3 ゆきゆく(脚本)
〇月夜
南部領主の娘キュラは、幼い頃より”身代わり人形”である姉と比べられ、姉の影で生きてきた。
やがて成長したキュラは、国境の町『リーベリー城塞』を目指して一人旅に出た。
一切が秘匿された、人形にまつわる技術を求めてキュラは行く。
姉と同じ”身代わり人形”となるために。
〇貴族の応接間
初めて会ったのは、幼い頃。
キュラ「身代わり人形・・・ってなあに?」
アデラ「ごめんなさい、教えられないの」
キュラ「うーん、じゃあ」
キュラ「人形って、本当に何でもできるの?」
アデラ「”身代わり人形”によるわ」
キュラ「あなたは何でもできるの?」
アデラ「そうね・・・」
アデラ「理想を体現できる程度には」
キュラ「?」
その日は『アデラ・ラピス』が養子として迎えられた日。
キュラは南部領ラピス家の一人娘だった。
アデラ「あなたはキュラというのね」
キュラ「そうよ」
キュラ「勝利を呼ぶ名前なの」
アデラ「あなたがキュラ・・・」
アデラ「理想を求められた・・・ラピスのお姫様」
人形が突然『姉』になったのだ、戸惑うものだと思っていた。
けれどキュラは”身代わり人形”を珍しがって、すぐに打ち解けてくれた。
知らなかったから。
私(アデラ)が、養子に来たことを。
アデラ「待って──」
〇貴族の部屋
どうして養子になんて来たの
・・・私がいるのに?
アデラ「そう、そうよね」
アデラ「あなたが居るのにね」
アデラ・ラピス
キュラの姉にして、南部の大領主ラピス家に迎えられた”身代わり人形”
アデラ「どうぞ。お入りになって」
現れたのは、鮮やかな赤い髪の少年。
アデラ「随分早かったのね」
赤い髪の少年は、軽く会釈をして、アデラの勧める椅子に腰掛けた。
アデラ「・・・要件は、これでしょう?」
アデラは一通の報せを手で示した。
アデラ「首都の騒がしさは耳にしていたけど」
アデラ「まさか、爆発物が絡んでいるとはね」
アデラ「出どころは?」
赤い髪の少年「流通路はまだ掴めない」
赤い髪の少年「ただ・・・」
赤い髪の少年「標的は、”人形”に関わる施設と人物。 それはほぼ確定だね」
アデラ「人形に関わる・・・」
アデラ「では次のリーベリー城塞行も」
赤い髪の少年「妹さんが、乗る予定だっけ」
赤い髪の少年「リーベリー──国境行の特急なんて、人形かその関係者しか乗ってないもの」
赤い髪の少年「狙われる可能性は高い」
アデラが、そっと目を伏せて指を組んだ。
アデラ「・・・それほど疎ましいのか」
アデラ「人形(わたしたち)の存在が」
赤い髪の少年「・・・すまない」
アデラ「あなたが謝ることはないわ」
悩ましく組まれたアデラの指に、少年の手のひらが重ねられた。
赤い髪の少年「人間はね、身代わり人形が怖いんだ」
赤い髪の少年「いつ自分の居場所が脅かされるか、と」
赤い髪の少年「怖くて、不安で、堪らないんだよ」
赤い髪の少年「だから、排除に傾く」
『人形は人間より卓越しているから、人間の仕事と暮らしを奪う』
『人形が人間に成り代わる』
『人間(わたしたち)の国が人形に支配される!』
アデラ「不安が問題ではないわ」
アデラ「不安を煽る者がいる」
アデラ「民衆の不安を、人形への不満に置き換えている。それが問題」
アデラ「もし」
アデラ「不安がキュラへ牙を剥くのなら」
アデラ「私は許さない」
赤い髪の少年「そう」
赤い髪の少年「肝に銘じるよ」
赤い髪の少年「それで、コレの返事は?」
アデラ「もう返信したわ」
赤い髪の少年「もう?」
アデラ「ええ、確かに」
アデラ「『承知しました』と」
〇古い本
首都近郊で不穏な動きあり
リーベリー城塞ゆきは要人(ようじん)
多く、狙われる可能性大
──中略
妹御(いもうとご)は未だ首都
間に合う。迎えに来られたし。
〇外国の駅のホーム
花の国中央地域、首都アレンへ駅
列車が止まった首都駅では、駅員が対応に追われていた。
マリーベル「・・・やれやれ」
「さすがは首都駅」
???「不夜城(ふやじょう)ですか」
穏やかな雰囲気の、空色の髪の青年。
マリーベル「特別警戒、というやつだ」
マリーベル「普段は締め切るんだがね」
???「昨日の、爆発騒ぎのせい、ですか」
マリーベル「まあね」
〇けもの道
列車が止まる少し前のこと。
青年は朝の散策に勤しんでいた。
青年の名はペイルトン。
相棒の犬はアデルという。
ペイルトン「ん?」
犬「ヴ〜」
ペイルトン「どうした──」
追われる集団
そして追うもの達
兵士「取りこぼすな。追い立てろ」
通り過ぎる一団を呆然と見送った青年。
ペイルトン「なん・・・なんだ?」
犬「ピー・・・」
ペイルトン「うん、怖かったなぁアデル」
ペイルトン「アデル?」
犬「フンフン」
犬のアデルは、草地に鼻をつけ、ザリザリと土を掘りだした。
土の下から現れたのは、あやしげな木箱
ペイルトン「えっ」
目を擦っても、凝らして見ても、それは変わらず木箱だった。
ペイルトン「不法・・・投棄?」
ペイルトン「どこかに連絡したほうがいい、のか?」
ペイルトン(えぇと 線路に近いし、駅か?)
ペイルトン(でも、敷地内を勝手に散策してたってことで、怒られるよなぁ)
ペイルトン「埋め直そうかな。見なかったってことで」
その時、轟音と衝撃が襲ってきた。
〇外国の駅のホーム
ペイルトン「異常を報せに走ったら」
ペイルトン「列車は止まっているし、駅は物々しいし」
マリーベル「監視員が爆発に気づいてね」
マリーベル「列車を全て止めたんだ」
ペイルトン「ではやはり、私が見つけた木箱は」
マリーベルは首を振って腕組みをした。
マリーベル「詳細は報告待ちだ」
ペイルトン(言えないということは、爆発物か)
ペイルトン「爆発物──火薬類は、国が生産・流通を管理しているでしょう?」
ペイルトン「調べれば、流出先など判るのでは?」
マリーベル「確かに、分かるだろうな」
マリーベル「”正規品なら”」
ペイルトン「それは、つまり」
ペイルトン「・・・密造(みつぞう)が?」
ペイルトン「密造の火薬なんて・・・法規を外れた危険物が流通している、と?」
マリーベル「すまない」
マリーベル「話せないことが多くてね」
〇西洋風の駅前広場
早朝 首都駅
キュラはぬいぐるみのモコを抱きしめて、首都駅へ向かっていた。
宿屋で一泊し、いよいよ目的地リーベリー城塞へ出発!
という所で、駅前に看板を見つける。
”リーベリー行遅延”の掲示。
キュラ「不審物、安全確認・・・今日も遅延!?」
キュラ(せっかく早起きして準備したのに)
キュラ(まあ、安全には代えられないか)
しぶしぶ踵(きびす)を返そうとしたその時・・・
人「また遅延だと!!ふざけるな!」
人「詳細を説明しろ!!責任者を出せ」
怒号によって、駅前はにわかに大混乱となった。
キュラ「わわわ」
押寄せる人波に、キュラは身動きが取れなくなってしまった。
キュラ「イタタっ、お、押さないで!痛い!」
押されても、踏まれても、腕を引っ張られても・・・モコだけは離すまいと必死だった。
人混みの中で押し合いへし合い、やがてどうにか視界が開けた。
キュラ「はぁ・・・びっくりした」
キュラ「何なの!?この人だかり」
キュラ「引っ張られた腕が痛い・・・」
キュラ(・・・嫌だ。大きな声)
キュラは人の叫びに押されて、足早に駅ををあとにした。
〇ヨーロッパの街並み
キュラ「・・・大きな声」
キュラ「・・・怒鳴り、声」
〇黒
「──────やかましい!!」
キュラ「お父様──」
〇ヨーロッパの街並み
キュラ(・・・いやだ。思い出しちゃった)
モコをギュッと抱きしめて、ふわふわの頬に顔を埋めた。
キュラ「嫌いよ、怒鳴る人なんて」
キュラ「だいっ嫌い」
キュラ(このあと、どうしよう)
キュラ(列車が動かないんですもの。 いったん宿屋に戻ろうかしら)
石畳の隅で思案に暮れるキュラへ、声が掛けられた。
「お姉さん」
「二つ結びのお姉さん」
キュラ「私?」
振り向くと、鞄が目に入った。
鞄を差し出す人の姿も。
声の主は、制服に身を包んだ少年だった。
キュラ「それ」
キュラ「私の鞄!!」
赤い髪の少年「はい。貴女の鞄ですよ」
キュラ「なぜ貴方が持っているの」
赤い髪の少年「それは・・・『落とし物』でしたので」
赤い髪の少年「先の人混みで、鞄から手が離れたでしょう?」
キュラ「言われてみれば・・・」
モコを人混みから守るあまり、どうやら鞄を置き忘れたようだ。
赤い髪の少年「だから、あの人混みから引き出したんです」
赤い髪の少年「貴女と一緒に」
キュラ「腕が引っ張られたのは確かだけど・・・」
キュラ(この人が、引っ張ってくれていたのか)
キュラ(あの人混みの中を)
キュラ「疑ってごめんなさい。 お礼が先でしたね」
赤い髪の少年「・・・安全を確保するのが仕事ですので」
キュラ「それでも、助かりました」
キュラ「ありがとう」
キュラ「お名前は?なんと仰るの?」
赤い髪の少年「名前、ですか」
赤い髪の少年「・・・」
そっと目を伏せたきり、赤い髪の少年は口をつぐんだ。
キュラ(もしかして、街の人はお名前を聞いたりしない、のかしら)
キュラ(失礼だった?どうしよう)
キュラ「あの!名乗りたくなければ結構ですから」
赤い髪の少年「・・・いえ」
赤い髪の少年「鞄、このまま宿まで運びますよ」
赤い髪の少年「また人混みに飲まれたら大変ですから」
キュラ「あ、ええ、お願いします」
〇レトロ喫茶
首都 宿屋の1階
キュラ「やっと一息つけるわね」
キュラは鞄を脇に追いやって、フワフワのモコを抱きしめた。
キュラ「ほら見て、モコ!窓の外」
キュラ「通りが見えないくらい、人が沢山いる」
雑踏を数えるキュラ。
ふと宙に視線をやって独り言ちた。
キュラ「あの中の何人が『人』なのかしらね」
「どうしました?」
赤い髪の少年が、小首を傾げていた。
宿屋まで鞄を運んだ後、キュラと一緒に一休みしていたのだった。
キュラ「いいえ、ええと・・・」
ルーベル「『ルーベル』です」
キュラ「ルーベルは、駅に戻らなくていいの?」
ルーベル「ええ、待機中なので」
キュラ(いいのかしら、駅にいなくて)
ルーベル「珍しいですか?外の人混みが」
キュラ「え?いいえ。考え事を」
ルーベル「『雑踏の何人が人形』か?」
ルーベル「”身代わり人形”があの中にいるのですか?」
少年の言葉に、身を固くするキュラ。
キュラ(マリーベルは”そう”じゃなかったけど・・・)
”身代わり人形”にまつわる知識も技術も伝承も、広く人々にタブー視されている。
営利目的でも、知的探究心でも、身代わり人形を『深く知ること』は国によって禁止されているからだ。
キュラ(そうよ。この人も、人形を学ぶことを蔑視しているのかも)
キュラ「・・・あなた、人形に興味があって?」
警戒するキュラを横目に、少年は顎に手を当てて空を仰いだ。
ルーベル「興味・・・」
ルーベル「いつか、一緒に暮らしたいとは思います」
キュラ「それだけ?」
ルーベル「・・・貴女は」
〇ヨーロッパの街並み
マリーベルがドアを叩いていた。
キュラ「マリーベル!どうしたの」
マリーベル「お報せだ」
マリーベル「列車が動くことになった」
キュラ「もう?」
マリーベル「動くけれど、鈍行(どんこう)になる」
キュラ「どんこう、というと?」
ルーベル「この場合は各駅停車です。そのため、列車の最高速も落ちます」
マリーベル「ゆっくり走って、駅ごとに停車するんだ」
キュラ「ゆっくりでも進むなら嬉しいわ」
マリーベル「お前はキュラさんを連れて列車基地へ」
ルーベル「はい」
キュラ「列車基地?」
マリーベル「列車の待機場だよ」
マリーベル「普段は、そこから列車が駅に来て、始発になるんだ」
キュラ「首都駅には、行かないのね」
キュラ「まだ・・・怒鳴る人がいるの?」
マリーベル「そうだね、今は少し立て込んでいる」
〇外国の駅のホーム
同刻 首都駅
駅員「本当に動かすの?」
駅員「仕方ないでしょ、お偉方の決定なんだから」
駅員「同じくらい偉い人が乗るってのに」
駅員「見切り発車?」
駅員「走らせながら不審物の確認なんて──」
犬「わん」
ペイルトン「こらっ、アデル!まて!」
駅員「あれが、不審物の探索犬?」
駅員「飼い主なんて、たまたま居た一般人なんでしょ?」
駅員「えぇ・・・」
駅員「ムチャクチャだ・・・」
駅員「これはもう・・・事故が無いよう 最善を尽くすしかないな」