〈遠くまで走る〉ロードバイク(脚本)
〇時計台の中
鑑定士「この世には〈いわく〉を抱えた呪いの品が存在します」
鑑定士「私は、そんな〈いわく〉付きの品専門の鑑定士」
鑑定士「さて、本日の〈いわく〉は、一体おいくらになるのでしょうか・・・」
〇時計台の中
谷本「・・・・・・」
その男は車椅子に乗っていた。
鑑定士「車イス生活はもう長いのですか?」
谷本「いえ、つい最近からです」
鑑定士「・・・そうですか」
谷本「こいつのせいで、私は・・・」
鑑定士「それではお聞かせください。 このロードバイクにまつわる〈いわく〉を」
〇山間の田舎道
一年前まで、私は大手商社に勤めていました。
谷本「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
休日は趣味のロードバイクで、あちこち走り回っていました。
谷本「もっと、速く・・・!」
野口「ちょっ、飛ばし過ぎですよ!」
走る時はいつも、後輩の野口と一緒でした。
野口「谷本さん、今日はおかしいです。 なんか嫌なことでもあったんですか」
谷本「別に・・・」
谷本「俺はただ、こんなくだらない生活を抜け出して、どこか遠くへ行きたいだけだ!」
野口「谷本さん・・・」
熾烈な出世競争、終電越えの残業、黙認されるハラスメント・・・
入社して10年。日々の不満が積もりに積もって、当時の私は全てに嫌気が差していました。
谷本「先に行くぞ!」
野口「あ、待ってください!」
ロードバイクに乗っている間だけが、唯一苦しみから解放される時間でした。
〇山の展望台(鍵無し)
谷本「明日からまた仕事か」
谷本「大型コンペも近いし、しばらくは休み無しだろうな」
野口「・・・・・・」
谷本「はぁ、ずっとロードにだけ乗ってられたらいいのにな」
野口「世界一周しませんか? ロードバイクで」
谷本「は?」
野口「僕、30歳になる前に、世界を直接この目で見たいと思ってたんです」
谷本「いや、でもお前、仕事は──」
野口「辞めます」
谷本「!」
野口「僕は本気です」
野口「谷本さんだって会社に縛られる生活には、もううんざりでしょ?」
野口「一緒に漕ぎ出しましょうよ」
谷本「・・・・・・」
深く考えたわけではありません。
遠くへ行きたい。それだけでした。
休み明けの月曜日、私は上司に辞表を提出していました。
〇ニューヨーク・タイムズスクエア
〇ホテルの部屋
野口「アメリカは路面が整備されてるので、チューブは少なめでいいですね」
野口「中南米に入ったら、色々とメンテナンス道具が必要になりそうです」
谷本「なんか、嘘みたいにトントン拍子でここまで来ちゃったな」
野口「まだアメリカに来ただけで、これじゃ観光と変わらないですよ」
谷本「・・・そうだな。これからだ」
谷本「俺はこいつに乗って、どこまでも遠くへ行くんだ」
谷本「ん?」
野口「どうしました?」
谷本「いま、俺のバイクが光ったような」
野口「今はピカピカでも、すぐにボロボロになりますよ」
谷本「いや、そうじゃなくて。 ホントに発光したみたいな・・・」
野口「さあ、もう寝ますよ。明日は旅の一日目。 万全の体調で臨みましょう!」
〇海岸線の道路
それから私たちは、一心不乱に漕ぎ続けました。
谷本「はっ、はっ、はっ!」
野口「はぁっ、はぁっ、はぁ!」
己の限界に挑むように、毎日ヘトヘトになるまでペダルを回しました。
野口「た、谷本さん、もう少し、ペース落として・・・」
谷本「もっと、もっとだ。 まだまだ先へ行けるだろ!」
野口「くっ、どんな体力してんだ・・・」
〇外国の田舎町
谷本「ふっ、ふっ、ふっ・・・」
野口「すごい夕日ですね。 視界に入る全てがオレンジ色に染まっている」
野口「日本にいたらこんな光景見られなかったです」
谷本「おい、よそ見するな、先へ進むぞ」
野口「え、今日はこの村に泊まるんじゃ・・・」
谷本「まだ日があるだろ。 少しでも遠くへ行きたいんだよ」
野口「そんな、体が持ちませんよ!」
谷本「もっと追い込まないと、限界を超えられないだろ!」
野口「限界を超える前に潰れますよ・・・」
谷本「心配するな。 自分でも不思議だけど、何故か全く疲れないんだよ」
谷本「これなら、どこまでだって行ける!」
谷本「あはは、ははははっ!」
その時からすでに、私はおかしかったのだと思います。
〇草原の道
野口「谷本さん、止まってください!」
谷本「もっと、もっと先へ・・・更に遠くへ!」
ガシャンッ!!
谷本「ぐあぁっ!」
野口「谷本さん、大丈夫ですか!?」
谷本「ば、バイクは壊れて無いか!?」
野口「え、はい、バイクは無事ですけど・・」
谷本「時間をロスした、行くぞ!」
野口「ちょ、何言ってんですか・・・」
野口「太ももの皮がずる剥けになってます! 早く治療しないと!」
谷本「大丈夫! 全く痛くないんだよ!」
谷本「ははは、これならまだまだ遠くへ行ける!」
野口「いい加減にしてください! このままじゃ死んじゃいますよ!」
谷本「・・・ふふ、ふふふ、野口、ありがとうな」
野口「は? なんですか、急に」
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