百合の葉に隠れないで

美野哲郎

第八話『エンディングは役者次第』(脚本)

百合の葉に隠れないで

美野哲郎

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〇学校の部室
月居ゆず葉(うわー・・・)
月居ゆず葉(うぬぼれてるなぁ・・・)
浅倉玲司「浅倉はホラ、よく言えば天才型で」
浅倉玲司「器用な人間ではないんだ」
浅倉玲司「インスピレーションは一度に一つきり」
浅倉玲司「それを昇華していかないと、次に進めなくなってしまう」
月居ゆず葉(それ、天才型っていうのかしら)
浅倉玲司「そして今、浅倉のインスピレーションはずっと」
浅倉玲司「月居くんとレインくん 二人の存在で占められている」
月居ゆず葉「はぁ・・・えっと、光栄、です?」
レイン「光栄ですっ! それで、監督」
レイン「あの・・・」
レイン「メグミとレイコは、最後、結ばれる・・・んですよね?」
浅倉玲司「それは・・・」
レイン(ドキドキ・・・)
浅倉玲司「流れ、だよ」
レイン「・・・・・・」
レイン「はい?」
浅倉玲司「ふたりの感情 その流れをカメラに収めたいんだ」
浅倉玲司「順録りといって、時系列通りに撮影を進める」
浅倉玲司「メグミとレイコが何を望むのか それは撮影の中でおのずとわかってくるだろう」
浅倉玲司「これは『浅倉玲司の映画』ではない」
浅倉玲司「『メグミとレイコの物語』なんだ!」
月居ゆず葉(あらら・・・ダメ映画の気配)
レイン「それって、つまり」
レイン「ハッピーエンドは私たち次第、ってことですね?」
レイン「わかりました がんばりますっ!!」
新山ルミ「それじゃ、簡単に内容をおさらいするわね」

〇名門の学校
  最初はレイコの置かれている状況から
  ゆずちゃん演じるレイコは、妻子ある教授との不倫がバレて、
  周囲から孤立し、心が病んでいる大学生
  ほとんど台詞なし ここまでは撮影部でがんばるから、あまり気張らなくていいよ
月居ゆず葉「うーん・・・」

〇学校の部室
新山ルミ「まずここまでで質問は?」
レイン「メグミの番はまだなので、特にないでーす」
レイン「というか、カットしてもよくないですか?」
レイン「はやくレイコさんと合わせてくださーい」
月居ゆず葉「ひとつ聞いてもいい?」
新山ルミ「うん わからないことなんでも聞いて」
月居ゆず葉「レイコはこの時点では、男性が好きなんだよね」
月居ゆず葉「じゃあ、バイセクシャルって思えばいいの?」
新山ルミ「どうなんです? 監督」
浅倉玲司「う~ん・・・」
浅倉玲司「バイっていうか」
浅倉玲司「傷心のショックから、彼女の心はいわばフラットな状態にリセットしてしまう」
浅倉玲司「その渇いた心へと、朝露のようにひたひた浸透してくるのがメグミなんだ」
浅倉玲司「バイだとかクィアとか、カテゴライズには当てはめらない関係なんだよね」
浅倉玲司「わかるかな?」

〇テーブル席
月居ゆず葉「『わかるかな?』 だって」
月居ゆず葉「今までカテゴライズされてこなかった人を「クィア」っていうの」
月居ゆず葉「題材について最低限の勉強もしてないじゃない」
新山ルミ「ごめんね 無神経だったね、監督」
月居ゆず葉「無神経というか、無知というか」
レイン「私は全っ然気にしてませんよ」
レイン「監督が欲するコマになる そういう役者でありたいのです」
月居ゆず葉「女優気取るの早すぎない?」
レイン「新しい経験に飢えておりますので」
月居ゆず葉「あぶなっかしいなあ」
レイン「私をフッた人に心配される筋合いないですー」
新山ルミ「まあまあ それで──」
新山ルミ「ゆずちゃんは、レイコの性自認が知りたい そうなんだね?」
月居ゆず葉「あの監督には難しい注文かなって思うけどね」
レイン「知ってます-? 『当事者監修』」
レイン「今、ドラマや映画でLGBTQを扱うときに大事なポジションになってるんです」
新山ルミ「当事者が監修するって事だよね」
月居ゆず葉「ふーん そうなの?」
レイン「だから、それをすればいいんですよ」
レイン「そんなに気になってるなら、ゆず葉さんが自ら!」
月居ゆず葉「ふぁ!?・・・・・・」
月居ゆず葉「・・・・・・いやよ、私は」
月居ゆず葉「カミングアウトなんか」
レイン「・・・・・・怖がり」
月居ゆず葉「・・・・・・私が」
月居ゆず葉「私が、ちゃんと演じればいいだけよ 『レイコ』の気持ちを」
新山ルミ(・・・・・・)
新山ルミ(さっきから全部、私が聞いていい会話なのかなー?)

〇霧の立ち込める森
  助監督撮影日誌 byルミ
  撮影は進み、プロローグは終わった
  監督の財力で生み出したスモークが、朝霧に包まれた公園を作り出す
  その幻想的な公園で、レイコはメグミと出会った
メグミ「『お姉さん、泣いているの?』」
レイコ「『え 誰? ・・・放っておいて』」
メグミ「『そうは言われても』」
レイン「『ここは、私の庭ですので』」
レイコ「『え? ウソだ』」
月居ゆず葉「『そ そんな訳ないじゃない』」
レイン「『うわあ 失礼なひとだなー』」
月居ゆず葉「『ど・・・どっちが』」
  それでも 他に居場所はなかった
  週に一度、朝の公園でメグミと過ごす
  その時間が、絶望の淵にいたレイコの心を
  少しずつとかしていく
レイン「『怖かったんだね レイコさんは  本当の自分を知られることが』」
月居ゆず葉「『わからない・・・そうだったのかな』」
レイン「『いいんだよ 私の前では  本当の 飾らないあなたでいて』」
月居ゆず葉「『そんなの、まるで都合が良すぎて──」
月居ゆず葉「──メグミちゃん。あなたは、私にしか見えない、幻なの?』」
レイン「『うん・・・うん そう』」
レイン「『幻、みたいなものかな  だから、ね? いいんだよ』」
  不思議なことに
  レインが演じることで、
  メグミはどんどん 
  非現時的な存在へと解釈されていった
レイン「『いいんだよレイコさん 私に甘えて』」
  あのレインが こんなに儚く見える
  映画の魔法かな それとも──
月居ゆず葉「『だって 本当の私を見せたら』」
月居ゆず葉「『否定されてしまうかも知れない』」
月居ゆず葉「『私の人生が 丸ごと否定されてしまうかも知れない』」
月居ゆず葉「『本当の私を認めてくれる人は 決してこの国では多数派じゃないの』」
新山ルミ「わ アドリブだ」
月居ゆず葉「『そうした人間が 「本当の自分」をさらけだすことがどんなに怖いか』」
月居ゆず葉「『あなたにわかる訳・・・・・・』」
レイン「『・・・・・・』」
月居ゆず葉「『あ・・・・・・ご、ごめん』」
レイン「『私はあなたよ レイコ』」
月居ゆず葉「『・・・え?』」
レイン「『私は 本当のあなたをすべて   「私のこと」として受け止める』」
月居ゆず葉「『・・・・・・』」
レイン「『伝えよう この世界に──  あなたが今、何を抱えているのか』」
レイン「『ちゃんと言葉にして』」
浅倉玲司「えー・・・っと ちょっとカット」
新山ルミ「しっ! 黙っててください」
月居ゆず葉「『私は・・・・・・』」
月居ゆず葉「『私は、女のひとが、好き』」
レイン「『・・・・・・』」
レイン「『はい よく言えました』」
新山ルミ「・・・・・・」
  レイコがメグミにもたれ、やがて静かな嗚咽が朝の公園にかすかに響く
月居ゆず葉「『うう・・・う・・・・・・』」
月居ゆず葉「うわあ~~~~~ん」
レイン「よしよし」
  『カット!』
  監督の声が聞こえても
  スタッフの誰も止めることはなく
  そこにはただ、レインの胸で泣き続けるゆずちゃんがいた

〇店の入口

〇シックなカフェ
新山ルミ「お疲れ~ 今日も撮影ご苦労様」
新山ルミ「大変だったよね、ごめんね さあ、好きなもの食べて食べて」
レイン「おいひ~ しあわせ~」
レイン「今日みたいな撮影なら、一年中でも大歓迎です」
月居ゆず葉「言っておくけど 役だからね」
月居ゆず葉「レイコさんの過去を想像したら、自然とああいう言葉が出て来ただけ」
レイン「ゆず葉さん、ああやって甘えてくるんだなぁ」
月居ゆず葉「だから 私じゃなくレイコだから」
レイン「ふふふ はいはい」
月居ゆず葉(・・・・・・だけど)
レイン「・・・・・・だけど」
「・・・・・・なんだろう、この違和感」

〇街中の道路
新山ルミ「私 今度は何も間違ってない・・・よね?」
新山ルミ「・・・あ 監督」

〇学校の部室
新山ルミ「えー 撮影の続き、物語の最後まで描いた台本が完成しました」
「おー!!」
浅倉玲司「ありがとう 二人の芝居が導き出してくれた答えだ」
レイン「もちろん ハッピーエンドですよね?」
浅倉玲司「うーん とは言え女同士だから」
レイン「は?」
月居ゆず葉「・・・・・・」
月居ゆず葉(大丈夫 初めから期待し過ぎてなんかいない)
浅倉玲司「レイコとメグミの関係は、朝の公園だけ 二人きりの密やかな思い出で終わる」
レイン「そんな・・・」
レイン「それで終わっちゃうんですかー? せっかく映画なのに」
浅倉玲司「いや レイコはメグミの存在を夢だと思い込もうとするんだが」
浅倉玲司「数年後 街角でばったり彼女と再会するんだ」
レイン「そして結ばれるんですね?」
浅倉玲司「ところが」
浅倉玲司「ふたりとも、男連れなんだ あの頃のふたりには、もう帰れない」
レイン「・・・えー そんな」
月居ゆず葉「バッドエンドなんですね この映画は」
浅倉玲司「バッドエンド?」
浅倉玲司「なるほど 月居くんはそう捉えるんだね」
月居ゆず葉(・・・・・・イラッ)
月居ゆず葉「いや だってバッドエンドじゃないですか」
月居ゆず葉「演じる私としては やっぱりレイコはメグミに惹かれているので」
浅倉玲司「うーん でもね、これはカテゴライズできない物語なんだ」
浅倉玲司「バイとか、LGBTQ・・・だっけ? そういう単語は出したくないし」
浅倉玲司「そういう概念で片付けたくもない」
浅倉玲司「タイトルにもあるだろう? 『百合』」
浅倉玲司「そう これは至高の『百合』なんだ」
月居ゆず葉「・・・・・・」
新山ルミ(ああ・・・なんていう無神経)
浅倉玲司「何度だって言うよ これは性別もカテゴライズも越えた」
浅倉玲司「『レイコとメグミの物語』なんだよ」
浅倉玲司「その言語化できない関係性を捉えたい いや もうすでに捉えている」
浅倉玲司「そんな二人のキャラに息吹を与えてくれたのは」
浅倉玲司「他ならぬふたり 月居くんとレインくんだよ」
レイン「そう・・・なんですね」
月居ゆず葉「イヤです」
浅倉玲司「・・・うん?」
月居ゆず葉「レイコさんのことは、演じている私が一番よくわかっています」
月居ゆず葉「レイコは── メグミに泣きついて本当の自分を打ち明けたレイコはもう」
月居ゆず葉「無理して男性と付き合うことはないんです」
月居ゆず葉「スタッフの皆さんも聞いてくれていますか?」
月居ゆず葉「今在るラストじゃ、結局レイコは過去の自分に戻っただけ」
月居ゆず葉「私だって映画サークルの端くれ  それじゃダメだってわかります」
月居ゆず葉「映画の入り口と出口が同じじゃないですか」
月居ゆず葉「そんなのバッドエンド以外の何者でもありません!」
浅倉玲司「え・・・・・・どうして」
浅倉玲司「どうして、そこまで強く言い切れるんだ」
月居ゆず葉「・・・・・・」
月居ゆず葉「私だって、そうだから」
レイン「へっ? ゆず葉さん?」
新山ルミ(・・・・・・あ)
月居ゆず葉「皆さんには黙っていましたが」
月居ゆず葉「──いえ黙っていたことを謝る気はありませんが──」
月居ゆず葉「ハッキリ伝えます」
月居ゆず葉「私は当事者です」
サークル部員「当事者っていうと、その?」
レイン「ゆず葉さん・・・!!」
月居ゆず葉「同性である女の人しか好きになれないし、ならない」
月居ゆず葉「私は、レズビアンです」

次のエピソード:第九話『ゆず葉とレインの物語』

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