出会い(脚本)
〇大きい病院の廊下
廊下を突き当たって左側の壁に、
何か黒いものが見えた。
ずしんと、心臓の重みを感じる。
静子(黒い人だったらどうしよう)
そう思うほど、心臓は重みが増す。
行動することさえ、
怖くなった。
黒いものから目を離せない。
じっと見ていると、
その黒いものはそろりそろりと、
こちらへ近づいて来た。
静子「ひっ」
逃げようと腰を上げたが、
足に力が入らなくて、
長椅子から滑り落ちた。
その途端、黒いものは速度を上げて、
こちらへ近づいて来る。
廊下を半分辺りまで黒いものが来ると、
人型だとわかる。
部屋で見た黒い人より、
だいぶ小さい。
黒い人を目から放さないように
視線を向けたまま、
手を使って後ずさりする。
けれど、殆ど動けない。
黒い人はあっという間に、
私の目の前に来た──
「お姉ちゃん、どうしたの?」
〇大きい病院の廊下
近づいて来たのは、
五歳くらいの女の子だった。
ショートヘアの似合う、
かわいらしい子だ。
大きな落書き帳を抱えている。
普通の女の子に見えるけど、
相手に聞こえそうな程の心臓音は、
治まらなかった。
静子「眠れないだけ。 あなたはこんな時間に何してるの? びっくりしたじゃない」
ゆっくりと、私は立ち上がった。
女の子「ごめんなさい。 遊んでたの」
女の子は朗らかな笑顔を見せた。
頬に出来たえくぼが、
また可愛らしかった。
静子(けれど、こんな真夜中に 女の子がいるなんて・・・ 幽霊だったりして?)
静子(──でもこんなに可愛らしいのなら、 幽霊だとしても大丈夫かも。 何だか怖くない)
急に女の子が後ろを向く。
その視線の先は、
またしても黒いもの。
女の子「怖いの来てるから、お姉ちゃんこっち」
私の手を引っ張って、
黒いものがいる廊下と
反対方向を走り出した。
走りながら、
何処へ行こうとしているのかわかった。
ナースステーションだ。
あそこだったら明るいし、
看護婦さんも居るから、
安心出来そうだ。
でも、こんな真夜中に走って行ったら、
さぞ怒られるだろう。
それでも、黒いものに何かされるよりは断然マシだ。
〇病院の待合室
明かりが見えた。
ナースステーション近くで、
女の子はしゃがむ。
人差し指を口にあてる。
静かに、と言っているようだ。
呼吸が乱れて息苦しいのを我慢して、
静かに呼吸し、私もしゃがんだ。
それからナースステーションから
死角となるように、
受付の壁際に張り付くようして、
膝を抱えて座った。
女の子は
落書き帳をそっと床に置き、
白いページを開いた。
右手には、鉛筆が握られている。
〝あさ まで ここにいたら
だいじょうぶ〟
文字の大きさがまばらで、
まだ字の練習が必要な字だった。
それが何故かほっとし、和んでしまった。
静子「ありがとう」
〝あしたの おひる
そとの いすで まってるね〟
顔を見ると、にっこり笑う女の子。
私は微笑み返した。
すると、女の子は落書き帳を閉じると、
立ち上がる。
ひやりとした。
看護婦さんは誰も、
気付いていないようだ。
女の子はすぐに駆け出して行き、
黒い影になるほどの距離になって
振り向いた。
こちらに手を振っているようだったので、
手を振り返す。
それからすぐに、
女の子は見えなくなった。