あなたが、美しかったなら~老人ホーム職員の日常~

東北本線

『美しき哉、帰宅願望』(脚本)

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〇古い施設の廊下
トク「帰りますね」
ツボネル「え?トクさん、どこに帰るの?」
トク「どこって・・・、自分の家に決まってるでしょう」
ツボネル「・・・・・・」
ツボネル「帰れないよ」
トク「え・・・?」
ツボネル「帰るとこないでしょ?トクさんは今日もここで泊まり!」
ツボネル「わかった!?わかったら席にもどって!」
トク「・・・はい」
ツボネル「ったく、こっちは忙しいってのに!」
???「・・・・・・」
僕「・・・・・・」
僕(これが本当にあったりするから、そのたび愕然としてしまう)
僕(まず年長者であるトクさんに対する言葉遣いじゃない)
僕(帰れない、と嘘は言わなかったことは評価してもいいかもしれないけど)
僕(嘘は良くないからね・・・)
僕(でも全然、相手のことを考えてない)
僕(そして「帰りたい」と希望する認知症の高齢者に、ああいう態度をとると、どうなってしまうのか)
僕(勝手にどこかに行ってしまうか、もしくは・・・)
トク「絶対に帰るから!今日っ!いますぐにっ!」
僕(このように、感情的になってしまう・・・)
僕(思い出すなぁ・・・、この仕事始めたての頃・・・)

〇古い施設の廊下
タミ「帰りたいよぉ。家に帰してよぉ・・・」
僕「タミさん、今日もここに泊まるんです」
タミ「いやだよぅ。家に帰る。すぐそこなんだよ?」
僕(実際、施設から家は近い。でも震災後、みんな引っ越しちゃって、)
僕(自宅はもちろん、ご近所さんも、今は誰も住んでいない)
僕「こ、今度、一緒に帰りましょう!」
僕「今日はほら、暗くなってきたし・・・」
タミ「帰りたいよぉ。いますぐ帰りたいよぉ・・・」
先輩「ゴブリンくーん、タミさんは放っておいていいから、オムツ交換いってくれるー?」
僕「え?あ・・・、はい!いま行きまーす!」
タミ「帰りたいよぉ・・・。家に帰してよぉ・・・」

〇古い畳部屋
タミ「ただいまぁ♪あれ?誰もいないんだ・・・」
僕(先輩や事務所の人に無理を言って、タミさんの自宅に、一緒に外出してみたものの、)
僕(何年も使われてないから、埃やらクモの巣やらひどい・・・)
僕「タミさん、いいですか?今日は仏壇の、旦那さんの写真を取りに来ただけで・・・」
タミ「わかってるよぉ。この状態では住めないもんね。仕方ないよね」
僕「・・・!」
僕(こんなにすんなり了解してくれたこと、今までなかったのに・・・)
僕「そ、そうですね。じゃあ、写真を持って帰りましょうか」
僕「・・・」
僕(聞けば、来月にはこの家も取り壊されるらしい。それを理由に外出できたわけだけど・・・)
タミ「はーい♪あ、ついでにコレとぉ、あとコレとコレと、タンスの中のコレも、持って帰る♪」
僕「・・・」
僕「・・・はい」
僕(本人も、なにか察してるのかな)
僕(ていうか、車のトランクに入るかな?この大荷物・・・)

〇古い施設の廊下
職員①「きゃー!」
職員②「ち、血が・・・!は、はやく看護師さん呼んで!」
職員①「た、タミさんが、か、カッターを持ってて・・・」
職員②「カッター・・・?刃物なんて絶対に身の回りに置かないはず・・・」
僕(!)
僕(外出の時か・・・?荷物確認した時に、見落としたのか・・・?)
職員②「あー、これはこれは」
職員②「タミさん、もうここでは過ごせねえなぁ・・・」
タミ「帰りたいよぉっ!家に帰してよぉっ!」
タミ「・・・帰してくれないと、」
タミ「刺してやるんだからぁああっ!」

〇古い施設の廊下
僕(タミさんは、そのまま精神病院に入院になった)
僕(面会に行ったけど、刑務所の独房のような病室で一人彷徨う彼女を、)
僕(僕は外から見ることしか許されなかった・・・)
僕(その時の、全てを恨むようなタミさんの双眸が、いまだに忘れられないんだよなぁ・・・)
トク「回想は終わったかい?」
僕「へぁ!?」
トク「いますぐに帰りたい!」
僕「あ、ああ、そうでしたね・・・」
僕(そんな経験を踏まえて、僕のトクさんへの対応は・・・!)
僕「トクさん、まず部屋に行って服を着ましょう?」
トク「・・・!」
僕(まず表情!とにかく笑顔!相手の感情は、自分の心を映す鏡!)
僕(真剣に話す時は、相手と目の高さを合わせること。上から目線な物言いは厳禁!)
トク「ふ、服・・・?ああ、また俺は脱いでいたのか」
僕(認知症のせいだと信じたいけれど、トクさんは隙あらば服を脱いじゃうんだ)
僕(本人も無意識なようだけど・・・)
トク「ふむ・・・」
トク「そうだな。服を着ないと、帰れないな」

〇病室(椅子無し)
僕「トクさん」
トク「ええっと、俺は何しに部屋に来たんだったかな?」
僕「・・・」
僕(認知症が進行すると、)
僕(短期記憶)
僕(つまり、さっきあったこととか、つい数分前の出来事が、記憶に残りづらくなっていく)
僕(でも、感情は別なんだ)
僕(さっき帰りたいって言って無下に断られ、説教まがいな一喝をされたことは覚えてなくても、)
僕(さっき嫌な思いをしたなぁ、っていう感情は、忘れずにそのままであることが多い)
僕(不思議だよね。人間の脳って)
僕「じゃあ、トクさん。まずは服を着ましょうか?」
トク「あ・・・、ああ。それもそうだな・・・」
僕(さっきの廊下では、他の入居者さん、つまり他の高齢者のお客さんもいたわけで、)
僕(プライバシーに配慮、というか、お客さん同士、お互いに嫌な思いをしないために、)
僕(なるべく自然な形で、トクさんには自室に戻ってもらった)
僕「手伝います」
トク「あ・・・、ああ、すまない」
トク「・・・」
トク「情けないな」
トク「ちょっと前までは、全部ひとりでできていたというのに・・・」
僕「トクさん・・・」
僕「・・・」
僕「トクさんは、自分で出来ること、まだまだ多いですよ」
僕「杖も使わず歩けるし、ご飯も一人で食べれます。僕と楽しくお話もできるじゃないですか」
僕「トクさんが難しい時だけ、僕らは手伝いますから」
トク「あ、ああ。いつも、ありがとう」
僕「・・・・・・」
僕(トクさんが持ってるの、こんな服ばっかりなんだよなぁ・・・)
僕(そりゃあ、脱ぎたくもなるって)
僕(・・・さて)
僕(このあとのパターンはいくつかある)
僕(一緒に散歩してみるとか、別の話題でお話するとか、お茶を飲んでもらうとか、昼寝に誘うとか、トイレを勧めてみる、なんてのも!)
僕(まあ、そのどれもが、本人の『帰りたい』から気をそらさせるものなんだよね)
僕(それは、今度にしよう)
僕「トクさんは、ここでの生活でイヤなこととか、あります?」
僕(僕は他人の話を聞くのが好きなので、聞いてみちゃうことにしている)
僕(経験則ではあるけれど、帰りたい、って思うことは、イヤなことから離れたい、と感じていることが多いから)
トク「イヤな、ことかい?うーん、そうだな・・・」
トク「・・・」
トク「ヒマ、だな」
僕「ひ、ヒマ?」
僕(あんなに毎日半裸で、帰りたいって言いながら歩き回ってるのに?)
トク「だって、椅子にずっと座ってばかりじゃないか」
トク「仕事があるわけでもない。話し相手がいるわけでもない。塗り絵や簡単な計算問題なんて、つまらない」
トク「退屈でボケてしまうよ」
僕「・・・」
僕(ああ、そうか)
僕(やることがない。役割がないのかぁ)
僕(なんもすることがないから、半裸で仕事を探して歩き回って、)
僕(それでも仕事がないから、しまいに帰りたくなるわけかぁ)
僕「じゃあ、これからトクさんに、仕事をお願いしてもいいですか?」
トク「え?」
トク「ああ、もちろんいいよ?」
僕「じゃあ、リビングに一緒に・・・」
僕「・・・!」
僕「あ、ちょっと待って下さいね」
僕「はい、ゴブリンです」
ツボネルの声「ゴブリン君、ちょっと用事があるから、すぐにリビングに来て」
僕「は、はい」
僕「す、すみません。トクさん、ちょっと待ってて下さい」
トク「ああ、気にしないでくれ。行ってらっしゃい」

〇古い施設の廊下
僕「な、何かありました?」
ツボネル「いえね、」
ツボネル「何の用事もないのよ」
僕「・・・へ?」
ツボネル「ほら、トクさんって対応難しいでしょう?」
ツボネル「話し出すとくどいし、長ったらしいし、耳は遠いし・・・」
ツボネル「あんまり長いこと、トクさんに捕まってるようだから、」
ツボネル「助けてあげようと思って内線をかけたの」
ツボネル「スマートでしょう?」
僕「・・・」
僕「・・・・・・」
僕(良い子(介護士)は絶対に真似しないで下さい)
僕(長いことって、たった5分じゃないか)
僕「・・・」
僕「ありがとう、ございます・・・」
ツボネル「じゃあ私、休憩入るから。ここよろしくね」
僕「・・・」
僕(あ、そっちが本当の理由か・・・)
僕「はい・・・」
僕(ホントに人間の所業か?いまの)
僕「・・・」
僕「あ・・・」
僕「トクさん・・・」
トク「帰りたいんだが?」
僕「・・・・・・」
僕「・・・」
僕(ままならねぇー・・・)

次のエピソード:『美しき哉、呪いの連鎖』

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