第1章 EP.1 (脚本)
〇西洋の城
7つの国から成り立つ連合国家。
その中心部に聳え立つトワイライト。
私が保護されたこの場所は、
同連合国の行政機関の役割をも担う最大規模の学術機関だという。
トワイライト魔導学校と名付けられたその場所は、沢山の生徒たちが主に魔法学を学ぶ学び舎であり
基礎魔法学に加え、七つの学派に分かれて専門的な知識を探究するその学校は、現代日本を生きる私にとっては信じ難い場所だった。
そもそも魔法という言葉自体、私にとってはフィクションでしか聞かない単語である。
不幸中の幸いと言えば、そんな理解しがたい名称の数々も、
日本の大学における学部に置き換えてみると意外と理解が捗ったことくらいだ。
アベル「イノリ、お前さえ良ければなんだが」
イノリ「? はい、なんでしょう」
アベル「あぁ、その・・・改めてこの学校について説明しておいた方がいいかと思ってな」
アベル「多少知っておいた方が、お前としても過ごしやすくなると思ったんだが・・・どうだろう?」
ちなみに、ここまでの学校の情報は
こうして前もって私が聞きやすい状況を作ってくれたアベルのおかげで知ることが出来ている。
だが、そうは言っても入学形態やカリキュラムなんかは耳馴染みの無いもので
私はといえば、説明に耳を傾けながらも、クエスチョンマークを浮かべている時間の方が多かったような気がしないでもないが。
アベル「流石に〝学校〟が何かについての説明は要らないか?」
イノリ「お気遣いありがとうございます」
イノリ「えっと、大丈夫だと思います。私も元々学校に通っていた身ですし・・・。 あ、勿論、学んでいるものは違いますが・・・!」
アベル「そうか。時折困った顔をしていたから心配だったんだが、それを聞いて安心した」
アベル「それじゃあ、学派について詳しく説明しようか。 分からないことがあれば、遠慮なく都度俺に聞いてくれ」
イノリ「わかりました。 ありがとうございます!」
トワイライト魔導大学校に存在する学派は7つ。
3年次までは特定の学派に入ることは無く、基礎的な魔法学について学ぶこの学校だが、
4年次からは特定の学派に入ることで、専門的な研究を進めていくことになるらしい。
それぞれの学派には、この学校を創設したとされる7人の創始者によって創られた発明品が保管されているが
あらゆる魔法を尽くしても、それらは現在に至るまで複製することが出来ていないのだそうだ。
主に天文学、占星術を学び、初代学派創始者アストラによって生み出された魔法を扱う学派【天体科】
創始者アストラによって創られた〝天球儀ウラニア〟に映し出される未来や過去に関連する神託を観測し、
人類の存在を観測・証明しているという。
イノリ「規模が大きい・・・」
アベル「確かに天体科は特に壮大なイメージになるかもしれないな・・・」
主に動物学、植物学、医学を学び、初代学派創始者マイアによって生み出された魔法を扱う学派【生命科】
創始者マイアによって創られた〝カドゥケウスの杖〟は、どんな病も治すことが出来るという。
???「7つの学派の中では、最もポピュラーで身近な魔法を使う学派ですわね。 適応もし易いし人気も高いと聞きましてよ」
アーノルド「無償で診療を行う出張診療隊も有名かな。一般市民からも親しまれてるし」
主に考古学、歴史学、神代学を学び、初代学派創始者ベルクによって生み出された魔法を扱う学派【伝承科】
創始者ベルクによって創られた〝ラグエルの牢〟は、どんなものも無害にし保管することが出来るという。
???「ここは遺物・・・オーパーツの発掘・管理・研究を主にやってるらしいよ~。 あ、オーパーツってわかる?」
イノリ「あ、はい・・・ニュアンスは何となく・・・」
???「そ~。ならよかっ・・・・・・」
???「すやり」
イノリ「寝た・・・!?」
主に宝石学、錬金術、元素学を学び、初代学派創始者ルチアによって生み出された魔法を扱う学派【鉱石科】
創始者ルチアによって創られた〝ククルカン〟と名付けられた機械は、元素によって常に宝石を生み出しているという。
???「風・土・火・水の高度な元素魔法を使わせたらここの学科が一番かな~」
???「ま、錬金術使って違法オークション出展しがちなのも鉱石科だけど」
主に建築学、工学、魔道具学を学び、初代学派創始者ディベルによって生み出された魔法を扱う学派【創造科】
創始者ディベルによって創られた機器〝アルキメデス〟は、無限の情報を記述し、演算することが出来るという。
クラウス「建築、工学は言うまでもありませんが、魔道具の作成研究なんかもやっているそうですよ」
クラウス「他の学派の魔法は媒介が無ければ何かを生み出すことは出来ませんが、創造科の魔法は無から有を作ることが出来るのも特徴です」
主に呪術学、降霊学、催眠術、召喚学を学び、初代学派創始者サモンによって生み出された魔法を扱う学派【言論科】
創始者サモンによって創られた、〝黄泉〟と名付けられた杯は、あらゆる者を従わせるという。
アベル「扱う幅は広いが、特に呪術学と降霊学に力を入れている学派だな。 詠唱や言葉についての研究をしている学生が多いぞ」
???「生命科では治すことが出来ないような、遺物の影響で呪われた方達の研究もされていますわね」
クラウス「・・・まぁ、復讐や詐欺なんかに言論科の魔法を使用する輩がいるのは事実ですが・・・」
八重「・・・・・・」
〇おしゃれな居間
アベル「そして、最後は法律学を学ぶ他、禁忌の取り締まりや保管を行っている【法律科】だ」
アベル「まぁ、所謂〝神秘を求める〟魔術師たちとは違って、法律科は何というか・・・それを管理統制する一つの組織のようなものだな」
イノリ「なんだか他の学派・・・?とは毛色が違うんですね」
クラウス「当然です!!」
イノリ「ワッ・・・びっくりした・・・」
クラウス「このトワイライト魔導大学校の中でも!法律科に所属し、その学派を名乗ることが出来るのは」
クラウス「生徒会の各種役職者6名と選挙管理委員長1名からなるたった7名のみです」
イノリ「へえ~・・・随分少ないんですね」
クラウス「しかも!!」
クラウス「いいですか、よく覚えておいてくださいね」
クラウス「この法律科に入る方法は、基本的に役職を固定された上での4年次進級前のスカウトのみです」
クラウス「つまり!!!」
クラウス「つまりですよ。誰でも希望すればその学派所属を冠することが出来るというわけではないんです!」
クラウス「まぁだからその~・・・少数精鋭・・・とでも言いましょうか・・・」
クラウス「まぁ僕はこの生徒会で唯一の4年生というわけなんですが・・・」
イノリ「・・・・・・」
イノリ「・・・優秀なんですね?」
アベル「ハハ・・・まぁ、そう言ってもらえることも多いな」
アベル「落ち着けクラウス、説明はありがとう」
アベル「・・・というところが7つの学派についての説明だが・・・」
アベル「何かわからないことはあったか?」
まさに、「何でも聞いてくれて構わない」と言わんばかりのアベルの表情は頼もしい。
ただ、わからないことはあったか、と聞かれてしまうと、正直あれもこれもと際限が無い。
日本人故か、連続して押し寄せるカタカナの名前を完璧に覚えるまでは、まだもう少しかかりそうであった。
改めて、自分がもう少し詳しく知りたいことは無いか、わからなかったことはなかったかと脳を回転させて小さく唸る。
そうしているうちにふと浮かんだのは、他でもない先ほどのクラウスの発言達であった。
イノリ「さっき、クラウスさんが「この生徒会で」って仰っていましたけど、ええと・・・皆さんは・・・もしかして?」
クラウスの言葉のニュアンスからして、
この法律科というのはかなり入科難易度の高い優秀な人材が集まった集団のようなものなのだろうと察しはつく。
何より、目覚めた時から入室していたこの場所についても合点がいった。
アベル「あぁ。改めて口にするのも不思議な気分ではあるが・・・」
アベル「ここにいる者は皆、法律科の人間だ。 今は法律科以外の生徒がいないからわかりにくいが・・・」
アベル「法律科の生徒とそれ以外の学派の生徒では制服も違っている。 校舎内を歩く機会があれば見てみるといいかもしれないな」
私のふわっとした質問に対して、アベルは丁寧に答えてから目じりを下げた。
もしかして、とは思っていたことではあったものの、こうして真っ向から頷かれると緊張してしまうのは致し方ない。
この学校の進級システムは7年生だとは一番最初に聞いている。
日本で言えば高校と4年生年制大学を組み合わせた年齢設定になっていることは知っているが、
そう考えると、自分とそう年齢の変わらない学生たちが組織を率いているというのも凄い話だと密かに頷いた。
???「・・・・・・」
???「それよりも、皆さん、大切なことをお忘れになっていませんこと?」
そんなことを私が考えていると、お嬢様然としたそんな言葉が聞こえて、思わず視線がそちらを向いた。
美しく手入れされた金髪を揺らしながら話を続ける金髪の女子生徒は、
これまでも度々言葉を紡いでいた法律科メンバーのひとりである。
「?」
「??」
???「ちょっと!一体全体どういうことですの、その反応!皆様鈍感すぎますわ!」
???「私たち、まだ彼女への自己紹介が済んでいませんわよ!!」
ビシリ、と音が付きそうな程に真っすぐ人差し指を立てた金髪の女子生徒は、そのまま「あなたもあなたも」と一人ずつ指をさし
???「私たち、まずは名乗るべきだと思いますわ!」
と高らかに言い放った。
〇おしゃれな居間
私もすっかり意識していないところではあったが、どうやら皆言われてみればというところではあったらしい。
「そういえば名乗っていないかも」と言わんばかりに頭を掻く面々に、わざわざ手間を取らせてしまうのが申し訳なくて苦笑した。
だが確かに、一部名前を呼ばれていたこともあって把握している人はいても、
全く名前がわからない状態の相手もいないわけではない。
ここで改めて名前を教えて貰えるのは自分としても有難かった。
???「ここは言い出しっぺの私から失礼致しますわ!」
マチルダ「ごきげんよう、イノリ」
マチルダ「私はマチルダ・アルブレヒト。 法律科5年、生徒会では会計の役職に就いておりますわ」
マチルダ「短い間かもしれませんけれど、どうか仲良くしてくださいまし」
まさに「にっこり」という擬音がよく似合う笑みを浮かべた金髪の女子生徒――マチルダは、
制服のスカートをまるでドレスの裾を持つように持ち上げ、私に向かって綺麗なカーテシーを繰り出した。
今まである程度の年数を生きてはいるが、ここまで当たり前のように日常生活でカーテシーをする女性を近くで見たことは無い。
なんだかそれが妙に緊張のスイッチを入れて、つられるように「よろしくお願い致します」の言葉と共に頭を下げた。
マチルダ「ほら、次にいきますわよ、次に!」
マチルダ「アーニー、あなたが次におやりなさいな。 私たちはクラウスの次に若輩者なんですのよ」
アーノルド「え、ええ~・・・それ関係あるかなあ・・・」
半ば無理やり――といったところではあったものの、特別嫌というわけではなかったのか、
アーノルドは頭を掻きながら一歩前に出て微笑んだ。
アーノルド「俺はアーノルド・ウォーカー。 学派は法律科、で学年はマチルダと一緒の5年生!」
アーノルド「俺のことは気軽に〝アーニー〟って呼んでいいからね」
アーノルド「よし!俺も言った!」
マチルダ「サクサクいきますわよ、サクサクと!」
クラウス「では次は僕が!」
シャルル「シャルルだよ~ よろしくね~」
クラウス「・・・・・・クラウス・ヨナス 法律科4年、書記を担当しています・・・」
マチルダ「一足先を越されましたわね・・・」
アーノルドの自己紹介の後は、一見するとコントのようなやりとりを経て
シャルル、そしてクラウスの口から名前が紡がれた。
フィリップ「俺はフィリップ!法律科6年で、生徒会の庶務やってま~す!」
八重「・・・生徒会副会長。錦八重と申します」
アベル「そして、改めてにはなるが 俺は法律科7年 生徒会長のアベル・レオンハルトだ」
それに続くように投げかけられた自己紹介で、
一応この場にいる人間の名前については問題なく把握出来たような気持ちになる。
つい先ほど自分も名前を名乗って入るものの、この怒涛の自己紹介ラッシュに乗り遅れるのは気が引けて
イノリ「あ、えっと・・・! 改めまして、イノリです。 宜しくお願いします!」
そんな言葉と同時に深々と頭を下げた。
マチルダ「ええ、よろしくお願い致しますわ、イノリ!」
マチルダ「それにしても、皆様話が早いのは流石ですわ。 もう自己紹介がお済みでない方はいらっしゃいませんこと?」
アベル「いや・・・ それで言うと1人まだ残っているな」
マチルダ「あら、そうでした?」
アベル「あぁ」
アベル「フィレンツ先生。 あなたも名乗って貰えますか」
フィレンツ「・・・・・・ん?」
フィレンツ「あぁ、話は終わったか? ほら、何か盛り上がってるようだったからね。一応は君たちに任せようと思って黙ってたんだよ」
フィレンツ「ほら、生徒の自主性が云々ってよく言うだろう」
アベル「そういうのはいいです」
フィレンツ「手厳しいなぁ」
フィレンツ「改めてにはなるが、俺はフィレンツ・タルナート。 この法律可の学派長──君にわかり易いように伝えるなら、教師ってやつだ」
フィレンツ「法律科自体、一般生徒とは異なる権限を持つ組織であることに間違いないが・・・」
フィレンツ「そんな法律科の生徒にも難しい案件であれば俺に言いにおいで」
フィレンツ「改めて歓迎しよう。 ようこそイノリ、トワイライト魔導大学校へ」
フィレンツ「この出会いが、君にとって良いものであることを祈っているよ」
フィレンツと呼ばれたその人は、私にそう語りかけると穏やかに目を細める。
先程から空間には居たものの、冒頭以外は見守るように口を閉ざしていたその人の声が
あまりにも優しいのが気になった。
この学校の説明を受ける前、アベルが「これで良いのか」と言わんばかりに尋ねたそれに対して
冷えるような底の見えない冷たい瞳で微笑んだ人はどこにも居ない。
恐らくあれは、無知故に私かそう感じただけなのだろう。
少なくとも、このフィレンツから敵意のようなものは感じない。
同時に何故か、フィレンツに対して、奇妙な懐かしさを感じて首を傾げた。
アベル「・・・さて、これで本当の意味で自己紹介も終わったな」
アベル「これからについてだが、ひとまず彼女に魔力があるのかどうかについて確認したい」
アベル「一時的とはいえ、この学校で保護するのであれば 彼女としてもこの学校で学べることがあった方が過ごし易いだろうしな」
イノリ「は、はい! それは助かります、凄く・・・」
イノリ「ただその・・・私が元々居たところでは、魔力とか魔法・・・?があるって話はあまり聞かなくって」
イノリ「皆さんをガッカリさせてしまうかもしれませんが・・・」
アベル「そんなこと気にすることじゃないぞ。 最初は誰だってそんなものだからな」
アベル「・・・ということでクラウス。 これから別室で、彼女に基礎魔法学の説明をしてやってくれるか?」
クラウス「僕ですか!?」
アベル「あぁ。お前は去年まで3年生だったから、この中じゃ誰よりも基礎魔法学の知識は新しいものだろうし」
アベル「何より説明する能力も実技も申し分ない。 どういった形で教えるかはお前に任せるから、ここはひとつお願い出来ないか?」
アベルがそう熱心にクラウスに語りかければ、クラウスは次第に表情を輝かせて頷いた。
クラウス「承知しました! ここは僕が引き受けましょう!」
アベル「あぁ。よろしく頼む」
元々のクラウスの気質もあるかもしれないが
こうなってくると流石アベルと言わざるを得ないのはその話術である。
この法律科において生徒会長を務めあげるだけあるその手腕を前に、私はただただ感心することしか出来ず
クラウスの口から放たれた「僕は厳しいからな」の一言に我に返って頭を下げれば、
クラウスは鼻を鳴らして腕を組んだ。
八重「・・・制服」
シャルル「あ~ね。 どうする~?そのカッコじゃフツーに目立つし」
マチルダ「確か法律科の制服に予備がありましてよ。 保護しているという名目であれば、法律科の制服を着用しても問題ないのでは?」
八重「・・・そう」
シャルル「いいんじゃな~い?」
マチルダ「お2人から賛成頂けて良かったですわ。では、制服問題はひとまず解決・・・ですわね!」
アベル「・・・・・・」
アベル「八重、少し頼まれ事をいいか?」
八重「・・・・・・構いません」
八重「・・・・・・」
八重「・・・マチルダ」
マチルダ「・・・!」
マチルダ「お任せいただけるなんて光栄ですわ!」
マチルダ「では改めて、イノリ。この学校で保護させて頂くに際して、あなたの制服はこちらでご用意させて頂きます」
マチルダ「クラウス、制服の用意が出来るまで彼女のことをお願いしますわね。 他の生徒に見つからないように別室で。よろしくて?」
クラウス「いや・・・はい、まぁ嫌とは言いませんが・・・」
マチルダ「そう!ありがとう、あなたならきっとそう言ってくれると信じていましたのよ」
マチルダ「イノリ、なれないことで不便は多いと思いますけれど、どうか頑張ってくださいまし」
イノリ「は、はい!勿論! 学ばせてもらいます!」
マチルダ「あ、そうそう。 クラウスから意地悪をされるなんてことがあればいつでも仰って頂戴ね?」
クラウス「しませんよそんなこと!! 子供じゃないんですから!」
イノリ「そ、そうですよ! 滅相もないです!」
マチルダ「もしもの話ですわ。 それじゃあ、後は頼みましたわよ」
あれよあれよといううちに、あらゆる事が決まっているような気がする。
だが、仮にそうであったとしても、帰る場所も宛もない私がこの生徒会以外に頼ることは出来ない。
私に今出来ることは、こうして与えられる厚意を有難く受け取ることである。
受けた恩は、どういった形であれ返していきたいとは思っているが
今のままではそれ以前の問題だった。
クラウス「えぇと、生徒がいない空き教室となると今予約が入っていないのは・・・」
そんな中、本日これから行動を共にすることになるらしいクラウスの呟きが耳に飛び込んできて視線を向けた。
クラウス「・・・・・・」
だがクラウスはといえば、自分の独り言で思わず私の視線が自分自身の向いたのであろうことは恐らく理解した上で
特段恥ずかしがるような様子はなく、それどころか私の視線が突き刺さっていることにすら無反応であった。
クラウス「すみません、良いですか?」
そんなクラウスが明確に私に指示を飛ばしたのは、
それから数分後のことである。
クラウス「では、僕についてきてください。 今からであれば音楽室が空いているはずです。 まぁ、緊急で予約されていれば話は別ですが」
イノリ「全部把握してるんですか!?」
クラウス「まぁ、把握出来る範囲内ではありますが」
イノリ「十分すぎるくらい凄いですよ。 今日はよろしくお願いします、先生!」
クラウス「・・・・・・!」
クラウス「先生、ですか・・・僕が・・・!」
クラウス「・・・・・・」
クラウス「・・・最初にもお伝えしてありますが、僕の指導は優しくはありませんから!」
クラウス「ほら、行きますよ!今はまだ授業中ですから、移動には細心の注意を払うように!」
イノリ「は、はい!」
大きく返事をした私に対して、クラウスは満足そうに頷いてから
他生徒会メンバーへの会釈の後に生徒会室の扉を開いて出ていった。
イノリ「あ、えっと、あの・・・では、私は一度これで・・・」
アベル「あぁ。早々に連れ回して申し訳ないが、クラウスはあれで悪いやつじゃない。 今後の為にも色々聞いておくといい」
アベル「心配しなくても、何かあれば俺たちが力になるぞ。 今は何事も試しだと思ってやってみたらいいさ」
イノリ「・・・!」
イノリ「ありがとうございます。 私、行ってきますね」
頭を下げて生徒会室を後にすれば、背後から様々な「行ってらっしゃい」の言葉が紡がれて温かくなった。
何より、アベルの口から繰り出される言葉の数々は、どんなものより不思議と私に安堵を与えてくれる。
その理由は終ぞ分からなかったが、今の私にとってはその事実それこそが有難いものだった。
〇おしゃれな居間
──────・・・・・・
アベル「・・・行ったか?」
八重「・・・・・・」
アーノルド「流石に行きましたよ! ですよね?」
フィリップ「うんうん、書記ちゃんはそりゃもう勇み足で!」
フィリップ「でもさぁ、よかったの? 書記ちゃん、自分以外のみんなで大事な話してるなんて知ったら怒っちゃうんじゃない?」
──・・・クラウスとイノリが出ていった生徒会室にて。
先程までは、イノリという外部の存在がいた事もあって和やかだった生徒会室の空気は、一気に厳格なものへと姿を変えた。
それもそのはず。
学校全体を通してもかなり優秀な人材である法律科の面々においても、
此度のイノリに起きたと推察される時空移動について、真っ直ぐに理解出来ている人物は誰一人として居なかったのだから。
とはいえ、当事者であるイノリの不安を煽ることは得策では無い。
故に、こうしてイノリのいない話し合いの場が設けられることになったのだった。
アベル「八重、ここ数ヶ月の行方不明者の中に、イノリの特徴と一致してる者はいたか?」
八重「・・・・・・無い」
アベル「了解だ。イノリの証言から考えると、シンプルに行方不明者が記憶違いを起こしてる可能性は否定はできないがどうだかな・・・」
八重「・・・・・・」
八重「・・・・・・少し時間を、頂けますか?」
アベル「あぁ、構わない。難しいとは思うが、引き続き調べておいてくれ」
八重「・・・・・・」
八重「・・・・・・えぇ」
アベル「他に、彼女の証言から気になることがあった者は?」
シャルル「んぁ~・・・ナイフとか?」
フィリップ「あぁ~、確かに」
フィリップ「俺もちょ~っと気になってたんだよね~ だってほら、なんか変じゃない?」
アベル「変?」
フィリップ「だってあの子、自分が何で刺されたのかをはっきり覚えてたじゃない?」
フィリップ「ま、そんな特異な状況になる方が珍しいけど、その辺の女の子なら〝刺された〟こと自体に目が行くものだと思うんだよね」
フィリップ「でもあの子はそのナイフに〝綺麗な装飾が施されてた〟って言ってた」
フィリップ「まぁ、あの子の肝が異様に据わってるだけって言われちゃうとそれまでなんだけどさ」
アーノルド「それだけ印象に残るナイフだったと」
アーノルド「ん~俺だったら死にかけの時にそこまで見る余裕ないですね」
マチルダ「それから・・・確か、刺されて意識を失って、気が着いたらこの場所にといった口ぶりでしたわよ」
マチルダ「推測の域は出ませんけれど、イノリを刺したとされているナイフが何かキーになっているような気がしますわね」
アーノルド「呪付き遺物の可能性もあるかもってこと? なんでそれを持ってる人がイノリちゃんを襲うわけ?」
マチルダ「憶測の域を出ないとお伝えしていますわよ!私は!」
フィリップ「まぁまぁ。確かにその可能性もあるけど、時空や次元を超えて別の世界と繋ぐことが出来る遺物なんて聞いたことないなあ」
シャルル「それに、あってもそんな危険なものならこの学校に保管されて無いのは可笑しいね~」
シャルル「・・・まぁ~でも、最終的な可能性としては、2つかな」
マチルダ「2つ?」
シャルル「そう」
シャルル「1つは、さっきマチルダが言ってた通り、ナイフが空間移動・時空移動のトリガーになってる可能性」
シャルル「2つ目は、ナイフはミスリードで、そもそも高度な呪文詠唱を用いて連れてきた可能性」
シャルル「この予想に穴があるとすれば、どっちもにわかには信じがたい上に現実的じゃないって所かな~」
フィリップ「今日は元気だね」
シャルル「今は動く時間だから」
アーノルド「え!?でもそんな呪文聞いた事ありませんけど」
アーノルド「フィレンツ先生、聞いたことあります?学派長とか、なんか居ないですかね?タイムトラベル趣味みたいな学派長」
フィレンツ「・・・・・・」
フィレンツ「・・・流石に聞かないさ、タイムトラベルが趣味なんて話す人は」
アーノルド「ですよね~」
フィレンツ「ただ、まぁ1つ言えることがあるとすれば 時間と時間を行き来した挙句人1人連れてくるつもりなら」
フィレンツ「相当な魔法の知識と技術が必要になる。それだけ実力がなければ難しい呪文ということだよ」
アーノルド「あぁ・・・いや、まぁ、そうですよね~・・・」
アベル「・・・どうだか」
フィレンツ「うん?今なんて?」
アベル「いえ・・・別に、何も」
フィレンツ「あぁ、そう? ならいいんだ」
その後もあれもこれもと、
予想や憶測、可能性はメンバーの間で様々挙がっていた。
しかし、そのどれもが決定打とするにはあまりにも弱く、根拠も無ければ証拠もない。
いつしか議論は平行線となり、今回の件については各自もう暫く調査をすること、というアベルの指示をもって締め括られた。
〇大聖堂
一方その頃同時刻。
法律科生徒会が頭を抱えているとは露知らず、クラウスという優秀な〝先生〟が出来たイノリは
熱心にクラウスの言葉を聞き、こちらもこちらで白熱した時間を過ごしていた。