第19話「本当のお姫様」 (脚本)
〇備品倉庫
大和要「俺は、そう思ってる。だから翠の想いには 応えられない。ごめんね」
要は、何かを吹っ切ったように
清々しい笑顔を浮かべる。
それを見た翠は泣きそうに顔を歪め
思い切り要の体を突き飛ばして──
小早川翠「ひどいよ・・・最低っ!」
そのまま控室を飛び出していった。
〇学校の体育館
小早川翠「・・・っ」
控室を飛び出した翠の前に
ある男が立ちふさがる。
近衛尊文「待たれよ」
小早川翠「! あなたは、確か姫野さんの・・・」
近衛尊文「姫野葵の担当編集者だ」
小早川翠「・・・そんな方が私に何の用ですか 急いでるんですけど」
近衛尊文「申し訳ないとは思ったが 先ほどの話、聞かせてもらった」
近衛尊文「男同士の恋愛が不毛だという君の意見は 確かに正論かもしれない」
小早川翠「・・・・・・」
近衛尊文「だが、それが本当に想い人の 幸せと繋がるのだろうか?」
小早川翠「は? そんなの、当たり前じゃないですか」
小早川翠「私は、要くんに早く目を覚まして 真っ当な道に進んでもらいたいんです」
小早川翠「それは彼の幸せを思っているから」
小早川翠「女の子とつき合って いつかは結婚して・・・」
小早川翠「そういう普通の幸せを つかんでほしいんです」
近衛尊文「彼の幸せ、か」
近衛尊文「――それは、君が勝手に思っている だけの幸せではないか?」
近衛尊文「本当に、大和要がそれを望んだのか?」
小早川翠「それ、は・・・」
近衛尊文「君は、奴の幸せを願っていると言いつつ 実のところ自分の幸せのことしか考えて いない。そうではないか?」
小早川翠「・・・・・・」
尊文の言葉に
翠は唇を噛んだまま俯いた。
それは暗に、その言葉が図星であると
認めたようなものだった。
その翠の様子を見て
尊文は小さくため息をつく。
近衛尊文「まあ、それは葵さんも同じことか」
近衛尊文「――騎士として、姫様を導いて差し上げることができれば良いのだが」
近衛尊文「こればかりは、私にはどうしようもない」
近衛尊文「・・・早くご自身の気持ちに気づいて いただけると良いのだがな」
〇備品倉庫
翠に突き飛ばされ、尻もちをついたままの体勢で要はぼんやりと天井を眺めていた。
大和要(そう、か。やっぱり俺、葵さんのことが 好きになってたんだな)
大和要(翠から告白されてそれを自覚するなんて なんだか不思議な気がするけど・・・)
大和要「――よし」
立ち上がった要の目には
確かな決意の炎が宿っている。
大和要(ここいらで“区切り”をつけとかないとな)
〇体育館の舞台
1日明け、文化祭当日──
ステージでは、要たちのクラスによる
出し物『クリスタリア幻想記』の演劇が
行われていた。
小早川翠「ああっ・・・! オニキス、オニキスっ!」
大和要「カーネリア、姫・・・。すまない あなたを1人にしてしまうな・・・」
魔王の凶刃に倒れ、その場にくずおれる
オニキス役の要のもとへ、カーネリア役
の翠が駆け寄る。
大和要「俺は、生まれ変わっても 必ずあなたを探し当てる」
大和要「今度は平和な世界で共に結ばれよう だから、それまで待っていて──」
小早川翠「オニキス? オニキスーっ!」
〇学校の体育館
観客1「すごい、迫真の演技だったね 文化祭の演劇なんて、あんまり期待して なかったから逆にびっくりだよ」
観客2「ほんとほんと。とくにあの勇者と姫が いいよね。真に迫ってるっていうか・・・」
すぐ隣の観客の感想を聞きながら
葵は1人ぽつりと呟きを落とす。
姫野葵「本当に・・・オニキスそのものですね」
姫野葵「オニキスと最後に約束をした あの時とまったく同じ・・・」
〇黒背景
黒須雫「前世の恋人との約束に囚われて 今を、未来を生きようとしていない」
黒須雫「自分は前世と違うからって言い訳をして 傷つくことから逃げてんだ」
〇学校の体育館
姫野葵(雫くんの言う通り、私はオニキスとの約束に囚われ、前を向くことを避けているのかもしれない。でも・・・)
〇黒背景
小早川翠「男の人同士の恋愛なんて どうせうまくいきっこないよ!」
小早川翠「それなら、私でいいじゃない! ねえ、私とつき合ってよ!」
〇学校の体育館
姫野葵(今の私が、要くんとどんな未来を 歩けるというのでしょう)
姫野葵(・・・もう女性ですらない あるのは過去の記憶と約束だけなのに)
その時、周囲で沸き起こった拍手の音に
はっと顔を上げると、いつの間にか演劇
が終わっている。
ステージ上では感極まって涙する女生徒
たちが主役の要を囲んでいて――居たた
まれなくなった葵は、思わず席を立った。
〇体育館の舞台
小早川翠「あれ・・・」
体育館の扉からそっと出ていった葵に
気づいたのは、翠だった。
大和要「翠、どうかした?」
小早川翠「・・・ううん、なんでも」
大和要「そう? じゃあ改めて・・・」
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