〈美しく捌く〉出刃包丁(脚本)
〇時計台の中
鑑定士「この世には〈いわく〉を抱えた呪いの品が存在します」
鑑定士「私は、そんな〈いわく〉付きの品専門の鑑定士」
鑑定士「さて、本日の〈いわく〉は、一体おいくらになるのでしょうか・・・」
〇時計台の中
伊織 「私が鑑定していただきたいのは、この出刃包丁です」
伊織 「パパが愛用していたものです」
伊織 「パパはこの包丁で、あらゆるものを捌きました」
伊織 「本当に、あらゆるものを」
鑑定士「それではお聞かせください。 この出刃包丁にまつわる〈いわく〉を」
〇L字キッチン
早くに母を病気で亡くした私は、パパに男手一つで育てられました。
パパは老舗の料亭で料理人をしていました。
料理の腕も一流でしたが、魚を捌く腕において、パパの右に出る人はいませんでした。
昌平「まずは魚の頭を切り落として、それからヒレを取り除いて──」
伊織「うっ、気持ち悪い・・・」
昌平「伊織、ちゃんと見なさい」
昌平「捌く時は魚と向き合わないとダメだ。 大事な命をいただくんだからね」
伊織「・・・うん、分かった」
ジョセフ「わんっ!」
伊織「ジョセフも分かったって!」
昌平「よし、じゃあ続けるぞ!」
私は、優しくて頼りになるパパが大好きでした。
〇L字キッチン
仕事の忙しいパパが帰宅するのは、いつも夜の遅い時間でした。
それでもパパは帰宅後、毎晩欠かさずこの出刃包丁を研いでいました。
伊織「ふぁ~、パパ、お帰り」
昌平「伊織、まだ起きてたのか」
伊織「だって、パパが包丁研ぐの見たいんだもん」
昌平「しょうがないな、少しだけだぞ」
伊織「ぴかぴかで綺麗~」
昌平「そうだろ。 この包丁はパパが料理人になった時、決意を込めて買ったものなんだ」
昌平「どんな食材も、誰よりも美しく捌けるようにってね」
伊織「それがパパの夢?」
昌平「そうだね、パパの夢だ」
伊織「じゃあ伊織もパパの夢応援する!」
伊織「パパ、とっても綺麗に捌いてくれるから、お魚さんたちもきっと喜んでるよ!」
昌平「伊織・・・ありがとう!」
伊織「あれ、いま包丁が光った?」
昌平「当たり前だろ、心を込めて研いでるからな」
伊織「そっか!」
ジョセフ「わんっわんっ!」
伊織「あっ、ジョセフも起きてきちゃった」
それからパパは休みの度に全国各地の漁港を巡って、捌きの技術を磨くようになりました。
〇飼育場
魚以外も捌けるようになりたいと、養鶏場や養豚場で、鶏や豚なども捌くようになりました。
〇黒
他にも、色々なものを・・・
〇通学路
由香「ねえ、伊織ちゃんのお父さんってずっと家にいないんでしょ? 寂しくない?」
伊織「寂しくないよ」
伊織「パパは夢のために頑張ってるんだもん。 伊織も応援してるんだ」
伊織「由香ちゃんも一緒に応援してよ!」
由香「えー、私はいいよ」
由香「だって伊織ちゃんのお父さんって、変なんでしょ」
伊織「え」
由香「私のお母さんが言ってた」
由香「この間も公園で、包丁持ってハトとか雀を追いかけてて、少し頭が──」
伊織「やめて!」
伊織「何も知らないくせに、パパの悪口言わないでよ!」
由香「で、でも・・・」
伊織「パパは誰よりも努力してて、本当にすごいんだから!」
〇一戸建て
伊織「もう由香ちゃんとは絶交しよ。 パパを悪く言うなんて、最低」
伊織「あれ、煙? お庭の方から?」
〇一戸建ての庭先
昌平「・・・・・・」
伊織「パパ!? 今日はお仕事お休みなの?」
昌平「・・・・・・」
伊織「? それ、何を燃やしてるの?」
昌平「・・・ジョセフ」
伊織「え!」
昌平「忘れ物を取りに帰ったら、ジョセフが死んでた。きっと寿命だったんだね」
伊織「そんな・・・」
昌平「そのままにしておくわけにもいかないだろ。だから・・・」
昌平「捌いて供養してあげたんだ」
伊織「ひっ!」
昌平「燃やす前に骨だけ取り出してあげたよ。 ほら、こんなに綺麗に捌けた」
伊織「ああ、ジョセフ、ジョセフ・・・」
昌平「ジョセフ、喜んでくれてるかな」
パパは捌くことに人生を捧げていました。
〇広い厨房
私が高校に進学したころ、パパは料亭の料理長に任命されました。
元料理長「とうとう料理長の座を奪われちまったな」
昌平「師匠のご指導のおかげです」
元料理長「何も文句はねぇ。間違いなくお前が一番だ」
元料理長「この店を、よろしく頼む」
昌平「・・・はい、もっともっと、多くの物を美しく捌けるように精進いたします」
まだ若いパパが料理長になるのは、異例の抜擢でした。
〇L字キッチン
昌平「・・・・・・」
しかしパパは、どこか浮かない顔をしていました。
伊織 「パパ、何か悩んでいるの?」
昌平「そう見えるかい?」
伊織 「パパのことならなんでも分かるよ」
伊織 「料理長になったこと嬉しくないの?」
昌平「嬉しいさ」
昌平「でもね、料理長になったからこそ分かることもあるんだ」
昌平「この地位になっても、決して捌けないものがあるって」
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