その3(脚本)
〇旅館の和室
・・・最後?
最後って・・・なに?
女将「武藤さま・・・」
そんな。そんないきなり勝手なこと・・・
Z「アーッ!」
小さいからって何よ!
Z「アーッ!」
一人になったからって何なのよ!
Z「アーッ!アーッ!アーッ!」
この旅館が必要な人だっているのよ!
ここが好きで、この雰囲気が好きで
私と違って。誰からも必要とされない私と違って
ここは、ここじゃないとダメだって人がいるのよ!
Z「アーッ!アーッ!アーッ!」
仕事でしょ!続けてよ!お客の為に!
私の為に!
女将「・・・」
女将「有難うございます」
Z「・・・」
やっぱり通じないか。ゾンビの声なんて。
女将「・・・分かりました」
女将「それでは武藤様だから打ち明けますね」
女将「私の本当の気持ちを・・・」
・・・え?
女将「私はお客様のためにこの旅館を続けていた訳じゃないんですよ」
Z「・・・」
Z「・・・アー?」
女将「いえ、亡き主人の為でもありません」
女将「自分の為なんです」
女将「自分が続けたいから続けて。やめようと思ったからやめるんです」
Z「アー!」
女将「はい。勝手ですね」
女将「でも寄る年波には勝てませんでした。足も腰も、もうガタガタです」
Z「・・・」
Z「アー」
Z「アー!アー!アー!」
女将「そうですか。介護のお仕事を。それは尊いお仕事ですね」
Z「アー!」
女将「いえいえ馬鹿になんて。元々こういう笑い顔なんです」
女将「ご存じでしょう?」
Z「・・・」
Z「アー」
女将「畏まりました。では失礼致します」
Z「・・・」
女将「・・・」
Z「ア?」
女将「すみません。もう少しだけ、お顔を」
女将「これが私の楽しみなので」
Z「ア゛ア゛ン?」
女将「いえいえ。そういう意味ではなくて」
〇寂れた旅館
『玄関でお出迎えした時の、ほっこりしたお顔』
〇木造校舎の廊下
『お風呂に向かわれるウキウキしたお顔』
〇旅館の和室
『楽し気に食事をされているお顔』
〇寂れた旅館
『そして生き生きと明日からの生活に戻っていかれるお顔』
〇旅館の和室
Z「・・・」
女将「それを見届けるのが嬉しくて私は今日まで旅館を続けてきたんです」
生き生き・・・
そうよ。私、ここで生き返ってたの。
干からびた醜いゾンビから。
だから・・・
Z「アー」
Z「アー」
Z「アー」
女将「武藤さま・・・」
女将「そう言って頂き有難うございます」
女将「本当に・・・」
女将「今まで、本当に有難うございました」
Z「・・・」
〇寂れた旅館
『あの・・・』
『もし宜しければ、これまでご贔屓にして下さったお礼に特別な露天風呂をご案内させて頂きたいのですが』
〇木造校舎の廊下
『いえいえ、もちろんお代は結構です』
Z「・・・」
『鳳凰の間の特別大きな家族風呂で』
『ちょうどこの時間は満天の星が降り注いで、綺麗な空を独り占めできますよ』
『お風呂だけで恐縮ですけど、是非お使い下さい』
『そして・・・』
『思い切り泣いて下さいね』
もう枯れちゃったわ。涙なんて。
〇空
満天の星空か・・・
まあ、私の空なんてこんなものね。
〇露天風呂
いつき「泣かないで・・・」
いつき「顔を上げて・・・」
いつき「ゾンビは闇に生きるの・・・」
いつき「だから闇を見上げて・・・」
あの曇り空を・・・
ずっとずっと、曇ってるだけの空を・・・
Z「・・・!」
〇宇宙空間
Z「・・・」
〇露天風呂
いつき「・・・」
Z「アー」
いつき「・・・うん。そうだね」
いつき「綺麗だね」
Z「アー」
いつき「・・・」
いつき「ゴメンね」
いつき「もう言わない」
いつき「ゾンビなんて言わないよ」
いつき「・・・ゴメンね」
いつき「ずっとずっと・・・ゴメンね」
いつき「泣いていいよ」
いつき「ここには私しかいないから」
いつき「だから思い切り泣いていいよ」
Z「あああ・・・あああああ・・・」
いつき「ゴメンね・・・ゴメンね・・・」
いつき「あああ・・・ああああ・・・あああ・・・」
ゾンビの私は一年に一度ここに来ていた。
でも、もう大丈夫。
私にだって星空はあったんだ。
Z「・・・」
いつき「ゴメンね」
いつき「今まで一緒にいてくれてありがとう」
Z「バイバイ」
いつき「・・・」
いつき「バイバイ」
〇白いバスルーム
利用者「あー気持ちよかったわ」
いつき「はいは~い。次の人~」
利用者「いつもありがとうね~」
いつき「はいは~い・・・」
いつき「・・・」
いつき「どういたしまして」
おわり
何か心が少し軽くなった気がします。ありがとう。