わたしの指で多少の余裕がある、程度しかない
大人、あるいは大人に近い体格のお兄さんが
普通の鋏として使うのはきっと難しい
憂月「気休めだが・・・」
憂月「枕刀・・・つってもあれか」
憂月「御守りみたいなモンだ」
憂月「残念ながら、 アンタの病気を退けるほどの力はねぇが」
憂月「悪いやつを牽制するくらいはできる」
──懐から取り出したということは、
お兄さんを守るためのもののはずだ
ソラ「わたしに預けて、お兄さんは大丈夫なの?」
ソラ「お仕事中、困らない?」
憂月「気にすんな」
憂月「アンタを守ってもらう方が 都合が良いってだけだ」
ソラ「・・・そっか」
ソラ「じゃあ、 お兄さんのお仕事が終わるまで借りるね」
憂月「おう」
憂月「・・・良いか、アンタは今まで通りに過ごせ」
ソラ「・・・うん」
憂月「夢で誰に──何に誘われても応えるな」
ソラ「うん」
憂月「鋏はできるだけ持ち歩け」
ソラ「うん」
ソラ「わかった」
お兄さんの若草色の双眸が、鋭さを増す
憂月「俺が仕事を終える前に、 アンタが息を引き取る可能性がある」
ソラ「・・・」
憂月「”その時”、往くべき場所が判るなら、 それは置いて行け」
憂月「場所は適当で良い」
憂月「だが──」
憂月「どこに行けば良いか判らず、 あるいはどうしてもどこにも行けなかったら」
憂月「それを持ってろ」
ソラ「わたしがオバケになっても持っていられるの?」
憂月「ああ」
憂月「悪いやつにならない限り それはアンタを守る」
ソラ「そっか」
ソラ「なら、安心だね」
〇フェンスに囲われた屋上
憂月(あいつ──ソラは、此処から中庭を見ていたと言ってたか)
〇中庭
〇フェンスに囲われた屋上
何の変哲もない、いくつかのベンチと植木に花壇があるだけの中抜け空間。
──だが。
憂月(・・・確かに、”いる”な)
〇中庭
〇フェンスに囲われた屋上
憂月「・・・何人糧にしやがったんだか」
浮遊霊や地縛霊より淡い、”影”
子どもの声をしたそれは、ただただ無邪気に──
憂月「後でちゃんと連れて行ってやるから」
〇中庭
〇フェンスに囲われた屋上
憂月「しばらく、お利口にしてろ」
時間稼ぎにしかならないが
これでしばらくは、中庭の“影”たちが
誰かを誘うことはしない
憂月「残りは本体」
憂月「・・・」
・・・あのバカの野生の勘が、
とっとと尾を踏んでくれれば楽なのだが