〇時計台の中
鑑定士「この世には〈いわく〉を抱えた呪いの品が存在します」
鑑定士「私は、そんな〈いわく〉付きの品専門の鑑定士」
鑑定士「さて、本日の〈いわく〉は、一体おいくらになるのでしょうか・・・」

〇マンションの共用廊下
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「解熱剤、うがい薬、栄養剤」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「スポーツドリンク、レトルト粥、冷凍うどん」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「汗拭きタオル、替えの下着、ティッシュ──」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「よし、メモした物は揃ってるな！」

〇ファンシーな部屋
瞳(ひとみ)「ただの風邪なのにこんなに!?」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「風邪の時必要な物、メモしてきたんだ」
瞳(ひとみ)「助かるけど、転職して今日が初出社でしょ？寄り道してて大丈夫？」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「大丈夫、間に合うルートはメモしてきた」
瞳(ひとみ)「いつもの事だけど──」
瞳(ひとみ)「ルート検索ならわざわざメモしなくてもアプリ見ればよくない？」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「いや、アプリは必要な情報が一画面に収まらない」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「自分でメモした方が情報が一本化できるし、頭に入りやすいんだよ」
瞳(ひとみ)「まぁ私も学生時代は記文のメモに散々助けられたけどさ」
瞳(ひとみ)「あ──」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「お、おい！ 瞳!?」
瞳(ひとみ)「ゴメン、大丈夫」
瞳(ひとみ)「ちょっと立ちくらみしただけ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「熱上がってるんじゃないか？病院行った方が──」
瞳(ひとみ)「寝てれば大丈夫」
瞳(ひとみ)「それより時間！早く行きなよ メモした電車に乗れなくなっちゃうよ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「始発から昼過ぎまで、最速ルートは全部メモってあるよ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「あと７本は見送っても間に合うな」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「メモしてきたレシピで消化にいい朝食作るよ」

〇オフィスビル

〇オフィスのフロア
上司「次はいよいよ具体的な業務フローの説明に入るが」
上司「ちゃんと付いてこれてるか!?」
「は、はいっ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「もちろん、ここまでのお話は全てメモしてあります！」
上司「ほう、かなり駆け足で説明したが── 全部とは頼もしいな」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「恐れ入ります」
上司「しかし教えなければならん事がまだ山積みなのに、時間押してるな」
上司「こりゃ、初日から残業になるかもな」
同僚「わ、笑えねぇ──」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)（早く瞳の様子見に行きたいのに⋯⋯）

〇ファンシーな部屋

〇オフィスのフロア
橋垣 記文(はしがき のりふみ)（元気に見せてたけど、かなり辛そうだったな──）
上司「いいか、ここは絶対に間違えるなよ！」
「はいっ！」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)（本当に風邪だよな？ 症状を細かくメモして、電話で問診でもしてもらった方が──）
上司「よし！次は関連部署に挨拶回りだ！ 付いてこい！」
「はいっ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「あ、はいっ」

〇オフィスビル

〇オフィスのフロア
上司「よし、今日教えた事を一通りやってみろ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「えー、まずシステムを開いたら──」
上司「おい！ お前何やってんだ！」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「は、はい!?」
上司「更新かける前に必ずバックアップ取れとあれほど言っただろ！」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「え、えっ？」
上司「あー、こりゃ前任者呼んでこないとダメだ」
上司「初日から面倒な事してくれたな！」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「も、申し訳ございません！」
上司「全く⋯⋯メモもろくに取れんのか！」

〇大きいデパート

〇雑貨売り場
ショップ店員「何かお探しですか？」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「これを──」
ショップ店員「こちらと同じ物ですか？」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「いえ──今の俺にはこんないいメモ帳はもったいないので」
ショップ店員「はあ⋯⋯？」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「そこにメモしてある商品を探してるんです」
ショップ店員「あ、それでしたら──」
ショップ店員「こちらですね」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「思った通り──ちょうどいいシンプルさだ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「このメモ帳で初心に戻って、もう絶対にあんなミスはしない──！」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「──うん、何だか輝いて見えるし、このメモ帳縁起がいい気がする！」
ショップ店員「た、確かに──」

〇オフィスビル

〇オフィスのフロア
上司「オイ！誰だ俺の机の付箋を勝手に捨てたの！」
上司「先方の担当者の携帯番号メモしてあったのにどうしてくれるんだ！」
同僚「どうせまた自分で捨てちまったんだろ」
上司「クソッ、誰か先方の担当者の番号わかる奴いないか!?」
同僚「自分しかタッチしてない案件なのに知るかよ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「石田様の番号でしたら、こちらですね！」
上司「な、何で知ってるんだ!?」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「お電話で復唱なさってたのが漏れ聞こえてきたので、念のためメモしておきました！」
上司「でかしたぞ橋垣！助かった！」

〇ファンシーな部屋
瞳(ひとみ)「良かった、仕事順調そうで」
瞳(ひとみ)「最初は元気無さそうだったから心配だったけど」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「あの頃の俺のメモはまだ甘かったからね」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「でも今なら森羅万象、全てメモできる気がするよ！」
瞳(ひとみ)「メチャクチャ言うなぁ～」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「『私、やっぱり記文が居ないとダメみたい』」
瞳(ひとみ)「え!? それって⋯⋯」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「２週間前のちょうどこの時間、瞳が俺に言った言葉」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「ここ１ヶ月の瞳との会話、全部メモしてあるよ」
瞳(ひとみ)「ええぇえ!? 全部!?」
瞳(ひとみ)「わ、わかったから！それ以上読み上げないで～」

〇田舎の線路

〇池のほとり
瞳(ひとみ)「あぁ、この眺めを眼に焼き付けられたらなぁ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「『13時12分、自然公園に到着 気温22.7℃、湿度40％、風力２』」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「『湖の外周約5.2km、水深約９m 周囲はブナ、ナラ等の原生林』」
瞳(ひとみ)「情緒ないなぁ」
瞳(ひとみ)「景色も私もろくに見てないでしょ！」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「『そう笑う瞳の白い歯は陽光に煌めき、前髪は微風に揺れて──』」
瞳(ひとみ)「ちょ、冗談！私は見なくていいから！」
瞳(ひとみ)「恥ずかしいからやめてー！」

〇温泉旅館

〇旅館の和室
瞳(ひとみ)「やっぱり海が近いとお魚美味しい～」
瞳(ひとみ)「よく歩いた後だからなおさらだね！」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「『酢の物、鯛の薄造り、黒毛和牛のステーキ──』」
瞳(ひとみ)「そんなのお品書き持って帰ればいいでしょ!?」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「お品書きじゃ味まではわからない」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「このメモに書いておけば、味や香りまでありありと思い出せるんだよ」
瞳(ひとみ)「でも、食べるよりメモ書いてる時間の方が長いじゃない！」
瞳(ひとみ)「今日も行く先々でメモとってばかりだったし」
瞳(ひとみ)「ちょっと変じゃない？せっかくの旅行なのに」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「せっかくの旅行だからこそだよ！」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「俺はずっと、大切な事を忘れるのが怖かったんだ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「どんなに大切な想いも記憶も、時間が次第に押し流してしまう」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「でも、今は違う」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「俺はこのメモ帳に大切なもの全てを保存する」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「俺は──」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「瞳との大切な時間を、永遠のものにしたいんだよ」
瞳(ひとみ)「⋯⋯もう」
瞳(ひとみ)「仕方ないなぁー」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「ＰＥ－Ａ 183Ｄ⋯⋯」
瞳(ひとみ)「でもコンロの型番は書かなくてもよくない!?」

〇オフィスビル

〇オフィスのフロア
上司「橋垣、お前──」
上司「この追い込みの時期にのんびり何やってるんだ!?」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「マニュアルが新しくなったから把握しておけと仰っていたので」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「全てメモして整理しなおしてました」
上司「全てって⋯⋯1000ページ以上あるんだぞ？」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「こちらのマニュアルですと情報が散逸しているので、一文毎に注釈も加えています」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「もうおおよそ終わったので、次は他部署のマニュアルと統合して──」
上司「うんうん、なるほど」
上司「だが、今はそれよりだな──」
上司「手を動かせ！業務を進めろ！このバカモン！」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「手ならずっと動かしていますが」
上司「違ーーう！」

〇低層ビルの屋上
同僚「あいつヤバくないか？」
同僚「変な奴だとは思ってたけど、最近さすがに異常だろ」
同僚「そろそろクビ飛んでもおかしくねぇよな」
同僚「こ、この音──!?」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「⋯⋯」
同僚「今の話もメモしてたのか──？」
同僚「まさか、普段俺らが言ってる部長の愚痴とかも──」

〇屋上の入口
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「心配しなくても、メモをバラ撒いたりはしないよ」

〇イルミネーションのある通り
瞳(ひとみ)「わぁ、綺麗！」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「瞳」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「１ヶ月かけて推敲した言葉をメモしてきたんだ」
瞳(ひとみ)「?」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「『今の会社が１年続いたら、申し込もうと決めていました』」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「『瞳、僕と結婚してください』」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「結局、ありふれた言葉になっちゃったけど」
瞳(ひとみ)「こんなに特別な言葉はないよ！」
瞳(ひとみ)「よろしくお願いします、記文」
瞳(ひとみ)「でも、そういう事はメモより相手の眼を見て言うものだぞっ！」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「『──と言って、瞳は潤んだ眼で苦笑してみせた』」
瞳(ひとみ)「も～！記文～！」

〇海辺の街

〇新幹線の座席

〇昔ながらの一軒家

〇広い畳部屋
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「『必ず幸せにしてみせます！ 娘さんとの結婚をお許しください！』」
瞳(ひとみ)「あ、あのね、記文は緊張してて！」

〇田舎の教会

〇教会の中
牧師「病める時も、健やかなる時も──」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「『これを愛し、これを敬い、死が二人を分かつまで──』」
瞳(ひとみ)「ちょっと！記文！」
牧師「誓いマスか!?」

〇結婚式場のレストラン
上司「新郎の記文くんは我が社においても重要な役割を──」
上司「じ、重要な役割を果たし──」

〇結婚式場のレストラン
瞳(ひとみ)「お父さん、お母さん」
瞳(ひとみ)「こんな私を今まで育ててくれて──」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「うん、うん──！」
瞳の父「⋯⋯」

〇高速道路

〇車内
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「飛行機間に合いそうだな」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「新婚旅行、楽しみだ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「外国の街の様子をメモできるのは初めてだもんな！」
瞳(ひとみ)「⋯⋯」
瞳(ひとみ)「でもさ、結婚式の最中もずっとメモとってるのは、ちょっとやり過ぎだったんじゃない？」
瞳(ひとみ)「お父さん、さすがに険しい顔になってたよ」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「そうか、じゃあフォローしておかないとな⋯⋯」
橋垣 記文(はしがき のりふみ)「お義父さんの好きな洋酒の銘柄メモしてあるから、お土産に──」
瞳(ひとみ)「お父さんだけじゃないよ」