怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

エピソード7(脚本)

怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

今すぐ読む

怪異探偵薬師寺くん
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇学校の廊下
  ここは鏡の中で、つまり、現実ではありえないことも起こる世界だ。
  ・・・あの子は、明らかに怪しい。
茶村和成「・・・・・・」
  俺が思考を巡らせているあいだにも、依然として男の子は泣き続けている。
  見た感じ、小学3、4年くらいか?
  シャツの袖をぐしゃぐしゃにしながら泣きじゃくって、こちらに気づく気配はない。
  やはり怪しい。
  ・・・怪しい、けど。
茶村和成「・・・大丈夫か?」
  もしかしたら、俺と同じようにこの世界に迷い込んだのかもしれない。
  そもそも、さすがに泣き喚く子供を放置はできなかった。
  驚かさないようにゆっくりと近づき、少し距離をあけてしゃがみこむ。
  俺に気づいた少年の大きな瞳が、こちらを向いた。
  少年の目は真っ赤に充血していて痛々しい。
ナオ「・・・お兄ちゃん、だれ?」
茶村和成「俺は茶村。お前は?」
ナオ「・・・ナオ」
茶村和成「ナオ、な。 なんでこんなところに?」
ナオ「・・・わかんない」
茶村和成「分からない?」
茶村和成「いつからここにいるんだ? なにかあったのか?」
  じわ、とナオの目に再び涙が溜まる。
茶村和成「泣くな泣くな! 大丈夫だから」
ナオ「おれ、わかんなくて・・・。 気づいたらここにいて、誰もいなくて・・・」
茶村和成「・・・・・・」
  ・・・俺みたいに、鏡の中に引き込まれたわけじゃないのか?
  鏡の他にも、この世界につながるルートがあるのか?
茶村和成(とりあえず、考えても埒(らち)が明かないか・・・)
  鼻をすするナオの頭を包むように手を置く。
茶村和成「ナオはここから出たいんだよな?」
ナオ「うん・・・」
茶村和成「なら、俺と一緒に行こう。 俺も元の場所に帰りたいんだ」
ナオ「・・・・・・」
  ナオはしばらく上目遣いで俺の顔をじっと見つめたあと、こくんと頷いた。

〇学校の廊下
  ナオの手を引いて階段を下りながら、俺は薬師寺の話を思い出していた。
  「入学者数と卒業者数が合わない」、あの話が本当なら、引き込まれた生徒がこの世界のどこかにいるはずだ。
  そう考えて適当に校舎内を探索しているが、今のところ、まったく人の気配がしない。
  気味が悪いほどの無音の空間。
  俺たちの足音だけが響いている。
ナオ「誰もいないね」
茶村和成「ああ・・・」
  テケテケのときとは違い、1階に行くことはできた。
  そのまま、階段のすぐそばにある扉のドアノブをガチャガチャと回す。
  鍵は開いているのにもかかわらず、扉は閉ざされたままだった。
茶村和成(外に出ることはできない・・・と)
茶村和成「・・・ん?」
  俺の手を握る力が強くなったことに気づき、ナオの方を見る。
  不安を孕(はら)んだ瞳と目が合った。
  ドアノブから手を離し、ナオの黒髪をくしゃりと乱す。
ナオ「へ・・・」
茶村和成「大丈夫、絶対に出られるから」
ナオ「・・・うん」
  ナオを安心させるために口にした言葉だが、自分の頭にもすっと入ってきた。
  もう一度、心の中で呟(つぶや)く。
  ・・・絶対、出れる。
茶村和成(念のため、昇降口も確認しておこう)

〇学校の下駄箱
  昇降口のガラス張りの扉を開けようと試みるも、やはり、びくともしなかった。
茶村和成(移動できるのは、校舎内だけか・・・)
  ドアを開けることを諦め、昇降口を見回す。
  下駄箱にはきちんと上靴が並んでいた。この世界じゃ使う人もいないだろうに。
  本当に、なんら元の世界と変わらない。違うのは左右が反転していることだけだ。
ナオ「ねえ、茶村お兄ちゃん」
茶村和成「ん?」
  考えを巡らせていると、ナオが小さな声で離しかけてきた。
  どこかそわそわとして、落ち着かない様子である。
ナオ「おれ、トイレ行きたい・・・」
茶村和成「あー・・・」
  ・・・果たして水道は通っているだろうか。
  まあ我慢しろというのは酷な話だ。とりあえず行ってみるか。
  この近くのトイレといえば・・・
ナオ「ヒッ」
茶村和成「どうした?」
  突然声を上げたナオに首を捻(ひね)る。
  ナオは口をパクパクさせながら、おずおずと指をある方向に向けた。
  震える指がさす先を目で追う。
茶村和成「・・・白骨?」
  昇降口の端、掃除用のロッカーボックスと壁の隙間。
  体育座りのまま壁にもたれかかる、ひとつの白骨遺体がそこにあった。
  おそるおそる近づき、様子を確認する。
  本物・・・だよな・・・。
  だらんと力の抜けた手、律儀に折りたたまれた足。
  骨しか残っていないため、顔を見ても表情はもちろん性別すらも読み取れない。
  だが服装からして、どうやら萬屋(よろずや)高校の女子生徒のようだ。
茶村和成「ん・・・?」
  スカートのポケットからなにかが出ている。確認しようと手を伸ばした。
ナオ「さ、茶村お兄ちゃん・・・」
茶村和成「大丈夫」
茶村和成「・・・、生徒手帳か」
  緑色のカバーがかかった小冊子を手に取り、パラパラとめくる。ところどころにメモがあった。
  ここに来てから、どれくらい経ったのか分からない。
  誰もいないし、学校からも出れない。どうしたらいいの?
  怖い。家に帰りたい。
  ママとパパに会いたい。
  だれか、助けて。
  もう、動き回る元気もない。
  お願いだからここから出して。
茶村和成「・・・・・・」
  そして最後のページには、「死にたくない」という文字が、殴りつけるようにして記されていた。
  一通り読み終わって、手帳を閉じる。
  裏表紙の生徒証明書には、大人しそうな女生徒の写真が貼られていた。
  名前は、“斉藤 絵里”(さいとうえり)。

このエピソードを読むには
会員登録/ログインが必要です!
会員登録する(無料)

すでに登録済みの方はログイン

次のエピソード:エピソード8

成分キーワード

ページTOPへ