戯れのヘリオトロ-プ ~屍喰症患者との恋愛遊戯に、幸福な結末はあるのか~

資源三世

読切(脚本)

戯れのヘリオトロ-プ ~屍喰症患者との恋愛遊戯に、幸福な結末はあるのか~

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〇英国風の部屋
千寿郎「傷が増えているな」
千寿郎「あれほど言ったのに、またやったのか?」
富治「ごめん。残された時間を考えてしまうとね」
富治「どうしても誘惑に勝てないというか」
千寿郎「その時間の為に必要なんだがね」
  私はわざとらしく嘆息をしてみせてから、彼の治療へ移る
  彼の体には、嚙み千切られた傷跡が無数にあり、赤黒い肉がむき出し、抉れ、骨が見え隠れする
  未だ慣れそうにない、むせるような血と肉、そして消毒薬の混ざる臭いに堪えながら、処置を施してゆく
千寿郎(この傷で、よく生き永らえるものだ)
千寿郎「処置完了。後は──」
富治「どうぞ」
梨花「食事の支度が出来たわ」
富治「だってさ。冷めないうちに頂いていいかな。義兄さんの分も用意して貰ってるんだ」
千寿郎「いや、私は・・・」
富治「たまには妻の手料理を食べていってよ」
千寿郎「仕方ないな」

〇洋館の一室
梨花「はい、あなた」
富治「あぁ」
  富治は、嫁の差し出したパンにスープと口にしてゆく。これが、ただ仲睦まじい夫婦の姿であるなら、どれほど幸せだったろう
  残念なことに、彼の体は介護なしでは食事すらままならなくなっているだけだ
  あの女の為に!
千寿郎「食事で苦労はないか?」
富治「彼女のおかげで、全く不自由ないよ」
梨花「夫の為に尽くすのが、良き妻ですもの」
千寿郎「相変わらず仲が良いんだな」
富治「義兄さんにそう思われるなんて光栄だよ」
梨花「えぇ。お義兄さん夫婦は私達の憧れだもの」
富治「そ、それより!」
富治「僕はあと3か月。彼女との約束の日まで、生きられるかな?」
千寿郎「患者の望む、幸せな最期を迎えさせる。それが今の私の信念だ」
富治「流石は余命調整人。頼もしいね」
千寿郎(その呼び名は、悪口なんだけどな)
  私の仕事は、終末期患者が幸福な最期を迎えられるよう、薬などを調整して、望んだ日に旅立てるようにするものだ
  だが、死に向かう医療を快く思わない者は、私を治療を放棄とした医師として、不名誉な二つ名を与えたのだ
梨花「幸福な最期。とても素敵ね」
富治「あぁ、そうだね」
千寿郎(そう、義弟の最期は幸福でなければならない)
千寿郎(それを血で汚すなら許さないぞ)
千寿郎(怪物め)

〇雪山
  ──数か月前のことだ
  義弟は友人と雪山で遭難してしまった
  二人はなんとか洞穴までたどり着いたが、吹雪は止まず、絶望だけが長引いたことを思い知る
  ほどなくして友人は亡くなり、彼の右足は凍傷で壊死。じわじわ迫る死に、恐怖より救いを見出し始めた時だ
  洞窟の奥から、音が聞こえた
  ゴリッ、ゴリッ・・・ゴキッ!
  最初は幻聴かと思ったが、確かに聞こえている。固いものを齧る音
  それは飼い犬が骨を齧ったときのものと似ていることに気付く。気づけば、友人の遺体が奇妙に動いていた
  熊だろうか? だが、影は小さい。狐にしては大きい。それはまるで
  ゴリッ、ゴリッ・・・ゴキッ!
  影は義弟に気付き、それはゆっくり顔を上げた
  女だ。口元を真っ赤に染めた女が涼し気な微笑みをこちらに向ける
  とても綺麗だ・・・
  普通なら取り乱す場面で、彼はそう呟いた。一目ぼれだったらしい
  彼はそのまま最後の力を振り絞り、こう言った
  一年でいい。一年後に食い殺してくれて構わない。だから、それまでの間、妻になってくれ
  あの怪物は、何を考えてかそれを受け入れ、義弟を麓の町まで送ったという

〇洋館の一室
  以来、二人は仲睦まじいと評判の夫婦として過ごしている
千寿郎(何が仲睦まじいだ。なら、なぜ義弟を食う)
  彼はあの怪物女が、他者の死体を食うことに嫉妬を覚え、自分を食わせているという
  捕食に対し、性的倒錯を抱いているのだ
  それでも彼を思うなら、食べないはずだ。だが、あの怪物は、願いを受け入れ続けた
  私が駆けつけた頃には、彼は人の姿すらなくしていた
千寿郎(あの怪物と一緒にいても、彼に待つのは破滅だけだ。かといって、下手に引き離せば、心の支えを失ってしまう)
千寿郎(貴様の演じる、良き妻の下の素顔。必ず暴いてやるぞ)

〇部屋の前
  夫婦の寝室から、電気もつけずに女が一人で出てくる
千寿郎(こんな時間にどこへ?)
  何か、底知れぬものを感じて、私は気づかれぬよう、そっと女の後を追う

〇古民家の蔵
千寿郎(地下に、こんな場所があったなんて)
  そこは床が血の跡で黒く染まり、息が詰まるほど死臭に満ちていた
  壁や扉、中の様子から、元は何かの貯蔵庫のようだ。構造的に臭いが外にでないようになっている
千寿郎(怪物め、ここで隠れて死体を食ってたか)
  地下室は狭いが、物が多く、薄暗くて隠れるのは容易い。私は音をたてないよう、慎重に女に近づく
  女は一番奥にある、腰までの大きさがある瓶に顔を近づけると、急に胸を抑えてえずきだした
  いつもの透き通るような微笑が崩れ、酷い苦悶の表情で、近くの壁をガリガリと引っかく
  石でできた壁には、深く抉れた、血の滲む引っ掻き傷があった。その数を見る限り、昨日今日だけのものではない
梨花「ぐっ!」
  女は血を吐いた。いや、違う
千寿郎(血と共に固形物が見えた。あれは肉だ)
  義弟の話を信じなかったわけじゃない。傷跡から、女に食われたことは分かっていた
  だが、どこかで夢想の境界を越えていなかったことを思い知る
  生々しい血の臭いが、境界線を壊して、現実へなだれ込む。呼吸が乱れ、足が震えた
千寿郎(落ち着け! 冷静になれ!)
千寿郎(早く、ここから離れないと!)
  コツ、コツ・・・コツッ!
  足音が近づいてくるのに足が動かない
  コツ、コツ・・・コツッ!
梨花「見たのね」
  女は相変わらず、空虚で、感情が読めない微笑を浮かべて、私の前に立ち塞がった
梨花「今見たこと、夫に言わないで貰える?」
千寿郎「嫌だと言ったら?」
  こんな答え、ただの虚勢だ
  本当は、会話をする余裕なんてない。ただイエスを繰り返して、この場を去りたかった
  それでも私は、この女の言う通りになりたくなかったのだ
梨花「夫の幸せを守る為に戦うわ」
千寿郎「言い訳がましいな。そんなに義弟を食いたいか?」
梨花「夫がそれを望むなら、それを叶えるの。それが良き妻というものでしょ?」
千寿郎「いつの時代の良妻だよ」
梨花「でも、あなたの妻はそうだったのでしょう?」
千寿郎「やめろ」
梨花「末期の病に苦しんでも、あなたが治療を望んだから、それを受け入れ続けた。治る見込みのない闘病を続けた」
梨花「とても素敵だと思うわ!」
千寿郎「ふざけるな!」
  私は女の持つランタンを床へ叩き落す。火は、古紙に引火して、瞬く間に周囲に燃え広がる
千寿郎「人の心が分からない怪物が!」

〇古民家の蔵
梨花「火が・・・」
千寿郎「こっちへ来るな、怪物め」
梨花「このままでは家が燃えてしまうわ。早く夫を助けないと」
千寿郎「あいつは俺が外へ連れ出す。これ以上、貴様に関わらせてたまるか」
梨花「夫と私を引き離すつもり?」
千寿郎「だとしたら?」
梨花「こうするわ」
  女が飛び掛かってきたと思ったが、狙いは私ではなかった。後ろの階段を壊したのだ
千寿郎(何て力してやがる)
梨花「階段を壊したわ。それでも私なら上へ戻ることが出来る」
千寿郎「助けて欲しいなら、あれを見なかったことにしろと?」
梨花「えぇ」
千寿郎(火が家全体に回るより先に、義弟を助けないとならない。ここで迷う時間はない)
千寿郎(だが・・・!)
  上から音が聞こえた。それはつまり──

〇英国風の部屋
富治「二人共、大丈夫か?」
  煙で異変に気づいたか、義弟が一階にきていた
「来るな、火事だ」
富治「なら、早く上がって──」
富治「階段が・・・」

〇古民家の蔵
千寿郎「分かったら、さっさと逃げろ」
「二人は大切な人なんだ。置いていけるわけないだろ!」
千寿郎「その気持ちだけで十分だ」
千寿郎「それにこの怪物を気遣う必要などない」
千寿郎「こいつは、さっき地下室で血肉を吐き出していた。お前に隠れて、死体を食ってたんだ」
「!!」
梨花「そうではないわ」
千寿郎「この期に及んで、シラを切るつもりか?」
「あぁ、やはり、そうだったんだね」
千寿郎「お前、気づいて・・・」
「いや、違うよ。義兄さんが見たのは死体の肉じゃないんだ。僕の肉だ」
「やはり、僕の肉は受け付けなかったんだね」
梨花「・・・」
千寿郎「どういうことだ?」
「彼女は人の屍肉しか食べられない。そういう病なんだ。それでも僕は、彼女に食べさせていた」
「最初は迷ったけど、彼女が受け入れてくれることに甘えて、大丈夫なんだと思っていた」
「でも、やはり、そうか。無理をさせていたんだね」
梨花「いいえ、無理じゃないわ」
梨花「だって、良き妻というのは、夫の望みを叶えるものでしょう?」
千寿郎「イカれてやがる」
「とにかく、助かることだけ考えて。今、ロープを降ろすから」
千寿郎「駄目だ、早く逃げろ!」
「う、うわぁー!」
  燃えて弱くなった支柱が折れて、上から瓦礫と共に義弟が落ちてしまう
千寿郎「大丈夫か?」
富治「あ、あぁ」
千寿郎(腹部から、かなり出血してる)
千寿郎(動脈をやったな。下手に動かせば、大出血するぞ)
富治「すまない、義兄さん。下手を打ったよ」
千寿郎「喋るな、傷が開くぞ」
富治「この炎の中を逃げ切れない僕は、どちらにせよ助からないよ」
千寿郎「だとしても」
富治「義兄さんを頼むよ」
千寿郎「何を──」
  訊き返すより早く、義弟の言葉の意味を、身をもって知る
  怪物女は、私を軽々と持ち上げ、そのまま上へ放り投げたのだ

〇英国風の部屋
千寿郎「痛っ」
  私は地下室から投げ飛ばされ、からくも一階へ戻ることは出来た
千寿郎「待ってろ、今、梯子か何かを・・・」
  しかし、既に火の手は至る所に燃え広がり、義弟を助ける余裕などなかった
千寿郎「あ、あぁ!」

〇古民家の蔵
富治「君も早く逃げるんだ」
梨花「いいえ、私はここに残るわ」
梨花「それが良い妻と言うものでしょう?」
富治「君はこんな時でも僕の欲しい言葉をくれるんだね」
富治「君は本当に素晴らしい妻だ」
富治「そして僕が本当に望むことは、一つもしてくれない悪い女だ」
「素敵な時間を、ありがとう」

〇雪山の山荘
千寿郎「死ぬことに、幸せを見出すな!」
千寿郎「生きて・・・くれ・・・」
千寿郎「ああぁぁぁあぁぁ!」

〇雪山
  後日──
  焼け跡から、二人の遺体が見つかった
  寄り添い亡くなる姿を見て、最期まで幸せそうな夫婦だという人もいた
  助けたいと願う私より、心を持たない怪物が義弟を幸せにできたかのようだ
千寿郎「それでも、私は貴様を認めない」

コメント

  • 凝りに凝った設定で、素晴らしいですね‼
    スケキヨ風の立ち絵を活かせる人なんているのかと思っていましたが、いましたね~。素晴らしい発想力です。
    キャラクターそれぞれ魅力的でした。雪山の出会いから火災の最後の対比が、互いの愛の熱量の差をも表しているようで奥深かったです‼🤔

  • 設定がよく練られていてすごいなと思いました!
    短〜長編で見てみたいです

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