第1章 EP.2(脚本)
〇大聖堂
────生徒会室にて、現在進行形で生徒会メンバーが話し合っているその最中のこと。
クラウスの後ろを歩いて辿り着いたその場所は、〝音楽室〟と呼ぶにはあまりにも仰々しい場所であった。
壁や柱には精巧な装飾が彫られており、どこか神秘的な雰囲気を感じさせるそそれに、
私の緊張は急な角度で天元突破している。
だが、オドオドと周囲を見渡す私とは裏腹に、当然ながらクラウスは馴れた態度で多少開けた場所まで歩を進めると
クラウス「何してるんです? 別に妙な仕掛けはありませんから、早くこちらに」
と、落ち着いた声色で私を呼んだ。
クラウス「一応確認ですが、元々いた場所で魔法について学習されたりは?」
イノリ「あ、いえ、本当に全く。 正直魔力云々があるのかどうかもわかってなくて・・・」
クラウス「そこは心配しなくて結構です。 魔力は力に差異はあっても、人間であれば誰しも持ち合わせているものですので」
クラウス「強力な呪文を詠唱したいということであれば話は変わってきますが、基礎の基礎程度の魔法であれば恐らく貴女でも扱えます」
イノリ「なるほど・・・」
クラウスはさも当然のような口振りでそう話すと、
豪奢なグランドピアノの譜面台から1枚の楽譜を手に取ると、
それを机の上に静かに置いた。
多少古ぼけてはいるが、楽譜自体は何の変哲もないものである。
何故突然クラウスがそれを手に取ったのかが分からず首を捻っていれば、
私のその様子に気付いたらしいクラウスが息を吐いたのがわかって、途端に申し訳なくなってしまった。
イノリ「ご、ごめんなさい」
クラウス「謝らなくて結構です。 本当に何も学んでいない事が分かりましたから、伝え方について少し考えただけです」
イノリ「・・・」
クラウス「・・・それから、必要以上に気負いする必要はありませんし、僕には敬語を使わなくても構いません」
クラウス「見えないかもしれませんが! 僕は貴女より年下ですから!」
「・・・」
イノリ((いや、それはちゃんとそう見えてるけども))
法律科の面々から弟のような接し方をされているクラウスだ。
この短時間で彼の人となりを全て理解したわけではなかったが
こうして密に接してみると、その性格の在り方がよく分かった。
言い方は回りくどいかもしれないが、早い話気を使ってもらっているのである。
確かに先程から、肩に力が入りすぎていた。
気持ちを落ち着けるように何度か深呼吸をすれば、身分不相応だとしか思えなかったこの場所にも不思議と慣れてくる。
私の勘違いである可能性も否定は出来ないが、ふと視線を向けた先のクラウスの口元は、ほんの少し緩められていた。
クラウス「では改めて説明します。 一応貴女も理解できるように説明することは心掛けますが、」
クラウス「理解出来なくなった時はその時々で伝えてください。 まぁ、出来る限りわかるように説明します」
クラウス「──早速ですが、机の上に置かれたこの楽譜1枚」
クラウス「風でも吹けば飛んでいきそうなただの楽譜ですが、これ1枚を持ち上げるのは筋力の発達していない幼子でも容易ですね」
クラウス「確認するまでもなく貴女にも出来ると思います。 ただ手に取って持ち上げるだけですからね」
クラウス「ですが、この楽譜が数十キログラムの鉄で出来ているのであれば、そう簡単な話では無くなるはずです」
クラウス「より重い物を持ち上げるためには、身体を鍛えるなり、負荷をかけるなりすることになるでしょう」
クラウス「魔法の在り方としてはそれと概ね同じです」
クラウス「簡易的な魔法は要求される詠唱も魔力も簡易的ですが 高度な魔法を使用するならより複雑で高度な詠唱を求められます」
クラウス「今からお見せするのは呪文の中でも最も初歩的なものです」
クラウスはそう一通り説明すると、おもむろに片手を机の上の楽譜にかざした。
クラウス「スカンデレ(昇れ)」
静かに紡がれたその言葉は、恐らく先ほどクラウス自身が言っていた”詠唱”なのだろう。
刹那、クラウスの手の甲に紋様のものが浮かびあがったかと思うと、それはじんわりと光を放ち、溶けるように消えていく。
そして、小説やゲームでしか見たことの無いようなその光景に呆気に取られている私を置き去りに
机の上に置かれていた楽譜はふわりと浮かび上がったかと思うと、そのままふよふよと宙を漂い続けていた。
イノリ「う、浮いてる・・・!」
クラウス「当たり前でしょう。浮かせたんですから」
イノリ「・・・」
クラウス「・・・? イノリさん?」
言葉を失った私を心配してくれているのか、少しだけ得意げだったクラウスは僅かにその表情に陰りを差してこちらを覗き込む。
しかしながら、こうして心配してくれているクラウスには申し訳ないとは思いつつ、湧き出した感情を制御することは出来なかった。
イノリ「す・・・」
クラウス「す?」
イノリ「すごい!! すごいよ、本当に浮いちゃった!」
唐突に大声をあげたせいか、私の様子を確認するために近づいていたクラウスは耳元を押さえ、驚愕に目を丸めている。
極端に驚かせてしまったことについては申し訳ないとは思いつつも、この興奮を静かに胸に留めておくことなんて出来なかった。
だって本当に使ったのだ。
今まで生きてきた中で、あんな不思議な光景はただの一度も見たことがない。
自分も何かをやってみようと力を込めて見ても、あんな風に紋様が浮かび上がりはしなかった・