入水の過ぐる日

若海 葉

エピソード1(脚本)

入水の過ぐる日

若海 葉

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〇海辺
  幼稚園に入るか入らないかぐらいの子供のころ、ウミガメの出産映像を見た。
  何故かは忘れたが、見せられた。そして魅せられた。卵を産むウミガメが泣いている理由が気になった。
  周りの大人に聞いてみると、命を生み出す苦しみと喜びに泣いているのだと教えてくれた。
  それが嘘っぱちだと知ったのは、中学に入る直前になってだった。ウミガメの涙は、悲しくて出ているわけではない。
  ただの塩分調節のための機能であり、人間側がその様子に自分の感情を乗せているに過ぎない。

〇学校の廊下
  ふとした瞬間に涙があふれてくる。
  いつからそうだったのかは分からない。
  周りはそれを見て私の心が弱いというけれど、ただ体が勝手に涙を流すのだからしょうがない。
  私の心は痛くも辛くも悲しくもなく、涙を流す自分の体を俯瞰して見ている。
  自分自身、なぜ自分が涙を流しているのか理解していない。

〇部屋のベッド
  だから私は寝る前に、なぜ自分が涙を流すのかを考える。
  毎日毎日考えているが、一向に答えは出ない。
  思考を巡らしているうちに、頭の中が拡販されて、感覚がおかしくなっていく。
  ゆらゆらと体全体が揺られているような。

〇水中
  狭い足場に横たわり、少し動けば落っこちて、深い海に沈んでいくような。
  今日も私は入眠幻覚のウミガメの背に乗せられ、脳回路の海を行く。
  この世の海はウミガメのスープだ。解けない謎を秘めた涙で作られた、一杯の難題だ。
  私はその謎を、解けと言われたわけでもないのに考え続ける。
  毎晩質問を投げかけて、あるかもわからないヒントを手繰り寄せようとする。
  万人にとって正しくなくても、自分だけ納得できる答えが見つかればいいと思って。
「嫌な事が何もなければ涙は止まりますか?」
私「いいえ」
  今日の質問でも、答えには至らない。

〇学校の廊下
  今日も私の体は涙を流す。
  滲んだ視界の端に、ウミガメが横切った。
  私は首を振った。今は昼間。現実、のはずだ。涙を流しながら陸地を歩くことが私の現実であるはずなのだ。
「気持ち悪い」
「大丈夫?」
「帰ればいいのに」
「誰か呼んでこようか」
  現実の声が私を刺す。どの言葉も、私の涙を止める役には立たない。
  私がいてもいなくても、変わらないくせに、皆目についた異物を排除するために行動を起こす。
  無視してくれれば、どんなに楽だろうか。

〇水中
  そんなことを思い出しながら、幻の海の中で今日も眠る。
私「涙が止まらなくても、涙を流すことを指摘されなければ、楽に生きていけると思いますか?」
私「はい」
  今日の質問でも、答えには至らない。

〇学校の廊下
  今日も私の体は涙を流す。涙の流れるままに道を行く。
  周囲が私を見て、何かを囁く。その言葉までは聞き取れない。
  ふと、気づく。

〇水中
  今まで踏みしめてきた全ての地面は変形した肋骨・・・・・・生き物の甲羅だった。ああ、また夢の中にいるのか。
  ここは巨大なウミガメの背の上。必然、海の中を私は歩いていることになる。

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