〈理想の自分になれる〉メイクボックス(脚本)
〇時計台の中
鑑定士「この世には〈いわく〉を抱えた呪いの品が存在します」
鑑定士「私は、そんな〈いわく〉付きの品専門の鑑定士」
鑑定士「さて、本日の〈いわく〉は、一体おいくらになるのでしょうか・・・」
〇時計台の中
剛「依頼品は、このメイクボックスです」
剛「姉が使っていたものです」
鑑定士「いわくの無い中の化粧品類は、査定の対象外となりますがいかがいたしますか?」
剛「捨ててください。 もう、姉には必要の無いものですから」
鑑定士「それではお聞かせください。 このメイクボックスにまつわる〈いわく〉を」
〇女の子の一人部屋
姉は豪快な人間でした。
喋るときは常に大声で、よく笑い、よく泣き、よく怒る。
自分が冷めた人間だから、というのもありますが、
私は感情豊かな姉を好いていました。
しおり「ちくしょー!」
しおり「話し合う間も無く、別れようって、そりゃねぇだろ!」
しおり「げぇっぷ!」
剛「・・・そういうとこじゃない?」
しおり「そういうとこってなんだよ」
剛「デートなのにオシャレもせず、髪はボサボサで」
剛「そして、ノーメイク」
しおり「うっ・・・!」
しおり「お前、自分がメイクするからってマウント取りやがって」
しおり「男のクセにメイクすんな!」
剛「考え方も旧時代的。救いようがないな」
しおり「ぐぬぬ・・・」
しおり「ごめんなさい、どうしたら魅力的な女になれるか教えてください!」
剛「よろしい。はい、これ」
しおり「なんだこれ?」
剛「メイクボックス。 姉さんにあげるから、メイクを勉強しなさい」
しおり「えー・・・」
剛「えー、じゃない」
剛「いい女になって、自分をフッた男を見返したくないの?」
しおり「そりゃ、見返したいけど、化粧ってのはどうも、そわそわするっていうか・・・」
剛「もうー、ごちゃごちゃうるさいな」
剛「じゃあ一回メイクしてあげるから、顔貸して」
しおり「え、あ、ちょっ──」
〇女の子の一人部屋
剛「はい、出来た」
剛「肌の色が濃いから、下地は色薄め。 ニュアンスでピンクを少し入れるぐらい」
剛「ファンデはナチュラル系に。 塗りすぎてデコルテと差が出ないように注意」
剛「目元はパール入りのアイシャドウでくっきりと」
剛「姉さん、切れ長の綺麗な目してるんだから。生かさないと」
剛「どう?」
しおり「お、おう・・・」
剛「ふふふ、自分に見惚れるでしょ」
しおり「バカっ、そんなわけ──」
剛「ずーっと鏡見てるじゃん」
しおり「・・・メイクってすげーな。まるで別人だ」
剛「こんなもんじゃないよ。 もっともっと綺麗になる」
剛「理想は高く持たなきゃ」
しおり「理想は高く、か・・・よっしゃ、やるとなったら徹底的にやるぞ!」
しおり「完璧なメイクを身に付けてやる!」
剛「あれ? なんか光った?」
しおり「お前、そんな、いくらあたしが美しくなったからって・・・」
剛「いや、そのメイクボックスが・・・まあ、いいや」
剛「明日、一緒にコスメを買いに行こう」
いままで全くメイクをしてこなかった反動からか、
姉はみるみるうちにメイクにハマっていきました。
〇女の子の一人部屋
しおり「剛、これ買ったか?」
しおり「ドゥオールの新作リップ! めちゃくちゃ発色が綺麗なんだよ!」
剛「これって、たしか2万ぐらいするよね・・・」
しおり「ボーラのパレットコンシーラーも可愛くてさ」
剛「これも3万ぐらいするやつ・・・」
剛「姉さん、ちょっと買いすぎじゃない? そんな高給取りじゃないくせに」
しおり「ああ、まあ、足りない分はちょこっと借りたりして・・・」
剛「ダメだって、やりすぎだよ!」
しおり「うるせぇな。 これだってスカスカじゃかわいそうだろ」
しおり「理想の美しさを手に入れたいんだよ。 金に糸目付けてられないだろ!」
姉のメイクへの執着は、留まるところを知りませんでした。
〇女の子の一人部屋
剛「最近、家に籠ってばかりいるみたいだけど、どうしたの?」
剛「昼間なのに、カーテンまで閉め切って・・・」
しおり「日に当たりたくない。 汗かくとメイク崩れるし」
剛「そんなの不健康だよ」
しおり「うるさい」
剛「・・・なんでそんな無表情なの? なんか怒ってる?」
しおり「表情変えると、メイクが崩れる」
剛「気にしすぎだよ。 ほら、いつもみたいに笑って」
しおり「・・・あんまり話かけるな」
剛「え?」
しおり「顔が動いてメイクが崩れるから、喋りたくない」
剛「いい加減にしてよ・・・」
剛「僕はただ、姉さんに元気になって欲しくてメイクを教えたんだ」
剛「それなのに、こんな死んだような表情して。これじゃ本末転倒だ」
しおり「・・・明日、元カレと会ってくる」
剛「え」
しおり「あいつに綺麗だって言ってもらえれば、それで満足なんだ」
しおり「そうしたら、メイクも少し控える」
剛「・・・約束だよ」
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