極悪非道の正統ヒロインですが清廉潔白な悪役令嬢と幸せになります~咲かせて魅せます、百合の華~

イトウアユム

第1話「はじまりは抗争」 (脚本)

極悪非道の正統ヒロインですが清廉潔白な悪役令嬢と幸せになります~咲かせて魅せます、百合の華~

イトウアユム

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〇車内
ヤス「――お嬢、あいつの返済期限を延ばして良かったんですか?」
  ハンドルを握りながらヤスは助手席の私に問い掛ける。
権田原万里「いいワケねえだろ」
権田原万里「ヤス、 マグロ漁船と生命保険の手配をしておけ」
  形ばかりの土下座、見苦しい泣き顔と言い訳の羅列。そして卑屈な笑顔。
  ・・・まったく反吐が出る。
ヤス「へい。では早速手配します」
権田原万里「ったく、午後の講義を逃しちまったじゃねえか・・・」
権田原万里「留年したら学費分の利子も背負わせてやる」
  私は吐き捨てると手元の小型ゲーム機を起動させた。
ヤス「ハハ、首席のお嬢が留年なんてご冗談を」
ヤス「──お、自分がススメたゲームをプレイしてくれてるんですね」
権田原万里「・・・暇つぶしにな」
  このいかにも極道ないかつい男、
  ヤスは私の世話係兼ボディガードだ。
  え? ボディガードが必要な女子大生がこの世界にいるのかって?
  いるんだよ。なぜならこの私、権田原万里(ごんだわらまり)は極道一家権田原組の跡取りだから。
  話は逸れたが、今私がプレイしているのはヤスから借りたゲームだ。
  タイトルは
  『愛と哀しみの輪舞(ロンド)』
  乙女ゲームと言うやつで、
  まったくもって私の趣味ではない。
  だがオタクのヤスの最近のイチオシゲームだそうだ。
権田原万里(・・・とりあえず一回クリアしておくか)
  ヤスの熱意に押された形で、私は忙しい日々の中でゲームを少しずつ進めていた。
ヤス「――で、どこまですすめました?」
権田原万里「今、学園の警備の兄ちゃんと湖にピクニックに行くところだ」
  この兄ちゃんは学園パートが始まる時にその日のイベントや各キャラの好感度を教えてくれる。
  名前は・・・
  衛兵って出てるから無いんだろう。
  モブキャラの名前なんざ必要ないしな。
ヤス「・・・お嬢、もしかしてなんですがマリアンネのステータス、結構高いです?」
権田原万里「バキバキに高いに決まってんだろ」
権田原万里「称号も今時点で取れるものは全て取ったし 対象キャラの信愛度もMAXだ」
  ゲームと言えどもやるからには徹底的に、完璧に。
  それが私、権田原万理の美学でもある。
ヤス「そうですか・・・もうMAXですか・・・」
  ヤスが何を懸念しているのか分からないがこのまま進めよう。

〇湖畔
  ゲームでは衛兵がマリアンネをピクニックに誘い、湖の舟に乗せる。
  そんな穏やかな光景だったのだが。
マリアンネ「え・・・?」
  衛兵は笑顔のまま・・・
  なんと、マリアンネを湖に突き落とした。
権田原万理「!?」
マリアンネ「た、助けてください・・・! 私、泳げないんですっ!」
衛兵「君を愛する彼らは輝かしい肩書きがある」
衛兵「皇子に司祭の息子に貴族の跡取り・・・」
衛兵「それに比べて俺はただの衛兵」
衛兵「この世界では結ばれない運命ならば・・・湖の下の楽園で幸せになろう、一緒に」
  そしてマリアンネが水底に沈んでいくと
  ・・・衛兵の頬に一筋の涙が伝った。
   ~Fin~

〇車内
  画面いっぱいに映し出される、
  水中に漂う虚ろなまなざしのマリアンネ。
権田原万里「・・・おい、ヤス。なぜ私は主人公の溺死体を見せられてるんだ?」
ヤス「その衛兵、 実はサイコパスの気質があるんですよ」
ヤス「で、前半パートで攻略キャラ3人の好感度をMAXにすると」
ヤス「――結ばれない運命に悲観してマリアンネを殺しちまうんですよ」
権田原万里「はあ? なんだ、そのクソみてえな設定は」
ヤス「メリーバッドエンディング・・・メリバって言って一定層には人気らしいですぜ」
権田原万里「メリバだが競馬だか知らねえが・・・」
権田原万里「なんなんだよ、このゲームっ!」
  私はプレイしながら感じていた苛立ちをここぞとばかりに吐き出す。
権田原万里「そもそもマリアンネが気に入らねえ。 この女は自己肯定が弱過ぎる」
  私はマリアンネの口癖が嫌いだ。

〇幻想
マリアンネ「こんなドジでのろまな私でも皆さんの力になれれば・・・」
  聞くたびに虫唾が走る。
  他人から肯定されるのを受動的に待っている・・・
  そんな思惑しか見えないからだ。

〇車内
権田原万里「3人の攻略対象キャラも全員気に入らねえ」
権田原万里「どいつもこいつもハッキリしねえでうじうじしやがって」
ヤス「・・・お嬢は2次元のキャラにも辛辣ですね」
ヤス「でも、少しは気に入ったキャラとかいませんでした?」
権田原万里「いるわけないだろ」
権田原万里「でも・・・そうだな、 まともって意味ではエリーザが一番だな」

〇赤いバラ
エリーザ「わたくしを誰だと思って?」
エリーザ「わたくしは帝国の太陽に寄り添う誇り高き薔薇」
エリーザ「エリーザ・アイファー・ユヴェーレンよ」
  彼女は王子の婚約者でマリアンネのライバルだ。
  次期王妃としての自分の役割を認識して、誰に何を言われようとも憎まれようとも毅然と行動していて好感が持てる。
  ――マリアンネとその周囲の人間の王侯貴族意識が低過ぎるだけかもしれないが。

〇車内
ヤス「へえ、やっぱり極道界の極悪令嬢と言われたお嬢は悪役令嬢のエリーザが気になるんですね」
権田原万里「悪役令嬢?」
ヤス「ライバルのお嬢様の事を最近は悪役令嬢って呼ぶんです」
ヤス「最終的にはヒロインに敗北してしまうのが共通のお約束ですがね」
  敗北して破滅? エリーザはあんな根暗女に負けてしまうのか?
  ゲームの話だって分かっていても・・・
  なんだか。
権田原万里「――気に入らねえ。フン、なにが 『愛と哀しみの輪舞(ロンド)』だ」
権田原万里「主人公がモブに殺される乙女ゲームなんて不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまってるだろ」
  私はゲーム機を後部座席に放り投げる。
ヤス「――お嬢、不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまったのは自分たちの方かも知れませんぜ」
  ヤスがサングラス越しの視線で差すのは
  ・・・左右を挟む様に並走する車。
権田原万里「――竹取組か」
  窓からこちらに狙いを定める銃口に私は舌打ちをする。
権田原万里「ヤス、こっちは何がある?」
ヤス「昨日だったら『取引』があったんで十分に用意してたんですけどね・・・ 今日はこれだけです」
  ヤスの見せるスーツの内側にはホルスターに拳銃が1つ。
権田原万里「まったく・・・油断してたってワケか。 てめえもヤキが回ったんじゃねえか」
  私はスカートをめくり太もものホルスターから小さな拳銃を引き出した。
  今手持ちの武器はこれと・・・お守り代わりに持ち歩いている『アレ』だけ。
権田原万里「まあ・・・迂闊さで言えば私もおまえの事を笑えないがな」

〇廃墟の倉庫
権田原万里「ごほっ、ごほ・・・」
  横転してひっくり返った銃創だらけのベンツの下で、私は大きくせき込んだ。
権田原万里(っぐ・・・! 肺をやられたか)
  体中に走る激しい痛みと口の中に広がる鉄の味に顔を顰める。
ヤス「お、嬢・・・」
  傍らの血塗れのヤスもそう長くはないだろう。私と同じく。
  私達の生存を確認したいのか、
  車から男たちが下りてくるのが見える。
権田原万里「なあ、ヤス・・・ 私は現実でもゲームでも・・・」
権田原万里「モブキャラに殺されるのだけは勘弁ならないんだよな」
  私の言葉の意味をくみ取ったのかヤスが笑う。
ヤス「・・・ハハ、地獄の果てまで・・・ お付き合いしますぜ、お嬢」
  ヤスの言葉に私は口角を上げると、
  隠し持っていたお守り代わりの『アレ』
  ――手りゅう弾を取り出した。
  そして口でピンを引き抜き、最後の力を振り絞って、男達に投げつける。
「?!」
  男達は足元に転がる手りゅう弾に慌てふためくがもう遅い。
  驚いたか?
  おまえ達三下モブにやられるなら、
  自分で幕を降ろすに決まってるだろ?
  私は嗤い、眩しい閃光が辺りを包む瞬間。
  後部座席から路上に投げ出されていた半壊のゲーム機が私の視界に入る。
  セーブせず放り出していたからか、
  画面はマリアンネの溺死スチルのままだ。
  その時、ひび割れた液晶の中の水に浮かぶマリアンネの虚ろな瞳が。
  ──ゆっくりと、瞬いた。
権田原万里(え?)

〇白

〇黒背景
  浮上していく意識の中で、
  まず最初に思った事。
  それは──
権田原万理(苦しい・・・っ!)

〇水の中
  息を吸うごとに、
  喉に肺に冷たい水が流れ込む。
  私はどうやら水の中にいるようだ。
権田原万理(落ち着け、まずは・・・ 慌てずに水面に浮かべ)
権田原万里「ぷはっ! ・・・・・・?」
  水面から勢い良く飛び出して、大きく息を吸うと私は岸を目指して泳ぎ始めた。

〇湖畔
  岸に着くと私は辺りを見回した。
  ここはどうやら森林に囲まれた湖の様だ。
  そして・・・この光景に感じる既視感。
権田原万里(この湖・・・どっかで見たような・・・ しかも最近・・・)
  私は記憶を整理する。
権田原万里(思い出せ、私は・・・ 取り立てから帰って・・・)
権田原万里(その時に、襲撃されて、ん? ・・・なんで、私は生きているんだ?)
  あの時瀕死の重傷を負っていたし、
  私は手りゅう弾を爆発させたのだ。
  なのに体には怪我ひとつない。
  だがその思考は中断される。
  何故なら・・・
権田原万里(!)
  湖のほとりの水面に映る菫色の澄んだ瞳が驚いたようにこちらを見つめている私の顔が・・・。
  ゲーム『愛と哀しみの輪舞』のヒロイン・マリアンネそのものだったから。

次のエピソード:第2話「刺して良いのは刺される覚悟がある奴だけ」

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