黒よりも黒い藍

貴志砂印

黒よりも黒い藍(脚本)

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〇黒
天使「五月蠅い! 五月蠅い!五月蠅い!」
天使「ウルサイ!」
  羽が黒いだけで、悪とするか・・・・・・。
  善悪と仕訳けて、何が変わるというのだ。
  それだけの理由で、この場に居場所がないのなら、
  この羽根などいらない!
  この羽根を失って、この場にいられなくなると分かっていても、
  それだけの理由で、悪とされるなら―――いっそ。
  ―――この羽根などいらない!

〇渋谷のスクランブル交差点
  気付けば、ボクは人間の世界にいた。
  黒い翼を持っているだけで、カラスと呼ばれ、居心地が良いと言われている世界を自ら抜け出した。
  翼を失った天使は地に落ち堕天使となる・・・・・・。
  だが実際は、そんな事はない。
  ただの人間になる・・・・・・これが現実で、真実だ。
  今となっちゃ、これを伝える術もない。
  自ら居場所を失い、人間の世界に来たが、ここに居場所があったのか。
  
  それも違う。
  ここにも居場所はなかった。
  いや、居場所など、どこにもない。
  人間は天使たちが住む場所を『楽園』や『天国』などと呼ぶ。
  だが、ボクたちからしてみたら、
  人間たちの世界の方が『楽園』や『天国』だと感じる。
  これを『隣の芝は青く見える』というらしい。

〇レトロ喫茶
ヒビキ「あー。それは、隣の芝は青く見えるだね」
天使「芝・・・・・・青い?・・・・・・青より緑だけど」
ヒビキ「そうじゃなくて、―――とにかく、他人の物の方が、良く見えるって意味」
天使「他人の物の方が・・・・・・」
ヒビキ「だから、天使くん、キミの羽根は黒かったらしいじゃない。 それって、周囲が羨ましく思ってたんじゃない?」
天使「まさか」
ヒビキ「好きだから、逆に嫌な事を言うって、よくある事だから」
天使「聞いたことないよ。・・・・・・それに、他人の物の方が良く見えるならさ」
天使「ボクは『白い翼が欲しい』って思ったんじゃないかな」
天使「でも一度もない」
ヒビキ「そっか」
天使「黒い羽根は、いらない―――って思った。 いらない!としか、思えなかった」
ヒビキ「ふーん・・・・・・すごいね」
天使「え?」
ヒビキ「人が羨ましいって思ったもの、天使くんは手放せたんだから。 凄いよ」
天使「―――そ、そうじゃない・・・・・・と、思う」
ヒビキ「そうかな? そうじゃないかもだし、そうかもだよ」
天使「・・・・・・そう・・・・・・かも・・・・・・か。 でも、あんな黒いの誰が羨ましいと思うんだよ」
ヒビキ「うーん。黒いの・・・・・・黒いの・・・・・・か」
ヒビキ「わからないけどさ。 天使くんが言った言葉を返して、そうじゃないと思う―――かな」
天使「そうじゃない?」
ヒビキ「天使くんの、黒い羽根って、カラスって言われてたんでしょ?」
ヒビキ「それなら―――きっと黒じゃなく、 それは・・・・・・」
ヒビキ「漆黒だったんじゃない?」
  この目の前にいるヒビキさんは、変わった人間だった。
  ボクの話を何も疑いもせず受け入れて、ボクを『天使くん』と呼び、普通に会話をしてくれる。
  そんな人間と出会えて、徐々に暮らしていけるようになった。
  
  数少ないが会話する人間も増えて、仕事を覚える。
  人の波に紛れて歩く、空を見上げ、星の煌めきを見ても、懐かしさなどは忘れ、
  その煌めきと眩しさだけを感じ、天使の記憶など消え去り、人間になっていく様だ。
  居場所など、どこにもない。
  
  だけど、居場所は作るものなんだと思えた。

〇渋谷のスクランブル交差点
  とても暗い・・・・・・
  身体が冷たい・・・・・・。
  薄れる意識の中、嫌な言葉しか思い浮かばなかった。
  ・・・ウルサイ・・・。
  突然飛び出してきたトラックに、轢かれた・・・・・・。
  翼があれば、天使だったら、こんなの何ともなかったのに、
  人間じゃ、どうにもならない。
  もう、身体が動かない。
  隣で倒れている、あの子の手を、ヒビキさんの手を・・・・・・せめて握りたいのに、何も動かない。
  守れなかった。
  人間じゃ守れなかった。
  天使だったころ、何度も人間の世界を見に来ていた。
  ビルの上に降り立ち、
  眼下に蠢く人の群れを眺める・・・・・・。
  ネオン輝くビル。
  列をなす車。
  様々な場所に向かう人間。
  具体的なことはないが、羨ましかったんだと思う。
  天使の世界から逃げて、
  夕暮れから夜明けの時間、人間の世界で呼吸をするだけで満足していたのに、
  羽根などいらないと思ってしまった。
天使(これが、隣の芝が・・・・・・ってやつなのかな)
天使(羽根・・・・・・か)
  人間じゃダメだ。
  人間のままじゃダメだ・・・・・・。
  羽根を・・・・・・翼を・・・・・・自由の翼を―――!
  その時、ボクの背中に羽根が戻る。
  そして、身体を動かし、あの子の手を握ると・・・・・・。
  
  彼女にも羽根が生まれた。
  そして、二人は空へと羽搏く。

〇空
ヒビキ「・・・・・・これって・・・・・・」
天使「ボクもキミも羽根を手に入れたんだ」
ヒビキ「わー。真っ白な羽根」
天使「そこ、リアクション薄くない?」
ヒビキ「だって、別に天使くんの話で、さんざん聞いてたから」
天使「ははは」
ヒビキ「天使くんのは、言ってた通りだね」
天使「うん。 ボクは相変わらずの真っ黒な羽根だ」
ヒビキ「でも、やっぱりだね」
天使「え? やっぱり?」
ヒビキ「やっぱりだよ。だってさ。黒くないじゃん」
ヒビキ「それは漆黒・・・・・・」
天使「だから黒いんだって」
ヒビキ「漆黒はね」
ヒビキ「艶やかな黒なの。 自然の光に照らされると、それはとても、深い青に変わる」
ヒビキ「だから、カラスは真っ黒じゃないの。 あの色に気付ける生き方が大切ね」
天使「そ、そうなの?」
ヒビキ「だから、やっぱり、羨ましかったんだって。 少なくとも、今の私がそう思ってる」
ヒビキ「きっと夜が明けて、光にあたったら、その羽根の黒より黒い藍色をみることができる」
ヒビキ「楽しみでしかたないね」
天使「・・・・・・あ、あ・・・・・・あはは」
  返す言葉が見つからなかった。
  でも、一つだけハッキリした。
  この羽根は必要だ。
ヒビキ「ところで質問!」
天使「なに?」
ヒビキ「私たちって、これ・・・・・・死んでるの?」
天使「さぁ?」
ヒビキ「天使かもしれないし、オバケかもしれないし、妖怪かもしれないか」
ヒビキ「まぁ、いいか。未来はいくらでも描けるからね」
天使「おお。言うね」
  この夜、空には二つの星が流れた。
  今も二人は、天翔けているのかもしれない。

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