あなたが、美しかったなら~老人ホーム職員の日常~

東北本線

『美しき哉、お食事』(脚本)

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〇おしゃれなリビングダイニング
僕「お昼ご飯でーす!」
僕(ひとえに、食事といっても、そこには十人十色のそれがある)
ハジメ「待ってましたっ!」
僕「お待たせしました!」
僕(ハジメさんは総入れ歯だけれど『嚥下(えんげ)機能』が比較的高いので『普通食』だ)
僕「はい、どうぞー」
僕(『嚥下機能』というのは食べ物を噛んで、飲み込む力のこと)
僕(この能力に応じて、その人に合った食事形態でご飯を提供しなければいけない)
ハジメ「ずっと腹が減っていたんだよ」
僕(『普通食』というのは、ご飯、と言われて健康な人が一般的に思い浮かべる食事のこと)
僕(普通のご飯。そのままだね)
ハジメ「いただきます!」
僕「めしあがれー!」
僕「・・・」
僕(トクさん、今日は服を着てくれてるなぁ・・・)
僕(すんごい格好だ・・・)
僕「トクさん。お昼ご飯の前にお薬があります」
トク「ああ、いつもありがとう」
僕「ツボネルさん!お薬の確認します!」
ツボネル「はいっ!」
僕「トクさんの昼食前薬です!」
ツボネル「はいっ!ナカヤマトクサブロウさん!名前確認っ!チュー!ショク!ゼン!ヤク!確認っ!」
僕「五錠ですっ!」
ツボネル「はい!錠数確認っ!」
僕「・・・・・・」
僕「・・・」
トク「なに今の・・・こわい・・・」
僕「ごめんなさい、トクさん。便宜上、ちょっとオーバーに表現しました」
トク「・・・」
トク「オーバー?」
トク「あ、誇張表現ってやつかい?このあと読者に説明するわけだね?ならいいよ」
僕「では、お薬どうぞ」
トク「はーい」
僕(認知機能の低下で、薬の自己管理が難しい人には、服薬介助・・・)
僕(つまり、施設職員が薬の服用を手伝う)
僕(みんなもないかな?)
僕(あれ?薬のんだっけー?っていう経験)
僕(認知症が進行すると、薬を飲んだことを忘れたり、飲むこと自体を忘れちゃったりして、)
僕(薬の自己管理が難しくなってしまうんだ)
僕(だから、施設で預かって、決められた時間に服薬を管理する必要がある)
僕(特別養護老人ホームの入居条件に、要介護度3以上、という規定があるから、)
僕(老人ホームの場合、おそらくお客さんのほぼ全員の薬を、施設で管理して、)
僕(職員がお客さんに、薬を出しているかな)
トク「いやいや、長いね。脳内独白が」
トク「・・・ご飯、食べていいかな?」
僕「あ、すみませんトクさん!どうぞどうぞ!」
トク「うん。いただきます」
僕(さっきのツボネルさんとの応答は、薬の提供を間違わないようにするための、施設内での確認ルール)
僕(これは、程度の差はあるだろうけど、どこの施設でもやってるし、病院でも看護師さんがやってるはずだ)
僕(それでも、ミスは起こる)
僕(その話は、また今度にするね・・・)
パイセン「ヨシエさん起こしてきたよー」
ヨシエ「来ましたよー♪」
僕「パイセンさん、ありがとうございますっ!」
僕「いらっしゃいませ、ヨシエさん!」
ヨシエ「うん!今日もお願いね!」
パイセン「じゃあ、休憩はいりまーす!」
僕「お疲れ様でーす!」
僕(ヨシエさんは首から下が動かない)
僕(つまり、自分で箸を持って食事を口に運ぶことができない)
僕(だから、食事かいz・・・)
ツボネル「ぼぉおくくぅうんんっ!かぁあくにんしまぁす!」
僕「は、はぃいいっ」
ツボネル「スズキミヨさんの昼食後薬ですっ!」
僕「はいっ!ス!ズ!キ!ミ!ヨ!チューショクゴ!オッケーです!」
僕「錠数はっ!?」
ツボネル「1錠1包ですっ!」
僕「イチジョーイッポー、目視で確認っ!オッケーです!」
ツボネル「ああ!人手が足りないよっ!死ぬほど忙しいっ!」
僕「オッケーでぇえすっ!!」
僕「・・・」
僕「お待たせしました。じゃあ、ヨシエさん。お食事手伝いますねー」
ヨシエ「・・・こわっ」
僕「え?」
ヨシエ「あ。な、なんでもない・・・」
ヨシエ「じゃあ、お願いします・・・」
僕「服を汚さないように、エプロン付けますね」
ヨシエ「はーい♪」
僕(ヨシエさんの食事形態は『ミキサー食』だ)
僕(水分には『トロミ粉』を入れて、ヨーグルトくらいにトロッとさせないと、ムセてしまったりする)
僕(食事形態が合ってなくてムセたり、咳き込んだりしてると、)
僕(肺炎や窒息とかの危険性が高まることになる)
僕(これも今度にしよ・・・)
ヨシエ「いただきまーす♪スープからお願いね♪」
僕「了解です。はい、どうぞー」
僕「・・・」
僕(では、ヨシエさんの食事介助をしながら、食形態を段階的に説明していこうと思う)
僕(『食べる』ということは、食べ物を口に入れて、歯で噛んで小さく、柔らかくして、飲み込むという動作だ)
僕(だから、食事形態が下がると・・・)
僕「まあ、あんまり下がる、という表現は使いたくないんだけれど・・・、便宜上ね・・・」
僕(そうすると、食べ物がどんどん小さく、柔らかくなっていく)
僕(普通食が難しいなら、食材や食事を切って小さくしていく)
僕(一口大食。それが難しいなら刻み食。極刻み食、という段階になっている)
僕(施設によっては、名称が異なるかもしれない。あしからず)
僕(最終段階では、ヨシエさんみたいにミキサーをかけた物を提供したりする)
僕(ミキサー食や、ムース食、ゼリー食、なんて呼ばれてるかな)
僕(もう、そのぐらいになっちゃうとねえ・・・)
ヨシエ「卵スープの味がする、ナニカ」
ヨシエ「魚の味がする、ナニカ」
ヨシエ「緑色の青臭い、ナニカ」
ヨシエ「マヨネーズの味がする、ナニカ」
ヨシエ「昔の糊(のり)みたいな、お米だったナニカ」
ヨシエ「いやー、今日も今日とて、得体が知れないね?」
僕「・・・」
僕「そうですねぇ・・・」
僕「あっ!」
僕「いやいや、ヨシエさん。これはかきたま汁で、」
僕「これは赤魚の煮付けで、こっちはほうれん草のお浸し、」
僕「この小鉢は、マヨネーズサラダで・・・」
ヨシエ「うんうん。ありがとね」
ヨシエ「分かってる」
ヨシエ「分かってるんだけど、ね・・・」
ヨシエ「たまには私も、若い子たちが食べてるようなもの、食べてみたいなぁ!って、」
ヨシエ「思っちゃってさ・・・」
ヨシエ「テレビやコマーシャルで、紹介されてるようなやつ!」
ヨシエ「タピオカとか飲んでみたいし、マカロンとか食べてみたい!」
ヨシエ「ハンバーガーとか、フライドチキンに、かぶりついてみたいなぁ♪」
僕「・・・」
ヨシエ「・・・」
ヨシエ「ごめん・・・」
僕「いえ・・・」
僕「食べたいものを食べたい、と思うのは、」
僕「人間として当然のことだと思います」
ヨシエ「・・・うん」
ヨシエ「どんなに歳を取っても、脳の機能が衰えても、それは変わらないよね・・・」
僕「今日のご飯、おいしくないですか?」
ヨシエ「おいしくない」
ヨシエ「おいしく、ないよ」
ツボネル「・・・」
ツボネル「食事介助で忙しいってのに、地獄みたいな雰囲気だねえ!」
ツボネル「僕君!私が、必殺三人同時食事介助したから、残りはヨシエさんだけだよ!」
ツボネル「いつまでかかってんだい!?」
ツボネル「ここは私に任せて、栄養の準備してきてちょうだい!」
僕「・・・」
僕「はい・・・」
ヨシエ「・・・」
ツボネル「さあ、ヨっちゃん・・・」
ツボネル「面倒だから、ご飯におかずを全部乗せて、大きいスプーンで食べようねぇ?」
ツボネル「ひぃーっひっひ!」

〇病室(椅子無し)
アイコ「・・・」
僕「失礼しまーす」
僕「栄養の準備、持ってきましたー」
カンゴシ「ありがとう。ボトルをセットして、他はそこに置いといて・・・」
僕「はーい」
僕「では、失礼しましたー」
アイコ「・・・」
アイコ(ずっと寝たきりの私の、食事形態はなんなのか?栄養とはいったい?)
アイコ(そして、この女性ゾンビは果たして何者なのか?)
アイコ(それはまた、いつか・・・)
カンゴシ「ギャッヂアップしまーす・・・」

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