怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

エピソード8(脚本)

怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

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〇鏡のある廊下
  目を見開くナオに、“異世界鏡”から伸びた無数の腕が迫っていた。
茶村和成「——っ!」
  考えるよりも先に、身体(からだ)の方が動いた。
  力任せに、ナオを突き飛ばす。
ナオ「!!」
  あまりの突然の出来事に、ナオは完全にフリーズしているようだ。
  鏡から伸びる腕は、俺の妨害など知ったことかとナオを目指す。
  それを全身で押さえつけ、ナオへ叫ぶ。
茶村和成「ッ・・・、逃げろ!!」
ナオ「え・・・」
茶村和成「早く!!」
ナオ「でも・・・」
  そう言うナオの声は震えていた。
  「俺のことはいいから」と叫ぶより早く、腕が俺の頭を鷲掴(わしづか)みにする。
  どうやら、こちらを先に始末することにしたらしい。
茶村和成(いったいどこから力出てんだよ・・・!)
  腕は白く今にも折れそうな細さだ。それにもかかわらず、それなりに鍛えている俺が押し負けるほど力が強い。
  頭に絡みついていた腕のひとつがだんだんと下がり、首に巻きついてくる。
茶村和成「ガッ、」
  気道が押しつぶされる感触に、嘔吐(えず)いた。
  このまま絞められるとまずい。どうにかはがれろ、と皮膚が抉(えぐ)れるほど強く爪を立てる。
  だがやはり力では叶わないらしく、腕から解放される気配はなかった。
  クソ、馬鹿力め・・・!
  なかばヤケクソになりながら、鏡本体に全力で蹴りを入れる。
  しかし、ヒビどころか傷ひとつ入らない。
  どれだけ頑丈なんだよ、と悪態(あくたい)をつく間にも、呼吸は苦しくなっていく。
  苦しい、喉が熱い。
  クラクラする。
  抵抗していた手から力が抜けていく。
  脳に酸素が行き渡らなくなって、目の前がだんだん暗くなって、
  あ、やばい、意識が、
茶村和成「——、」

〇黒
  キィン、と甲高い音がして、現実に引き戻される。

〇鏡のある廊下
  目の前に見える鏡の表面には、大きな亀裂(きれつ)が生じていた。
  俺に巻きついていた腕から、いっせいに力が抜ける。
  不意のことに対応できず、俺はそのまま地面に崩れ落ちた。
  乱れた呼吸を整えながら顔を上げると、なにかに怯えた様子の腕が目に入る。
  なんで、という疑問はすぐに解消された。

〇鏡のある廊下
薬師寺廉太郎「おまたせ、茶村」
茶村和成「ゲホッ、や、くし・・・じ・・・」
薬師寺廉太郎「干渉するのにずいぶんと手間取っちゃった」
  薬師寺は息をあらげている俺を見て、いつもの調子で微笑む。
薬師寺廉太郎「ひゃひゃ、危機一髪だったね」
  突きの一発でもくらわせてやりたいが、あいにく力が入らなかった。
  薬師寺が膝を折り、確かめるように俺の首筋をなぞる。
  ひんやりとした感触が心地いい。
  なにより——、薬師寺が来たということに心底ほっとしている自分がいた。
薬師寺廉太郎「遅くなっちゃってごめんね。 ・・・あとは俺に任せておいて」
  張り詰めた糸が切れたように、意識が沈んでいくのを感じる。

〇黒
  そこからの記憶はない。

〇古い図書室
  背中に当たる柔らかな感触に、自分が横たわっていることに気づく。
  うっすらと瞼を上げると、見覚えのない天井が目に入った。
  革張りのソファから身体を起こし、周囲に視線を動かす。
  立ち並ぶ本棚に、埃っぽい空気。
  ・・・旧校舎の図書室だ。
薬師寺廉太郎「目ぇ覚めたあ?」
  気の抜けるような口調で問われて、声の方を向く。
  アンティーク調の椅子に腰を下ろし、なにやら分厚い本を読んでいる薬師寺がいた。
  薬師寺は本を机に置くと、代わりにマグカップを手にとってこちらへ歩いてくる。
薬師寺廉太郎「飲む?」
  ずい、と顔の前にマグカップが差し出された。
  なんだこの柄・・・?
  ネコ・・・いやタヌキか・・・?
  渡されたカップの中身を確認する。
  においからして、ココアのようだ。
  ほのかに湯気のたつそれを、一口飲む。
茶村和成「あっっっっっっま!!」
  脳が溶けるほどの甘さに思わず咳き込んだ。
薬師寺廉太郎「え〜? そう?」
茶村和成「異常なほど甘いわ!」
茶村和成「お前これ、砂糖入れただろ・・・」
薬師寺廉太郎「3杯しか入れてないよ?」
  3杯? ・・・3杯って言ったか?
  ただでさえ甘いココアに3杯も砂糖を入れるやつが、この世に存在するのか?
  無言でカップを差し出すと、不満そうな顔で薬師寺が受け取る。
薬師寺廉太郎「これくらいがちょうどいいのに〜」
茶村和成「え、・・・」
  一気にそれを飲み干す薬師寺に、俺は言葉を失った。
  薬師寺は平気な顔で唇についたココアを舐めとっている。
  ・・・こっちが胸焼けしそうだ。
薬師寺廉太郎「あ、そうだ」
薬師寺廉太郎「“異世界鏡”は消滅したよ」
茶村和成「!」
薬師寺廉太郎「生物室前の鏡、なくなってるからそのうち確認してみて」
薬師寺廉太郎「もう、鏡面世界に引き込まれる人もいない」
薬師寺廉太郎「茶村のおかげだよ。 ありがとうね」
茶村和成「そう、か・・・」
薬師寺廉太郎「にしても、茶村ってドジだよねぇ」
  そう言う薬師寺の指先には、あの狐のストラップがつつまれている。
茶村和成「それ・・・!」
薬師寺廉太郎「鏡の前に落ちてたよ」
  やはり、鏡に引きずり込まれるときに抵抗した際に落としてしまったらしい。
  ・・・というか。
茶村和成「たしか薬師寺って、それがないと入ってこれないんじゃなかったのか?」
薬師寺廉太郎「そうだよ」
薬師寺廉太郎「だからまずいな〜って思ってたんだけど、茶村、なにかした?」
茶村和成「なにかって?」
薬師寺廉太郎「なんて言ったら分かるかな・・・。 突然、“異世界鏡”の世界に歪(ひずみ)が生じたんだよ」
茶村和成「・・・?」
  ん〜、と薬師寺が唸る。
薬師寺廉太郎「えっと・・・急に“異世界鏡”の様子がおかしくなったりはしなかった?」
  先ほどの記憶を思い起こす。
  俺が思いっきり暴れても、鏡には傷一つつかなかったはずだ。
茶村和成「たぶんなにもしてない、と思う・・・。 抵抗したけど全然敵わなかったし」
茶村和成「で、ヒビが入ったと思ったらお前が来て・・・」
薬師寺廉太郎「・・・ヒビ、って?」
茶村和成「え? あれお前じゃなかったのか?」
茶村和成「てっきり、薬師寺がなんかしてヒビが入ったのかと・・・」
薬師寺廉太郎「ふうん・・・」

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