プロローグ①(脚本)
〇幻想空間
・・・──かわいい子
かわいい、かわいい、私の子
あなたを遠くへ向かわせてしまう母のことをどうか許してね。
どうか、幸せに生きてね。
笑顔に溢れた人生を送って頂戴ね。
それを見届けられないのは、少し寂しいけれど・・・
でもきっと、私も星になって、あなたの幸せを遠くから祈っているから・・・。
あぁ、世界で一番愛しているわ。
私の可愛いイノリ。
〇黒背景
「ま・・・待って」
「お願い・・・ 待って・・・・・・」
「行かないで!!」
〇部屋のベッド
イノリ「・・・・・・」
イノリ「・・・また、いつもの夢か」
幼い頃から、繰り返し見る夢がある。
聞き覚えは無いけれど、穏やかで優しい声色で、その人はいつも私の名前を呼んでくれた。
一体誰なのか、何故私の名前を知っているのか。
尋ねようとしたことは一度や二度では無かったが、尋ねる前に目を覚ましてしまうのが幼い頃からのお決まりだった。
それはまるで、「その質問には答えられない」と告げられているような心地がして。
イノリ「・・・って、もうこんな時間!?」
ベッドのすぐ傍に置かれた携帯端末の液晶には、電子的な数字が表示されている。
普段であれば朝の6時には体を起こして準備をしていたはずなのだが、どうやら今日はアラームを無視して眠りこけていたらしい。
「夢であってくれ」と何度か目を擦って確認してみるが、
何度も見たところで、
当然時間が巻き戻る様子は無かった。
イノリ「うそうそ、最悪・・・ 今日1限からだったよね・・・? うわあ、完全に寝坊しちゃってるし・・・」
イノリ「・・・・・・」
イノリ「・・・ま、でも ここまでちゃんと寝坊しちゃったら、 今さら焦ったって仕方ないか」
イノリ「どうせだったら美味しい朝ごはん作って ゆっくり向かっちゃえばいいよね」
イノリ「・・・・・・もう、一緒にご飯食べるような人もいないんだし」
〇アパートのダイニング
小説や漫画、映画といった創作物には、沢山の人物が登場する。
例えば、
幼少期の不幸で、天涯孤独の身であったり。
理不尽に家族に疎まれ、除け者とされていたり。
正直挙げたらきりがないが、
不幸な境遇のそのどれもに共通するのは
”平凡”という言葉には当てはまらないものであることだ。
私も私なりに、今まで様々な物語に触れてきてはいるけれど、
多分、恐らく。
私の境遇は、そんなフィクションに負けず劣らず特殊なものであったと思う。
私は、両親の顔を知らない。
自分がどこで生まれたのかも、何もかも。
私を育ててくれた養父母が教えてくれたのは、
私が温かい布に何重にも包まれた状態で二人の家の前に置き去りにされていたこと。
それから、その布にひと針ひと針丁寧に「イノリ」という名前らしき刺繍が施されていたこと。
養母「あなたを産んだお母様が、 どうして私たちにあなたを預けようと思ったのか・・・。 私たちはそれを知らないけれどね」
養母「わからないけれどきっと・・・何か事情があったのだと思うわ」
養母「でも、あなたの存在が私たちにとって負担になっただなんて思わないでね」
養父「そうだぞ。 イノリが娘になってくれたことが、ワシらにとってどれだけ幸福なことだったか」
養父「たとえ血が繋がっていなくとも、ワシらは家族だ」
養父母は、寒空の下で放置される私を保護した後、しかるべき施設に一度連れて行ってくれたらしい。
けれど、どれだけ調べても私の両親らしき人物は探し当てることが出来なかったという。
元々子供に恵まれなかった高齢の養父母は、「身寄りがないのであれば自分たちが」と私を引き取ってくれたそうだ。
とはいえ、そのどちらの出来事も私が赤子の頃の話である。
高校生になるタイミングで打ち明けられたその事実は、
私をここまで育て上げてくれた二人への愛情と信頼を帳消しにする理由にはならなかった。
〇アパートのダイニング
そして現在
私にその話をしてくれた半年後に養父は持病の悪化が原因でこの世を去り、
養母は現在も患っている病の治療の為
街の大きな病院での入院生活を送っている。
勿論、毎日のように病院に通ってはいるものの
一人きりになった家は、私にとっては少し寂しい場所になってしまった。
イノリ「今日は確か 着替えを持ってきてほしいって 言われてたよね」
イノリ「そんなに時間も無さそうだし 大学終わったらすぐ向かっちゃおう」
イノリ「早く元気になって この家に戻ってこれたらいいな・・・」
1人分の簡易的な食事を
特に時間をかけることなく食べ終えると
使い終えたばかりの皿を簡単に洗って片付け、
普段から使っているお気に入りのトートバッグにノートパソコンを詰め込んだ。
今日はそれに加えて、
養母の着替えも持っていかなければならない。
多少大荷物にはなるものの
養母の助けになれるのであれば
特に不満なんかは感じなかった。
〇黒背景
???「イノリ」
???「確かあの子の名前は、イノリ」
???「あの人が最期に残した たった一人の娘の名前は────・・・」
〇アパートのダイニング
イノリ「・・・?」
一瞬、思わずふらついた足元に力を入れて
すぐ近くのテーブルに手を付いた。
夢といい、こう頻繁に聞こえる幻聴といい
私も一度病院へかかった方が良いかもしれない。
流石に、今すぐどうこうできることではないかもしれないが。
イノリ「まぁでも、今気にしても仕方ないよね。 次の授業に遅れちゃまずいし、 急いで大学に向かわなきゃ」
〇玄関内
先ほど必要な荷物を詰めたトートバッグは、普段よりも幾分か重い。
それらを手に取ってから靴を履き、
ドアスコープから僅かに光の差し込む玄関の扉を開いた。
〇空
澄み渡る青空が目に沁みる。
気温は暑すぎず、寒すぎずと丁度良い。
何の根拠も無いけれど、
何だか今日はいい日になるような気がした。
〇黒背景
────・・・確かに、いい日になるような気がしたのだ。
痛い
痛い
痛くて熱い
〇血しぶき
一瞬何が起こったのかわからなかった。
胸部を中心に濡れる感覚を覚えて視線を向ければ、自分の胸に深々と突き刺さる短剣に気が付いて目を開く。
現代日本にはあまり似つかわしくない装飾の施された短剣には、私の胸部から流れ垂れた血が滴っている。
一瞬の混乱を経て、勢いよく襲ってきた激痛に崩れ落ちた。
周囲に人らしい人は居ない。
既に通勤・通学に該当するような時間は過ぎてしまっていた。
イノリ「嫌・・・誰か・・・。 ・・・ど・・・どうして・・・」
言葉を紡ごうと声を漏らせば、
途端に口内一杯に鉄の味が広がった。
そのままコポリと音を立てて吐き出した血の塊は、それを皮切りに絶え間なく唇の端から漏れ出している。
襲い掛かる痛みに屈して体を丸めた。
惨めな虫のように転がる私を、誰かが上から見下ろしている。
何故こんなことをしたのか。
何故私がこうして攻撃されなくてはならなかったのか。
浮かんだ問いは言葉には出来ず、かといって顔を上げることも出来ない。
次第に痛みが消え、その代わりのように体中の感覚が遠くなっていくのを自覚する。
思考はまとまらず、何か形にしようとするたびに紐が解けて崩れていった。
???「すまない」
???「君の幸福を横から奪うような真似をしたことを許してほしい」
不意に耳に届いた声に、聞き覚えは無い。
つい先ほど私の命を奪ったというのに、
その声はこちらが苦しくなるほどに震えていた。
???「それでも、今は────・・・」
〇黒
???「君の力が必要なんだ」
その言葉を最後に、私の意識は途切れた。
素敵なヒューマンドラマが始まったのかと思ったら、いきなりの血飛沫でホラーな展開が待ち受けていました😳
そういえば、タイトルが「魔道大学校」だったので、これから魔法ありなファンタジーが待っているのかなと、ワクワクしますね😊