異界交流 ~転生したら死体だった件~(脚本)
〇霧の立ち込める森
白(この娘、我を幼女と呼んだのか?)
白(いや、まさか、そんな)
白金は、寝起きのような重苦しさがある体をぎこちなく動かして、恐る恐る自分の体をぺたぺたと触れ、それを確認する
白「・・・ない、ない、ない! 上もない、下もない!」
白(鍛えた胸筋がない。これはまあ、また鍛えればよいが)
白(下はどんなに鍛えようと生えてこない。こんなことになるなら、一度くらいは用を足す以外に使ってやりたかった)
白(すまぬ・・・)
玲緒「お、お嬢ちゃん、こんなところでどうしたの? 何か落とし物したのかな?」
白「あー、えっとだな」
白(落ち込んでいる暇はない。まずは落ち着いて、状況を整理せねば)
白(まず、魔王との一戦だ。確かに我らは悲願の魔王討伐を果たした。ここまでは良い)
白(しかし、仮面の男が魔王の力を奪ったために、戦況は巻き戻されてしまった。彼奴の正体はおおよそ掴めているが、目的は不明だ)
白(彼奴との一戦で、我らは強制的に異界へ転生させられた。つまり、ここは異界で間違いないだろう)
白(確かに木々に草花は見覚えのないものばかりだし、娘の着ている服も、我らの世界と異なるな)
白(つまり、我は異界転生して、じじいから幼女になったというわけか)
白「いや、何ゆえ、幼女なのだ!?」
白(転生とは、その肉体が最も充実した時期に戻るのではないのか? 少なくとも、魔族どもは倒したら若返ってて、羨ましかったぞ)
白(それが何で、幼い娘になっておる?! 手足も短く、筋肉もない。じじいより、弱くなってるぞ)
玲緒「え、えっと、さっきから何か黙ってるけど、お姉ちゃんは怖い人じゃないよ? この学校の生徒だよ? 悪い人を倒す人だよ?」
白「あ、あぁ、すまぬ。少し、考え事をしておってな」
玲緒(幼女なのに、お年寄りみたいな口調、可愛い)
白(異界の娘か。我はこの姿ゆえ、敵意を見せておらぬが)
白(娘の所作の一つ一つから体重のかけ方に至るまで、力の入れ方に無駄がない。相当に鍛錬を積んだ剣士がみせるものだ)
白(なにより、左手に引きずるアレ)
白(こやつ、蛮族か何かか?)
白(まずいな。今、蛮族に襲われても、まともに戦うことは出来ぬぞ)
玲緒(絹みたいに綺麗な白い髪に、透き通るような白い肌。小っちゃい体に似合わない理知的な言動。そしてアメジストみたいな瞳)
玲緒(やっぱり可愛い・・・)
玲緒「お嬢ちゃん、ここは危ないよ。お姉ちゃんと一緒に山を下りようね。ハァ、ハァ・・・」
白(娘に敵意はない。ないのだが・・・)
白(何故だ? この娘を前にすると、体の震えが止まらん!)
白(戦いの中で死を覚悟しても、怯えなどしなかった我が、まさか娘一人に恐怖しているというのか)
白(否! 違う、これはもっと異質な──)
白「そうか、これが噂に聞く、貞操の危機というものか」
玲緒「いや、急に何を言ってるんですか?!」
白「じじいの時は、生涯、無縁だったくせに、幼女になったら即座にこれか。なんという皮肉か」
玲緒「いや、ちょっと! 玲緒はそういうことはしませんから! 玲緒も女の子ですから!」
白「まさか、長年、追い続けた女体の神秘を、自分の体で知ることになろうとはな。ふっ・・・」
玲緒「むしろノリノリじゃありませんか?」
白「今、どこにいるかは知らぬが・・・後は頼んだぞ、勇者よ」
玲緒「いや、だからですね・・・って、勇者って誰?」
骨「呼んだか?」
玲緒「お、お化けー!」
白「その声・・・ お主、まさか、勇者なのか?」
骨「おう! うんこ・・・ じゃなくて、ウコンの勇者様だぜ」
骨「って、お前ら、誰?」
白「師匠の剣気を忘れたか?」
骨「まさか、師匠か。随分と若返ったな。これが転生なのか?」
骨「と、なると、まさか俺も若返ったのか? 道理でさっきから妙に体が軽いと思ったぜ」
白「いや、主は若返ったというか」
玲緒「骨ー! 悪霊ー! 幼女は私が守るー!」
骨「骨?」
白「骨だな」
勇者は、やけに軽くなった体を動かして、恐る恐る自分の体をぺたぺたと触れ、それを確認する
骨「ない、ない、ない! 上も下も何もなくなってるじゃねぇか!」
白「それは既に我がやった。というか、主はあるべきものすらなくなっておるがな。どうやって動いておるのだ、貴様」
骨「俺が知りたいんだが」
白「いや、待て。そうだ、異界の英雄と戦った者の中に、動く骨がおったな」
白「何かの比喩かと思ったが、まさか実在するのか」
骨「もうちょいマシなものに転生させろよ、ちくしょう」
玲緒「離れて、お嬢ちゃん! この骨、なんか怒ってます」
骨「つーか、てめぇはなんなんだよ? さっきから師匠にべたべた近づきやがって」
玲緒「玲緒はお化けの言葉は分かりませんが、なんか言いたいことは伝わってきます」
玲緒「この骨、お嬢ちゃんを狙ってる!」
白「いやむしろ、主が我の貞操を狙ってるのでは?」
骨(早ぇ! 森の中だってのに、なんつー速さだ。だけどな──)
骨「斬撃が軽いんだよ!」
骨「消えた?」
玲緒「あっぶなー」
玲緒(肉がないのに、なんてパワー。まるで重機じゃないですか)
骨「そんなとこまで逃げてたか」
骨(こいつ、さっきと剣気が変わった?)
玲緒「お嬢ちゃんが、あなたの馬鹿力の巻き添えを食わないよう離れただけですよ」
玲緒(思わずオーバードライブを使ってしまったけど、流石に連続使用は負荷が大きいですね)
骨(こいつ、動きが速い上に、恐ろしいまでの反射神経してやがる。野生の獣かよ)
玲緒(あの骨、力任せの大振りに見えるけど、そうじゃない。全身の力をロスなく伝え、最大限の威力を出すためだけに磨いたものだ)
骨(威力特化型の俺にとって──)
玲緒(速度特化型の玲緒にとって──)
(相性悪いなぁ・・・)
玲緒(とはいえ、早めになんとかしないと。2連戦のオーバードライブに、足場の悪い中をヒットアンドアウェイでの戦闘で体力が限界近い)
「力が欲しいか?」
玲緒「誰?」
「奴を倒したくば、我を使え。汝の敵を悉く、蹂躙してみせようぞ」
玲緒「骨の次は血まみれの武器が喋った・・・。ここはいつからダークメルヘンの舞台になったんですかね」
「迷うことはあるまい。我が力の一端、既に目にしているだろう」
玲緒「あの黒い塊ですか。確かに玲緒のスピードにあの破壊力が合わされば、鬼に金棒でしょうね」
「なら、我を振るえ! 欲望のまま、骨を打ち倒し、幼女の貞操を奪え!」
玲緒「だから、玲緒はそういう趣味はないと言ってるでしょうが!」
骨「さっきから何ブツブツいってるんだ?」
玲緒「関係ない話です!」
玲緒「あと」
玲緒「良く考えたら、こうしとけば、持ち歩く必要ないじゃないですか」
骨「いいのか? 武器を一つ捨てて」
玲緒「いくら強かろうと、理解してない力を安易に使う気はありませんから」
骨「なら、次は本気でこい。叩き潰してやるぜ!」
玲緒「言われずとも!」
白「あれは魔族の魔法?!」
玲緒「壊した武器が勝手に襲ってきた? 呪われた武器の逆襲ですか?!」
骨「おい、てめぇ、一人で逃げんな!」
玲緒「あなた、今のでやられなかったんですか?」
骨「全部、打ち返してやったよ」
玲緒「打ち返せるものなんですか、あれ?」
白「引いてる場合でないぞ。あれを見よ」
玲緒「黒い塊が怪獣になった?!」
骨「こっちの世界にも魔獣がいる・・・って、わけでもなさそうだな」
白「貞操の危機の次は命の危機か。全く、次から次へと忙しない」
玲緒「あの武器を完全に壊さないと、いつまでもあの怪獣が出てきますよ」
骨「お前のスピードでなんとかならないか?」
玲緒「あの数が相手に、今の体力では分が悪いですね」
骨「数を減らせばいいんだな?」
骨「なら、俺が渾身の一撃をぶち込んで道を作る。チャンスを見逃すなよ!」
白「頼むぞ、勇者よ」
骨「いくぜ、相棒。唸れ、聖剣!」
勇者が聖剣を天高く掲げると、刀身は激しい光を放ち、そして──
骨「ぎゃー?!」
聖なる雷が勇者に落ちた
玲緒「何がしたかったんですか、あなた」
骨「あれ? なんで? 聖剣が使えなくなってる?」
白「そうか、主は今、死者も同然、闇の存在なのだ。故に聖剣の光の力に焼かれたのだろう」
骨「え? マジで? 聖剣使えないの?」
骨「なんか、急に数が増えてね?」
玲緒「あ・・・」
玲緒「さっき、別の場所で不良があの黒い塊を連発してました。多分、それが」
骨「くそ、お前と戦って体力を消耗してなければ、こんな雑魚ども」
玲緒「オーバードライブ+第三抜剣を使って、幼女ちゃんだけでも・・・」
玲緒「ダメだ。山を下りたら、残ってる風紀委員の子が巻き添えを食う。ここでなんとかしないと」
白「娘よ、主の剣技、よく見せてもらったぞ」
白「どうやら、主は、我の貞操を狙う輩ではなさそうだ」
玲緒「だから、最初からそう言ってますが?」
白「なので、この後のこと。我とそこの骨のことを頼めるか」
玲緒「えっと、よくわかりませんが、お嬢ちゃんの保護と、骨の埋葬すれば良いですか?」
骨「埋葬すんな! 師匠と一緒につれてけってことだよ」
玲緒「・・・」
玲緒「詳しい事情は分かりませんが、約束しますよ。玲緒は風紀を守る立場なので、約束は破りません」
白「礼を言う」
白「なれば後は任せよ」
白「我が名は白金の剣聖──」
白「我が身、幼子になろうとも」
白「我が剣技に一切の曇りなし」
白金は、自分の身長の何倍もの長さの刀に手をかけ──
常人には目で捉えることすら出来ぬ斬撃を放つ
玲緒「なっ!」
玲緒(速い! 初太刀を抜くまでしか見えなかった)
玲緒(速さだけじゃない、間合いなんか関係なく、どんなに離れていようと、正確に怪獣と武器のみを斬ってる)
玲緒(剣を振る音は一つに重なり、斬撃は刃に反射した光が残像となって、花弁が舞い散るように見えるだけ)
玲緒「こんな綺麗な斬撃、見たことない」
白「なんとか、剣を振るえる程度には体が馴染んで良かった」
白「しかし・・・」
玲緒「幼女ちゃん?」
白「一発で体力の全て持ってかれたぞ」
そう言って、白金はふらふらと玲緒の胸元へ倒れこんでしまう
玲緒「ど、どうしたの?」
白「眠い・・・」
玲緒「へ?」
玲緒「寝ちゃった」
〇空
「えぇー?!」