太閤要介護・惨

山本律磨

其の八(脚本)

太閤要介護・惨

山本律磨

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〇草原
  内府徳川家康の下に伏見から火急の召喚があったのは鷹狩の最中だった。
  かの明智日向に謀反をそそのかした者が誰であったかは既に家康の知る所でもある。
  正気を失った今の太閤の前に覇王の亡霊が立てばどうなるか。
家康「常人には触れられぬ闇に手を出さねば天下を掴めなかったのなら、せいぜいその闇に飲み込まれるがいい」
  家康は、ほくそ笑んだ。

〇屋敷の大広間
  伏見千畳敷で五大老五奉行を前に、秀吉は虫の息であった。
  錯乱による唐入りの愚行。
  老いによる心身の退行。
  栄華の裏にある闇を知る家康にとって干からびた英傑の姿は
  浅はかにも主君を追い詰める仕儀となった青侍と共に、余りにも哀れに映った。
家康「皆者。この五大老筆頭家康が申し渡す」
家康「これよりの太閤殿下の御言葉、しかと肝に銘じ決して背くことあるべからず!」
  家康はそう高らかに告げて天下人の遺言を待つ。
  それはまさに勝利宣言だった。
  最早壊れているだろう秀吉はかすれた声で告げた。
太閤「いえやす・・・」
家康「はっ!」
太閤「たいろうのにんを・・・とく」
家康「・・・」
家康「・・・は?」
三成「・・・」
太閤「みつなり」
三成「はっ」
太閤「ぶぎょうのにんをとく・・・」
三成「・・・畏まりました」
  太閤の腹心石田治部少輔三成は粛々とその宣告を受ける。
  絶句する一同を代表し、前田大納言利家が太閤の友の顔で問いただした。
利家「ど、どうしたと言うのじゃ?秀吉・・・」
太閤「身体を起こしたい。手伝うてくれ利家」
利家「う、うむ・・・」
  太閤は毅然と一同を見据えた。
太閤「徳川家康」
太閤「石田三成」
太閤「こやつら二人は共謀し亡き右府様の亡霊を装い予の枕元に立ち、呪い殺そうとした」
家康「さ、左様な事は・・・」
太閤「三成が全て白状した」
家康「何だと・・・?」
三成「・・・」
家康「否!」
家康「三成めはいざ知らず、私はただ一心に太閤殿下のお心を安らかにせんと・・・」
三成「お聞き入れ下さらぬよ」
三成「どうやら内府様が調べ上げた通り、無残に呆けておられまする」
家康「じ、治部!呆けるとは何たる言いざまか! 世迷言を吐くでないぞ!」
太閤「家康殿・・・」
家康「殿下!私はただただ豊臣家安寧を願って」
太閤「我らは武士ぞ。小牧長久手の続きなら幾らでもお相手いたそうに、何故小賢しき策を弄する」
家康「・・・」
太閤「豊臣を引き裂く為に、儂如きを狂わせる為に偉大なる信長公の名を汚すとは・・・」
太閤「己が身の程を知るがよい!家康!」
家康「・・・」

〇屋敷の門
  それは正に龍の咆哮。
  本能寺にて己が殺めた覇王、その亡霊と共に生きる天下人秀吉が背負う業そのもの。

〇屋敷の大広間
  家康はひれ伏す他なかった。
太閤「両名我が命ある限り政に携わるを許さぬ。天下の采配は四大老四奉行で行うべし」
家康「・・・」
家康「・・・御意」
三成「畏まりまして御座います」
  龍の声に抗える者はこの国には誰もいなかった。

〇御殿の廊下
家康「・・・」
「内府殿」
  議定の後、廊下で家康を呼び止めたのは誰あろう三成だった。
家康「やってくれたな、治部」
三成「あれは紛れもなく天下人の御意思。逆らえるはずもござりませぬ」
家康「斯様な命、儂が素直に従うと思うてか」
  今の太閤の病状を誰よりも知る男は家康の煮え滾る眼差しを冷たくかわして言った。
三成「反故にすれば宜しい」
家康「なに?」
三成「どうせすぐに忘れまする」
家康「・・・貴様」
三成「大老奉行も了承済みです。此度の命はなかった事に致します」
三成「貴方様の計略も。私の道化芝居も」
家康「・・・」
三成「この治部の采配なくして政は立ち行かぬ。安心なされよ」
三成「これよりも共に大老奉行の筆頭として政に勤めましょうぞ」
三成「小賢しき策など用いず『身の程』を弁えて」
  と、三成を呼ぶしわがれた声が響いた。
三成「下がれと申された先からこれだ。では御免」
  大広間に踵を返す三成の背を睨みつけ溢れる殺意を隠すことなく家康は鵺の如く唸る。
家康「賢しき青下郎め。儂の先手を打つとは」
家康「猿が死ねば真っ先に叩き潰してくれようぞ」
  三成もまた狸の皮から覗き始めた物の怪の威嚇を背で感じ、遠からず来るべき決戦に腹を括った。
  続く

次のエピソード:其の九(エピローグ)

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