暗闇の別れと明るい何か(脚本)
〇部屋の前
その日、冬弥が家に帰ると、家の周りが真っ暗だった
それは前日までとはまったく違う光景
前日までは、家の窓には明かりが映っており、仕事モードから開放されるきっかけとなっていた
〇部屋の前
玄関から家の中に入り、電気を付ける。家の中の全ての電気が消えていたから
廊下の電気を点け、扉を開けてリビングへ。明かりを点けて移動しながら、いつもとの変化を確認をする
リビングにあるテーブルに、一枚のメモ用紙を見つけた
「しばらく実家に帰ります。今後の事はまた改めて考えましょう」と
妻の真紀子が書いたメモだった
〇大きな箪笥のある和室
冬弥は家の中の隅々をチェックした
まずチェックしたのは、洋服ダンス。何日くらい実家に行くつもりだろうと考えて
ほとんどガラガラな状態だったのには戸惑った。もう帰ってくるつもりはない。離婚という言葉がすぐに入ってきた
冬弥は銀行のキャッシュカードを確認した
しかし探しても見つからなかった。冬弥はパニックになりながら、銀行に電話をして紛失届けの手続きを行った
お金の流れを遮断した後、簡単な料理をし、夕食を食べながら必死で、次にやるべき事を稽えていた
〇銀行
翌朝職場に連絡し、遅れて出勤することにした。朝一番で銀行へ行き、キャッシュカードの変更手続きを行うために
平日の朝一番ということもあり、わりと速やかに手続きを行う事が出来た
冬弥は改めて離婚を決断した
〇大きな箪笥のある和室
結婚後、全然働こうとしなかった真紀子。何度か指摘をした事はあったが、その度に気まずい雰囲気が流れた
冬弥はしだいに我慢をするようになっていった。それで関係が悪くならなければと
一人でお金を稼がなければいけない冬弥。子供はいないものの、給料が良くなかった事もあり、残業を頑張るようになった
それでも働かない真紀子。お風呂やトイレ等、汚れやすい場所の掃除もしなかったため、家事の一部も冬弥の仕事になっていた
〇雑誌編集部
会社に出勤後、上司に報告をした
冬弥(とうや)「スミマセン。恥ずかしいお話なのですが、昨日妻が出ていきまして。仕事に支障が出ないように頑張りますが、一応報告致します」
そして同僚にも同様に報告をした
昼休憩に入ると、友人達にも連絡をした
わけの分からない不安。心配、苛立ち、怒り、様々な感情が湧き上がっていた
一方でいつも通りの仕事を、いつも通りこなさなくてはいけない。そんな状況が余計に苦痛となっていた
〇住宅街の公園
帰りの足取りはいつも以上に重かったものの、家事をしなくてはいけないので早足で歩いた。心臓のドキドキが息苦しさを加速させた
白い犬「ワン ! !」
いきなり吠えてきた犬。一瞬驚いたが、心の中で不満が爆発した。忙しいのに・・・人間の気持ちなんて知らないくせに・・・
〇住宅街の公園
裕那「ごめんなさい、お兄さん。うちのペルーが大きな声出して。普段はおとなしいんですけど」
冬弥(とうや)「あっ、いえ、大丈夫です」
早く家に帰らないと・・・そんな気持ちから、すぐにその場を去りたいと考えていた
裕那「パン、食べませんか。ペルーが言いたかった言葉を代弁してみました」
冬弥(とうや)「代弁・・・ですか」
混乱していた頭の中で、「パン」という言葉が「料理」との天秤に勝ち、少しだけ冷静さを取り戻した
裕那「ただ、私のお話を少しだけ聴いて下さい」
〇住宅街の公園
裕那「今日の午前中、一人のお客さんの絵を描いていたんです。その人の名前は裕美子さん」
裕美子さんは病気で、あまり働くコトが出来ず、散歩をしていたのだとか。散歩の理由は体力作り
働ける日には、日雇いの仕事をしているのですが、体調が良くない日は多く、生活は正直しんどいって話していました
裕美子「でも、今日は良い日かも」
苦しそうな裕美子さんが、笑って話してくれた言葉に私は驚きました
裕美子「似顔絵師の人、普段知り合わない人に声をかけられたんだよ。こんな素敵な事、嬉しくて笑わずにはいられないわよ」
初めてなんですけどね、私その時、笑顔で泣いていたんです。それで自分なりに絵を描いていたんですけど、うまくいかなくて
私、裕美子さんの力になってくれそうな男性を考えちゃって、勝手に半分男の人みたいな絵を描いていたんです
でも、その絵を見た裕美子さんから
裕美子「素敵ね、私の恋人を探してくれているみたい。ありがとう」
裕美子さんのその言葉がとても嬉しくて。初めて、もっと仲良くなりたいって思いましたの
裕美子さんも同じ思いだったようで、お互いの連絡先を交換したんだけど
裕美子さんの顔色が急に変わったの
裕美子「裕那ちゃんゴメン、発作が出そう。お薬飲まないと。回復したら、必ず連絡するから」
〇住宅街の公園
私は心配になって、裕美子さんからの連絡を待っていました、でも夕方になって来たのは、裕美子さんではなく、警察の方でした
裕美子さんが亡くなられたのだと。私の連絡先を持っていた事から訪ねて来られたのです
私はあまりにも泣き過ぎてしまって、警察の方にはほとんどお話が出来ず、結局早々に一人にしてもらいました
泣き止んでから私は、裕美子さんを想いながら描いた男性の隣に描く女性を描くために、裕美子さんに合う男性を探していました
〇住宅街の公園
裕那「お兄さん、似てるんです。裕美子さん、とても疲れていて。お兄さんも疲れてるみたいですけど」
いつの間にか裕那の話に聴き入っていた
裕那「お兄さん、お仕事や私生活をすごく頑張っているから疲れてるんだよね。きっと」
裕那「裕美子さんは病気を抱えていたんだけど、お仕事が出来るようになりたくて頑張っていたの」
裕那「お兄さんも裕美子さんも、幸せになるために、辛い気持ちに負けないよう、頑張っているみたいだったから」
裕那「お金はいりません。ただ、お疲れの中すみませんが、30分時間をください」
冬弥は裕那の描く裕美子さんを見てみたくなっていた
冬弥(とうや)「30分で描けるんですか」
裕那はゆっくり首を横に振った
裕那「30分だけ、じっくりお兄さんを見させてください。私はお兄さんの事を覚えて、その後から絵を描きます」
裕那「描いた絵は、明日この場所でお兄さんにお渡ししますので。どうか宜しくお願い致します」
冬弥(とうや)「どうして僕に絵をくれるのですか。大切な人との思い出なら、あなたが持っていた方が良いと思うのですが」
裕那は少し無理しているように笑って、冬弥に言った
裕那「普段なら絶対知り合わない人と今は会話をしています。この出逢いを幸せだったと伝えたいから。私が持っていたら意味ないでしょ」
冬弥の体からは、少し疲れが抜けていた
〇住宅街の公園
翌日冬弥は仕事が終わってから、裕那との待ち合わせ場所の公園へ行った
裕那「お兄さんこんばんは。来てくれてありがとうございます。これが二人の似顔絵です」
裕那は保護していた厚紙を外し、月明かりの中、その絵を冬弥に手渡した
絵を見た冬弥は驚いた。思っていた似顔絵とはだいぶ違っていたから
宇宙のような絵。光り輝く星を影にして、手前の星の曲線に一本の光が通っている。その光が人の横顔のように見える絵
冬弥に似ている光の顔と、おそらく裕美子さんに似ている光の顔が見つめ合っていた
冬弥の目から涙が流れた
冬弥(とうや)「裕奈ちゃん、この絵をタダであげるのは駄目だよ。裕美子さんは裕那ちゃんにも幸せになってもらいたかったんじゃないの」
冬弥(とうや)「僕も出逢って話したかったなぁ裕美子さんに。僕は近々離婚するんだけど」
冬弥(とうや)「何で裕美子さんと出逢わなかったんだろう。辛いよね〜。まったく」
裕那「ゴメンね、お兄さん。辛い気持ちにさせてしまって」
二人で数十分泣いた後、冬弥には少し笑顔が戻った
冬弥(とうや)「ありがとう裕那ちゃん。裕美子さんは来世で必ず探しだすよ。それよりも一番辛い時に声をかけてくれて、ありがとう」
〇新緑
ただ、その日が終わると、不思議と裕那と逢えなくなってしまった
それから1年後、冬弥は再婚をした
裕那と裕美子さんの話に、寄り添ってくれた人だったから