雨呼びの巫女と日照りの神

桜木ゆず

海神ノ満(ワダツミノミツル)(脚本)

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〇古民家の居間
リン「二人とも怒ってる?」
葵「ふふっ、どうしてだい?」
紫苑「リンなら『自分がなんとかする』 って言うと思ったよ」
紫苑「ほっとけない性分・・・だろ? これくらい想定の範囲内さ」
葵「土蜘蛛かぁ、どんな妖怪なんだろうね」
葵「ま、どんな奴が相手だろうと、 僕が守ってあげるから安心して?」
葵「大丈夫、いざとなったら 僕が一人で退治するさ」
リン「ふふっ、二人ともありがとう」
日向「お茶、どうぞ」
リン「ありがとう」
リン「トビコさんは?」
日向「お父さんは漁で獲れた魚を売りに、 隣村へ行ってる」
日向「ふふっ、かわいい猫ちゃん おいで?」
葵「にゃん!」
日向「撫でさせてくれるの? よしよし、 いいこ、いいこ・・・」
リン「葵、猫のフリが上手ね」
紫苑「ほんとだな・・・ このままずっと猫の姿でも 良いんじゃないか?」
「日向、お客さんかい?」
日向「おじいちゃん、おばあちゃん」
「!!」
おばあさん「その格好はもしや・・・」
おじいさん「孫を救ってほしいという祈りが、 通じたのかい・・・」
おばあさん「本当に・・・ 巫女様と陰陽師様じゃ・・・」

〇古民家の居間
リン「こんにちは」
紫苑「おじゃまさせてもらっています」
おばあさん「もしかして、あなた方は土蜘蛛を──」
リン「はい、今度こそ、 私たちが退治いたします」
おばあさん「あぁ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
おばあさん「日向を諦めたくありません」
おばあさん「生け贄となる満月まであと3日、 こんな奇跡があるなんて──」
おばあさん「きっと祈りが届き、 海の神があなたたちを寄越されたのだわ」
紫苑「そんな、おおげさですよ」
おばあさん「いいえ、 日向のことをよろしくお願いします」
リン「はい」
リン「それで土蜘蛛のことを詳しく お聞きしたいのですが」
おばあさん「うーん、そうですねぇ」
おばあさん「土蜘蛛はその巨体に見合わず、 素早く動くのが特徴でしょうかね・・・」
リン「なるほど・・・」
紫苑「それ以外では?」
おばあさん「うーん、 それ以外でお伝えできることは何も・・・ 我々もよく分からんのです」
おばあさん「そもそもなぜ、 あの島に住み着いたのかすらも──」
おばあさん「あの島は神聖で、 穢れのない土地だったはずなのに・・・」
紫苑「そうですか・・・」
リン「島に聖なる泉があると思うのですが、 ご存知ですか?」
おばあさん「あぁ、晶碧泉のことですかいな?」
おばあさん「とても美しい泉で、 海神(ワダツミ)様がお作りになられました」
リン「海神様?」
おばあさん「ええ、海神様は美しい女の神様で、 村に伝承が残っております。 その伝承とは──」
おばあさん「その昔、美しいウミガメの神様が 人間の漁師に恋をして、人の姿を取り──」
おばあさん「何も知らないその漁師は 神様と恋に落ちました」
おばあさん「神様は後に漁師へ真実を告げましたが 真実を知っても漁師の愛は変わらず」
おばあさん「二人は子どもを産み 幸せに暮らしたそうです」
おばあさん「しかし、神様でも時の流れには逆らえず・・・」
おばあさん「漁師や子ども達が、 自分より先に亡くなる様子を見るのを 耐えきれず」
おばあさん「子孫を見守ることを止め 海にお戻りになられました」
おばあさん「漁師や海神様の子ども達、 そしてこの村人は皆 晶碧島にある墓に眠っております」
おばあさん「亡くなった人々が美しき景色を見ながら、 安らかに眠れるようにと」
おばあさん「海神様は島の上に雲を吐き雨を降らせ、 その雨で美しき晶碧泉を作った── と聞いております」
リン「なんて素敵なお話なのでしょう」
紫苑「きっと、愛情深い神様だったんですね」

〇古民家の居間
おばあさん「あまりお役に立てる話ができませんで 申し訳ないのですが」
リン「いえ、十分参考になりました」
「ありがとうございました」
おばあさん「それは良かった どうかよろしくお願いいたします」
おばあさん「ではわしとじい様は、 漁の片付けに参りますので」
おばあさん「何かありましたら日向に申し付け下さい」
リン「はい、ありがとうございます」
リン「土蜘蛛かぁ。少し厄介ね」
紫苑「火水土木金の陰陽五行で考えると、 水は土と相性が悪い」
紫苑「水の巫女のリンには分が悪いな」
紫苑「土の弱点は木だから、 俺が木の呪術で土蜘蛛を弱らせている間に──」
紫苑「リンが祈祷して祓ってもいいかもな」
リン「なるほど、それは良い考えだね」
リン「葵も入れて、 作戦会議をゆっくりしようか」
紫苑「そうだな でも今は・・・」
日向「よしよし、かわいいね」
葵「にゃー」
紫苑「あの二人をしばらく、 あのままにさせてやろう」
リン「ふふっ、そうね」

〇古風な和室
葵「全く、ずっと撫でられてると 肩がこりそうだよ」
リン(葵、言葉とは裏腹に嬉しそうね・・・ 人と関わってくれるのは私も嬉しいな)
リン「ふふっ ずっと猫の姿でも構わないんじゃない?」
紫苑「俺も同意見だな 日向ちゃんとずいぶん仲良しじゃないか」
葵「二人とも他人事だと思って・・・」
葵「ま、なんだかんだ悪い気はしないけどね」
葵「かわいい女の子から好かれて 僕もつくづく罪作りな男だと思うよ」
リン「ふふっ」
リン「そうだ、土蜘蛛のこと作戦会議しないとね まず、私が祈祷で土蜘蛛を祓うわ」
リン「祈祷の間、紫苑には呪術で 土蜘蛛を抑えておいてもらうから」
リン「葵には紫苑の補助と、 もしも土蜘蛛が私に向かってきた時に、 守ってほしいの」
葵「分かった、任せて 二人を護るのは僕の仕事だね」
「リンお姉さん! シオンお兄さん! 入ってもいい?」
紫苑「日向ちゃん!? 葵!その姿はまずい!」
葵「紫苑くん! は、早く僕を猫の姿に!」
紫苑「そなたの姿は名もなき獣──」
リン「日向ちゃん、 ちょ、ちょっと待ってね!」
紫苑「その身に映せ!」
リン「日向ちゃん、 ど、どうぞ!」
日向「あのね、今日ね 猫ちゃんと眠りたいんです」
日向「いいですか?」
リン「ええ、どうぞ」
リン「葵、いってらっしゃい」
葵「にゃあ!」
日向「じゃあおやすみなさい」
リン「おやすみ」
紫苑「じゃあ俺たちもそろそろ眠ろうか」
リン「そうね、おやすみ紫苑」
紫苑「おやすみ、リン」

〇海辺
  ザザーン・・・
紫苑「──」
紫苑「うん?」
紫苑「ここ、どこだ?」
紫苑「リン? 葵?」
紫苑「これは、夢・・・? 特に邪悪なものは感じないが・・・」
不思議な雰囲気の女性「ふふっ、こんばんは」
紫苑「こ、こんばんは」
紫苑(この雰囲気、人じゃないな・・・)
不思議な雰囲気の女性「ごめんなさいね、 突然こんな場所に呼び出してしまって」
紫苑「いえ ・・・あなたは?」
ワダツミノミツル「私は海神ノ満(ワダツミノミツル)、 この辺りの海神です」
紫苑「海神様・・・」
ワダツミノミツル「あなたとお話がしたかったのです」
紫苑「どうして俺を?」
ワダツミノミツル「あなたとわたくしは似ているから・・・」
紫苑「えっ?」
紫苑「そんなことより今、 あなたの愛した村が危機に瀕しています」
紫苑「あなたのお力で 土蜘蛛をなんとかできませんか?」
ワダツミノミツル「・・・ごめんなさい わたくしにそのような力はありません」
ワダツミノミツル「わたくしは神と言いましたが、 実際は半神なのです・・・」
紫苑「半神・・・」
紫苑(なるほど、それで土蜘蛛を倒したくとも 倒せるだけの力がないという訳か)
ワダツミノミツル「ええ。 実は村の昔話に伝わる海神は 海神ノ澪(ワダツミノミオ)のこと」
ワダツミノミツル「海神ノ澪はわたくしの母にあたります」
紫苑「それでは、海神ノ澪様は 今、どこにいらっしゃるのですか?」
ワダツミノミツル「母は、父やわたくしの兄妹が亡くなった後、 皆と同じ所へ行くために 海の泡となり天へ昇ってゆきました」
紫苑「・・・」
ワダツミノミツル「わたくしは、きょうだい達の中で 唯一、妖力を持って生まれてきました」
ワダツミノミツル「そして寿命も恐ろしい程長く・・・」
ワダツミノミツル「わたくしは人と違う時の流れの中で 一人生きていくのだと理解しました」
ワダツミノミツル「ですので、自分は次代の海神として 今日に至ります」
ワダツミノミツル「大した力はありませんが、 母が愛したこの海とこの村を わたくしは見守ってゆきたいのです」
紫苑「・・・」
ワダツミノミツル「ふふっ そのようなお顔をなさらないで下さいな」

〇海辺
ワダツミノミツル「わたくしは大した力もありませんから、 お願いすることしか出来ないのですが・・・」
ワダツミノミツル「どうか母と父が愛したこの村を お救いください」
ワダツミノミツル「そしてわたくし達の子孫である 日向をお救いください」
紫苑「日向ちゃんは 海神様の子孫だったのですか」
紫苑「・・・ええ、もちろん 出来る限りのことはさせてもらいます」
紫苑「なんとか土蜘蛛を退治してみせます」
ワダツミノミツル「ありがとう──」
ワダツミノミツル「土蜘蛛を退治したあかつきには ささやかなお礼をさせていただきますね」
紫苑「えっ?」
ワダツミノミツル「それではお願いしますね」
ワダツミノミツル「わたくしとよく似た、『紫苑』さん」
紫苑「は、はぁ・・・?」
ワダツミノミツル「ふふっ あなたとお話が出来て良かった」
ワダツミノミツル「ではまた・・・ 日向をよろしくお願いします」
紫苑「ええ、お任せ下さい」
ワダツミノミツル「どうかよろしくお願いいたします」
ワダツミノミツル「お母様、この村と海を御守りください」

〇古風な和室
紫苑「・・・すぅ」
リン(最近は葵がいたから、 紫苑と二人で眠るのは久しぶりだなぁ)
リン(海神様の昔話、素敵だったなぁ・・・)
リン(相手の正体を知っても、 愛し続けることが出来るなんて・・・ それが本当の愛というものなのかしら?)
リン「私が同じ立場だったのなら、 それが出来るのかな・・・」
リン「・・・」

〇神社の本殿
リン「──ただいま!!」
傷ついたオオカミ「──」
雪継「──おかえ・・・」
雪継「!!」
リン「あっ、父様! この子ね、──って言うの」
リン「さっき裏の森で、はじめましてってしたの!」
リン「聞いて聞いて! この子ね、 おうちも家族も名前もなかったの」
リン「だから、 うちの家族になってもらってもいいよね?」
雪継「・・・」
雪継「リン、 名前を・・・、渡したのか?」
リン「えっ?うん・・・」
リン「・・・父様?」
傷ついたオオカミ「──」
雪継「──リン・・・」
リン「──」
雪継「・・・」
雪継「怪我をしているようだから、 アマネを呼んで来なさい」
雪継「手当てをしてやらないとな」
リン「うん!そうだよね!」
雪継「──そうかぁ、君は・・・」
傷ついたオオカミ「──」
雪継「・・・」

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