ノイズジャンキー

山本律磨

モノローグ(脚本)

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山本律磨

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〇黒

〇炎
  これは10年ほど前に流行っていた曲だ。
  CD不況の今と違って何万とか何十万枚とか売れたんで
  まあ世間一般においては、バンド名は分からないって人も小耳にくらいは挟んだ事はあるかな?
  つまりはそれくらいの認知度の曲だ。
  そして10年後。その曲は、こんな感じにアレンジされて今の私の職場に流れてる。
  『いらっしゃいませ』
  『本日も愛タウン形伊仲店にお来し頂き、ありがとうございます』

〇スーパーの店内
  私はこの優しい環境音楽がまだゴリゴリのロックだった頃に上京した。
  しかし愛憎渦巻く恋愛ドラマも、夢を追う東京ドリームも描く事なく10年の時を経て再び田舎に戻ってきた。
  Uターンの理由は特にない。
  強いて言えば、三十になったから。
  東京にいても田舎に戻っても、私の仕事は特に変わらない。このように・・・
さとこ「4980円になります愛タウンカードはお持ちですか?」
さとこ「失礼しました3番の会計機にお進みください有難うございましたー」
  このように今の愛タウンポイントカードがナツヤ書店カードだったり丸遊ファミリーカードだったりミセスドーナツカードだったり
  ただそれだけの違いだ。
さとこ「960円になります愛タウンカードはお持ちですか?」

〇山間の田舎道
  静かだ
  のどかだ
  こういう虫の声も10年ぶりか・・・
  でも多分もう、これから一生聞き続けるんだろうから。別に・・・
  こういうおだやかな日本の原風景なんかもあれだ。
  東京に住んでたころは『なんて素敵なんだろう』とか言って、なんだったらちょっと涙ぐんだりなんかして
  やっぱ故郷って最高!
  とかほざいて写真撮ってネットに上げたりなんかして。

〇山間の田舎道
  あ。勿論、いい感じに加工してね。

〇山間の田舎道
  でも、今またここの住人になって
  毎日毎日、スーパーと実家との往復の中で眺めていると・・・
さとこ「やっぱ最高じゃねーわ」

〇寂れた雑居ビル
  休みの日。少し離れた街に出てみる。
  ここは東京で暮らしてた町に少し似てる。
  ここに来ると、ちょっと寂しい。
  寂しいのに、毎週来てしまう。
  東京とは違うのに・・・
  学生の時とは、もっと違うのに・・・
  『さとこ!さとこってば!』

〇寂れた雑居ビル
慧「イエーイ!卒業オメデトゥーーーース!」
さとこ「す、凄いね、変身。卒業式終わったばっかなそい」
慧「う~ん?どうした~?さとこク~ン」
慧「さとこクン。旅に出ようじゃないか」
さとこ「旅?卒業旅行?」
慧「何を言ってるんだい。もっと大きな旅だよ」
慧「約束したーね!一緒に東京に出るって!」
さとこ「う、うん。そうやね」
慧「さあ飛び出そう!こんな田舎なんて目やない大都会に!」
さとこ「でも大丈夫かな。上手くやれるかな・・・」
慧「どうした、大泉さとこ?今更ビビッてるのかい?」
慧「どうでしょうって顔してるね~」
慧「大丈夫!ウチがついちょる!」
慧「きっと、絶対楽しいけ!待っちょれ東京!」
さとこ「うん。そうやね」
「待っちょれ!東京!」

〇寂れた雑居ビル
  うん。確かに楽しかったよ、東京。
さとこ「結局、慧ちゃんは来んかったけどね・・・」

〇昔ながらの一軒家
「ただいまー」

〇古いアパートの居間
さとこの母「お帰り。夜遊び?」
さとこ「まだ8時やん」
さとこの母「遊んでもええけど、早く大きな獲物捕まえといで」
さとこ「で、ママが捕まえた獲物はどこ?」
さとこの母「ビール飲んでもう寝ちょる」
さとこ「早寝早起き結構結構」
さとこの母「・・・」
さとこの母「さとちゃん」
さとこ「ん?」
さとこの母「一人暮らししてもええんよ」
さとこの母「お父さんの病気、もう大丈夫やけ」
さとこ「うん。まあ、おいおいね」
さとこの母「それとも、やっぱり東京に戻る?」
さとこ「・・・」
さとこ「もう30だよ」
さとこ「やっぱりここが一番いね!」
さとこ「お風呂入るねー」
さとこの母「・・・ありがとうね。さとこ」

〇白いバスルーム
  今まで気付かなかったな。
  のどかで、静かで、落ち着くって・・・
さとこ「こんなに不安なんだ」

〇寂れた雑居ビル
  だから私は彷徨う・・・
  飽き飽きするほどに変わることない街を。
  見慣れて見飽きて見続けなきゃいけない、故郷という街を。

〇本屋
「いらっしゃいませこんばんわー」
「いらっしゃいませこんばんわー」
  人の気配があれば不安は消える。
  彷徨いはどんどんエスカレートしてゆき、遂に終電も当たり前になった。

〇田舎駅のホーム
  と、言っても田舎の終電なんて宵の口みたいなもんだけど。
さとこ「・・・」
  乗り換え待ち45分か。
さとこ「・・・」
  静かだ・・・
さとこ「静かだ・・・」
  のどかだ・・・
さとこ「のどかだ・・・」

〇黒
さとこ「静かすぎておかしくなりそう・・・」
さとこ「寂しすぎておかしくなりそう・・・」
さとこ「音がほしい」
さとこ「もっと強い音が!」
さとこ「もっと激しい音が!」

〇田舎駅のホーム
「あ、あの」
さとこ「・・・」
「大丈夫・・・ですか?」
さとこ「・・・え?」
さとこ「・・・」
さとこ「慧・・・ちゃん?」
慧「・・・」
慧「さとこ?」
  続きます。

次のエピソード:ダイアローグ

コメント

  • 独身女性にとって30歳というボーダーラインは、ある意味決断を様られるような時期だと思います。そんな彼女の憂鬱さやかすかな希望みたいなものが詰まった親近感の湧くストーリーでした。

  • かつてのヒット曲まで都落ちしてスーパーのBGMに、とか、東京を知った今では魅力の失せた地元の繁華街の雰囲気とか、故郷にUターンした若くない人間が誰しも感じるそこはかとない寂寥感がストーリー全体に漂っていて身につまされました。慧との再会でストーリーがどう動いていくのか、楽しみです。

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