第8話 昔と今(脚本)
〇魔界
魔王「ぐはっ! 何と言う強さだ! これが勇者の力か!」
魔王「血沸き肉躍るぞ! ふはははは!」
ユリウス「お前の悪逆非道も今日までだ! 覚悟しろ!」
アイゼン「よし! もう一息だ! このまま決めちまえ!」
レオーネ「よそ見してる場合じゃないわよ! 他の魔族がユリウスの邪魔しないように引き付けて!」
クラリス「アイゼン、後ろ」
モンスター「キシャ―ーー!!」
アイゼン「おっと!」
アイゼン「へっ! 当たるかよノロマ!」
レオーネ「もう! 言ってる傍から! 世話が焼けるわね!」
モンスター「ぎゃわ!」
アイゼン「悪ぃ! 助かった! 次はヘマしねえ!」
クラリス「そうじゃないとこっちの気が持たない」
アイゼン「心配すんな! お前と結婚するまで死なねえよ!」
クラリス「それ死亡フラグだから」
レオーネ「喋ってないで集中して! ユリウスは今も一人で魔王と戦ってるのよ!?」
クラリス「お兄ちゃんが死んだら独り身になっちゃうから心配なんだよね」
レオーネ「こ、こんなときに茶化さないで!」
アイゼン「俺らの大将なら心配要らねえさ!」
アイゼン「あいつなら必ず魔王を倒してくれる! 俺たちは目の前の雑魚に集中するぞ!」
レオーネ「だからさっきからそう言ってるでしょ!?」
クラリス「喋ってないで集中して、レオお姉ちゃん」
レオーネ「何で私が悪いみたいになってるのよ! まったくもう!」
ユリウス「相変わらず緊張感がないな、あいつらは」
ユリウス「いや、そんなあいつらと一緒だからこそ俺はここまで来ることができたんだ」
ユリウス「お前を倒して人類の平和を勝ち取ってみせる! そして平和な世界でみんなと生きていく!」
ユリウス「それが俺のたった一つの願いだ! 覚悟しろ! 魔王!」
魔王「くくくっ、お前は何もわかっていないようだな」
ユリウス「何だと!?」
魔王「世界が平和になったあとでお前たちの居場所が残っていると本気で思っているのか?」
ユリウス「何を言うつもりかは知らないが口車には乗らないぞ!」
魔王「まあ聞け、愚かな若き勇者よ」
魔王「お前たちが英雄と持て囃されるのは我々魔族との戦いがあるからだ」
魔王「しかしその戦いが無くなったらどうなる?」
魔王「天敵のいない世界で起きるのは醜い同族争いだ」
魔王「その中で強大な力を持った者、ましてや魔王を討った者など、邪魔者であり恐怖の対象でしかない」
魔王「お前と分かり合えるのは絶対的強者という同類だけだ!」
魔王「我の配下になれ! お前の仲間も歓迎する! 決して無下にはしないと約束しよう!」
魔王「強さこそこの世の真理だ! お前ほどの男が人間なんぞの手先に使われるのはあまりにも惜しい!」
ユリウス「世迷い言を! 強者を是とするその考えが弱者を踏み躙る残酷な世界を生み出したんだ!」
ユリウス「俺のこの力は弱者を守るためにある! 断じて強者におもねるためではない!」
魔王「そうか。どうやら説得は無意味のようだな」
魔王「我が認めし強き者よ。せめてもの情けに一つの救いを与えようではないか」
ユリウス「な、何だこの凄まじい魔力は!? まだ余力を残していたのか!」
魔王「予言しておこう。お前にこれから待ち受けているのは生き地獄だ」
魔王「冥府の底でお前が独り藻掻く様を眺めているぞ。我が宿敵よ」
ユリウス「な、何を! 止め──」
〇魔界
ユリウス「う、うぐっ、一体何が起きたんだ?」
ユリウス「魔物が全滅している。魔王の奴、何もかも巻き添えにして自爆したのか」
ユリウス「そうだ、みんなはどうなったんだ!?」
ユリウス「アイゼン! クラリス! レオーネ! どこにいるんだ!? 返事をしてくれ!」
ユリウス「ぐふっ、魔王の攻撃で傷が。聖剣が守ってくれなければ死んでいたかもしれないな」
ユリウス「そんなことよりみんなはどこに──」
ユリウス「あ、アイゼン? クラリス?」
ユリウス「そんなところで何をやって──」
レオーネ「ゆ、ユリウス」
ユリウス「レオーネ!」
ユリウス「な、何だこの酷い怪我は! クラリス! 回復魔法を頼む!」
レオーネ「ユリウス、もう、わかってるんでしょ?」
レオーネ「クラリスとアイゼンは、死んだのよ」
ユリウス「バカなことを言うな! アイゼン! いつまで寝たふりをしてるつもりだ!? クラリスを起こしてこっちへ──」
レオーネ「止めて、辛くなるだけよ」
ユリウス「そんなはずはない! さっきまで二人は──」
レオーネ「聞いて、ユリウス」
レオーネ「私ももう、助からないわ」
ユリウス「何を言ってるんだ!? 魔王は自爆して死んだんだ! 俺たちの戦いは終わったんだ!」
ユリウス「これからは平和な世界でみんなと生きていけるんだ!」
ユリウス「クラリスとアイゼンは結婚する約束をしていた!」
ユリウス「アイゼンが義理の弟になるのは気持ち悪いがあいつなら俺の大切な妹を、クラリスを幸せにしてくれる!」
ユリウス「俺だってそうだ! この戦いが終わったらお前に言おうとしてたことが──」
ユリウス「れ、レオーネ?」
ユリウス「おい、何の冗談だ?」
ユリウス「目を開けてくれ。俺はお前にずっと言いたかったことがあるんだ」
ユリウス「お前を愛してるって。平和な世界でお前を幸せにするって」
ユリウス「それを言うために俺は頑張ってきたんだ」
ユリウス「いつまで寝た振りをしてるんだ? 目を開けてくれ」
ユリウス「何だよ。何なんだよ、これは」
ユリウス「こんな結末のために俺は戦ってきたんじゃない」
ユリウス「俺は、俺はみんなと一緒に──」
ユリウス「うわああああああああああああ!!!!」
〇城壁
アレク「とまあ、あの時代にはよくあった話だ」
リンス「あ、アレク先輩」
アレク「それから俺は一人で故郷の国に帰った」
アレク「そしたらどうだ、魔王の言う通りになった」
アレク「俺の力を恐れた国王が魔王との戦いで弱った俺に軍を差し向けて来た」
リンス「そ、そんな! そんな話聞いたこと──」
アレク「歴史は為政者の都合の良いように改竄されるのが世の常だ」
アレク「別に殺されても良かったんだが、俺の中に宿る聖剣がそれを許してくれなくてな」
アレク「気付いたときにはこの国に逃げ込んでいた」
アレク「それで虫の息で行き倒れていたところをレティの親父さんに拾われたってわけだ」
アレク「レティとはそのときからの付き合いでな。廃人になっていた俺にしつこく纏わりついて来たのが懐かしいな」
リンス「な、何で」
アレク「事情を知ったレティの親父さんは俺に名前を変えるように提案してきた」
アレク「そしたら仲間たちのことが頭に浮かんだ」
アレク「別に名前なんてどうでもよかったが、それぞれの頭文字を取ってアレクと名乗ることにしたんだ」
アレク「柄にもなく感傷的で笑えるだろ?」
リンス「何でですか」
アレク「それからは知っての通りだ。俺が姿を現わさないことを良いことに、国王は勇者一行は魔王と相打ちになったと発表した」
アレク「今じゃすっかり伝説の英雄扱いだ」
アレク「今更のこのこ顔を出したところでどうにもならないからこうして慎ましく生きてるってわけだ」
アレク「蓋を開ければ伝説なんてこんなもんだ。つまらない話をして悪かったな」
リンス「何で」
アレク「どうした? 難しい顔をして。腹でも痛いのか?」
リンス「何でそんなに平然とした振りができるんですか!?」
アレク「おいおい、何でお前が泣くんだ?」
リンス「だって、アレク先輩、そんなことがあったのに何もなかったみたいな顔して言うから」
リンス「本当は辛くて苦しいはずなのに、何でそんな平然とした振りをするんですか!?」
アレク「一生分の涙はもうとっくの昔に流したからな。今更だ」
リンス「そんなの嘘です!」
リンス「仲間のことだけじゃなくて、仕事の相棒もみんな亡くして、辛くないわけないのに」
リンス「いつも軽口を叩いているのは自分の本心を誤魔化しているからでしょう?」
アレク「今の俺は死に方を求めて彷徨い歩くただの抜け殻だ」
アレク「いつも通り死に損なった。今日の出来事はそれだけの話だ」
アレク「元勇者のくせに死神なんて呼ばれてるせいで、本物の死神に生意気だって嫌われてるのかもな」
リンス「そんなこと言わないでください!」
リンス「私、何となくわかりました。何でスカーレット少佐が私と先輩を組ませたのか」
リンス「先輩はずっと過去のことを悔やんでる。自分がしたことは無駄だったって思ってる」
リンス「けどそうじゃない! 先輩と、先輩の仲間たちが命懸けで戦ってくれたから今の時代があるんです!」
リンス「私はその時代に生まれてきたんです! 先輩と先輩の仲間たちが守った未来に生まれてきたんです!」
リンス「全部無駄じゃなかった! 先輩のおかげで、私は、私たちは」
アレク「昔、レティにも似たようなことを言われたことがあったな」
リンス「あ、アレク先輩」
アレク「わかってるさ。俺たちがしたことは無駄じゃなかった。仲間たちは無駄死にしたわけじゃない」
アレク「平和な時代の礎になったんだって。それくらい俺にもわかってる」
リンス「ならどうして──」
アレク「だったらこの体たらくは何だ!?」
アレク「仲間たちだけじゃなくて多くの相棒まで死なせて、俺だけが無様に生き永らえてる!」
アレク「こんな人生望んじゃいなかった!」
アレク「こんなことになるなら俺もあのとき仲間たちと一緒に死にたかった!」
アレク「何が勇者だクソッタレ! 仲間の命と引き換えに世界を守ったから何だってんだ!?」
アレク「何であのとき俺だけが生き残った!? 何で死なせてくれなかった!?」
アレク「何で周りの人間ばかり死なせるんだ!?」
アレク「ああそうさ! お前の言う通りだ!」
アレク「軽口を叩いててめえを他人事のように俯瞰して本心を誤魔化してないと気が狂いそうになるんだ!」
アレク「女神のアバズレに聖剣なんて与えられたせいで死にたくても死ねない!」
アレク「魔王の言っていたことは正しかった! 救いの意味もよくわかった!」
アレク「もしあのとき全員で生き延びて、やっとの思いで帰ったところを襲われて、仲間を失っていたら」
アレク「俺は人間を恨んでいた! もしかしたら人間の敵になっていたかもな!」
アレク「どっちに転んでも生き地獄だ! こんなことになるくらいなら俺もあのときみんなと一緒に死にたかった!」
アレク「あとは死ぬだけの人生だ。俺にはもう、生きる意味を見出すことができない」
アレク「──これが俺の正体だ。小娘に図星を突かれて声を荒げるみっともない死にたがりのおっさんだ」
アレク「今回のヤマはこれで片付いた。明日にはお前を別の奴と組ませるようレティに言っておく」
アレク「お前は筋が良い。いつか立派な憲兵になる」
アレク「今日聞いたことは全部忘れて、お前は自分の人生を生きろ」
リンス「──やです」
アレク「この話は終わりだ。わかったらさっさと──」
リンス「嫌です!」
アレク「おいおい、人の話を聞いてなかったのか?」
リンス「聞いてました! 聞いた上で嫌だと言ったんです!」
リンス「アレク先輩には辛い過去があって、今もそのことで苦しんでる。それはよくわかりました」
アレク「だったら何で──」
リンス「でもそれはそれです! 私がアレク先輩とコンビを解消する理由にはなりません!」
リンス「さっき生きる意味はないって言ってましたけど、そんなことはないはずです」
リンス「きっとアレク先輩は必要とされている。だから今もこうして生きてるんじゃないですか?」
アレク「傍迷惑な話だ。生かしてくれなんて頼んでない」
アレク「それも女神が仕組んだことだと言うなら、俺は魔王以上に女神を恨む」
リンス「そんなこと言わないでください」
リンス「仲間の人たちが今の先輩を知ったらきっと悲しみます」
アレク「そんなこと言われなくてもわかってる」
アレク「わかった上で、俺は死に場所を探しているんだ」
リンス「死なせませんよ、絶対に」
リンス「そして私は死にません」
リンス「必ず生きて、先輩の生きる意味になります」
アレク「わからないな。どうして俺のためにそこまでしようとするんだ?」
リンス「先輩が私の憧れの人だからです」
アレク「初めは毛嫌いしてなかったか?」
リンス「勇者ユリウスの話です」
リンス「先輩は覚えてないでしょうけど、私の両親は戦場で先輩に救われたことがあるんです」
リンス「両親はずっと言ってました。勇者ユリウスは人類のために命懸けで戦った本物の英雄だって」
リンス「その手で多くの人を救って、人類の未来を守った偉大な人なんだって」
リンス「私は子供の頃から勇者ユリウスの伝説を聞かされて育ってきました」
リンス「でもだからって、勇者ユリウスに取って代われるような存在になれるとは思っていません」
リンス「自分の力が及ぶ範囲の人たちだけでも守りたい。そう思って憲兵になったんです」
リンス「その憧れの人が実は生きていて、過去を悔やんで苦しんでる」
リンス「放っておくことなんてできません。だから力になりたいんです」
アレク「好いた惚れたとかそういう話じゃなさそうで安心したぞ」
リンス「そんな生易しいものじゃありません」
リンス「──約束します。私はいつか立派な憲兵になって、多くの人を助けます」
リンス「そして次の世代に未来と希望を託していきます」
リンス「アレク先輩がしたことは決して無駄じゃなかった。意味があったことなんだって、語り継いでいきます」
リンス「私は先輩の相棒として、これからも多くを学んでいきます」
リンス「絶対に死なずに、肩を並べていきます」
アレク「口だけは一人前だな」
アレク「今日はもう遅い。帰って寝ろ」
リンス「アレク先輩!」
アレク「今後のことは明日レティに話を通しておく」
リンス「先輩が何を言っても無駄ですから! 私絶対に諦めませんからね!」
アレク「何で強情なところもあいつに似てるんだよ」
アレク「俺とお前の間に娘がいたらあんな風に育ってたのかもな──レオーネ」
感動しました、これはなかなかグッときますね☺️
魔王の自爆は予想外でしたが😀
物語舞台の過去にして、底流に存在するエピソードが明らかにされましたね!感動も悲しみも、怒りも虚脱も詰まった今話、本当に素敵です!