第1話 『こいつを殺しますか?』(脚本)
〇黒
こいつを殺しますか?
→はい
いいえ
〇豪華なベッドルーム
鎧坂蕗子「・・・・・・」
鎧坂蕗子「・・・夢?」
鎧坂蕗子(よろいざかふきこ)は、ハッと目を覚ましてベッドから跳ね起きた。
体中に冷や汗をかいており、呼吸が荒い。
あたりを見回すと、部屋の奥のイーゼルの上には描きかけの絵が置かれていた。
鎧坂蕗子「・・・こんな絵、描いていたかしら」
鎧坂蕗子「ダメね、寝落ちするなんてだいぶ疲れが溜まってるわ」
蕗子は水差しからコップに水を注ごうとするが、水差しは空っぽである。
鎧坂蕗子「・・・はあ」
〇洋館の廊下
繊細なレリーフの施(ほどこ)された長大な廊下を蕗子が歩いていく。
廊下は、明かりはついていないが、窓からの星明りのためにほのかに明るかった。
鎧坂蕗子(・・・明かりがついていない)
〇広い厨房
鎧坂蕗子「水を──」
ステンレス製の作業台が並ぶ広い調理場には、誰の姿もない。
ただ、ぴちょんという水滴の音が厨房内に空しく響いた。
〇洋館の廊下
鎧坂蕗子「ばあや!」
鎧坂蕗子「・・・誰かー!」
長い廊下を蕗子が不安げに歩いていく。
すると、廊下の先でかすかに空いた扉から一筋の光が漏れていた。
〇豪華な客間
鎧坂蕗子「・・・誰かいるの?」
梵嵐「だからあんた誰って──」
梵嵐(そよぎあらし)は、長い髪を逆立てる勢いで声を荒げていた。
そんな嵐を警戒するようにして、部屋の隅で身を潜めているのは正岡(まさおか)きらりだ。
鎧坂蕗子「みんな!」
醍醐蓮介「鎧坂!」
醍醐蓮介(だいごれんすけ)は、蕗子の姿を見ると安堵した様子で駆けてきた。
鎧坂蕗子「どうしてうちに」
蕗子の言葉に一同は顔を見合わせる。
醍醐蓮介「どうしてか・・・うーん、気づいたら?」
鎧坂蕗子「気づいたら?」
鎧坂蕗子「・・・あちらの方は」
正岡きらり「・・・・・・」
醍醐蓮介「鎧坂も知らないのか」
梵嵐「ほら、家主が知らないなんてますます怪しいじゃないあの女!」
醍醐蓮介「こら嵐、いい加減落ち着け」
梵嵐「むしろなんでレンくんは落ち着いてられんの?」
梵嵐「蕗子もなにぼけっとしてんのよ!」
鎧坂蕗子「ごめんなさい、ちょっと混乱していて。 さっきまで眠ってて」
岡崎大志「俺達もだ」
鎧坂蕗子「え?」
岡崎大志(おかざきたいし)の言葉に、蕗子も戸惑いを隠せない。
醍醐蓮介「俺たちもなんだよ」
醍醐蓮介「あの人も含めて俺たち四人とも、さっきこの部屋で目が覚めたばかりなんだ」
鎧坂蕗子「・・・みんな、目覚めたらうちにいた?」
岡崎大志「わけわかんねぇよな。でもマジなんだよ」
岡崎大志「全員、目が覚めて気づいたらここ。 何の脈絡もねぇ」
蕗子はあらためてその場にいる一同の顔を見回した。
鎧坂蕗子「・・・観測会のメンバー?」
鎧坂蕗子「でも──」
蕗子が隅にいる正岡の方を見ると、彼女はますます体を強張らせた。
梵嵐「──ひとり知らないのがいるけど。 本当ならあとは凪なのに」
岡崎大志「・・・あいつは無理だろ」
梵嵐「そうだけど! でも・・・」
言葉を濁らす嵐の様子に、ばつが悪そうに視線を落とす蕗子たち。
嵐は顔を上げて正岡をキッと睨んだ。
梵嵐「もう一回訊くわよ。 あんた誰? なんなの?」
正岡きらり「だ、だだから、わたわたわたし」
醍醐蓮介「大丈夫、落ち着いて下さい」
正岡きらり「来ないで!」
正岡きらり「あ、あなたたち知り合いみたいですけど、なんなんですか、私をはめようとしてるんですか?」
正岡きらり「お金なんて持ってませんよ私!」
梵嵐「だから私らもわけわかんないんだって言ってんでしょ!」
梵嵐「あんた大人のくせになにテンパってんのよ!」
醍醐蓮介「嵐」
梵嵐「でもレンくん──」
パン!
蕗子が会話を止めるように手を打った。
鎧坂蕗子「申し訳ありません、彼女も動揺しているようで・・・お許しください」
正岡きらり「あ、あの・・・いえ別に・・・私も」
鎧坂蕗子「一度お茶にしましょうか。 状況を整理したいわ」
〇豪華な客間
午後9時50分──
正岡きらり「えっと、それで天体観測会・・・学外の自主的なクラブ活動、ってことですか?」
鎧坂蕗子「ええ。その認識で概ね合っています。 改めて自己紹介を」
鎧坂蕗子「私は鎧坂蕗子(よろいざかふきこ)。 海星(かいせい)高校三年」
醍醐蓮介「醍醐蓮介(だいごれんすけ)っす。 同じく海高三年。よろしく」
醍醐蓮介「で、こいつが従兄妹の──」
梵嵐「梵嵐(そよぎあらし)。中学生」
岡崎大志「岡崎大志(おかざきたいし)。フリーター」
正岡きらり「ひとりだけ学生じゃないんだ・・・」
岡崎大志「悪いかよ」
正岡きらり「ひぇ」
醍醐蓮介「ああ怖がらないで!」
醍醐蓮介「こいつこんなナリだけど結構真面目でいい奴なんですよ、元同級生の俺が保証します!」
正岡きらり「高校中退って時点でヤバいじゃない・・・」
鎧坂蕗子「失礼ですが、お名前は?」
正岡きらり「あ・・・正岡です。その、一応社会人」
鎧坂蕗子「正岡さんはどうやってここへ?」
正岡きらり「・・・わかりません」
正岡きらり「皆さんも言ってた通り、私も気づいたらこの館の部屋にいて」
正岡きらり「鎧坂さん、って仰いましたよね。 この家の人なんでしょ?」
正岡きらり「本当は何が起こっているか知ってるんじゃないですか!?」
鎧坂蕗子「すみません、正直に申しますと私にも何が起こっているのか見当がつきません」
正岡きらり「そんな」
鎧坂蕗子「ただ、あまりいい状況ではないとは思います」
醍醐蓮介「どういうこと?」
鎧坂蕗子「皆が気づいたらここにいたという話もそうなのだけど、それともう一つ不自然な点があるの」
鎧坂蕗子「・・・誰もいない」
鎧坂蕗子「家のどこにも身内や使用人がいないの。 住み込みの者もいるのに」
梵嵐「嘘でしょ? あんなにいっぱいいたのに」
鎧坂蕗子「・・・嘘、って言いたいけれど」
鎧坂蕗子「まず間違いなく、今この館にいるのは私たち5人──」
ボォン・・・ボォン・・・
午後10時の鐘の音が客間に響いた。
鎧坂蕗子「もうこんな時間──」
そのとき、ぎい──と微かに扉が開いた。
一同の視線が扉に集まる。
ふふっ
正岡きらり「え、なに」
ふふふふっ
正岡きらり「きゃあぁぁーーー!」
蕗子たちは身体を強張らせて耳をふさいだ。
声は次第に厚みを増し、大きくなっていく。
ふふふふふふふふっ
正岡きらり「頭の中から聞こえるの・・・!?」
醍醐蓮介「・・・!? 耳閉じてんのに!!」
嵐は顔を歪(ゆが)ませながら、扉の向こう側に目を向けた。
梵嵐「・・・凪?」