読切(脚本)
〇SHIBUYA109
いつも通りのこの街を歩く。
数え切れない人々の出す音が入り混じり、意味のない音になって聞こえてくる。
視界に入る人に見知った顔はいない。
もしかしたらどこかで見掛けた人もいるのかもしれないけれど、特定の個人を見分けることは難しい。
それぐらい多くの人が集まり、過ごし、去っていくこの街。
この渋谷という街で、いつものように。
今日も私は、漂っているだけだ。
〇SHIBUYA109
用事を済ませるために、街を歩く。
といっても大した用事はない。
昼食を食べて、ぶらりと時間を潰す。
友人たちが話していた、珍しい料理が食べられる、美味しいランチを食べに来ただけだ。
メモしていた店名を地図アプリに打ち込んで経路を確認すると、思っていたよりも人通りの多い場所にそのお店はあるようだ。
それに、ここから歩いて10分もかからずに着くだろう。
──私は地図アプリの画面を見ながら、周りの人にぶつからないようにゆっくりと歩き始めた。
時折画面から顔を上げて前を確認し、人の流れに沿って歩いていく。
私「・・・ここかな?」
しばらく歩いていたら、地図アプリが目的の場所に着いたことを知らせてくれた。
見上げた看板には、友人に教えてもらったとおりの古風な店名が記されている。
古めかしい名前とは裏腹に、建物の外見はそれほど年月が経っていないように感じられた。
念のために店名を確認すると、やはりこのお店で間違いないようだ。
店外にメニューがあったので、それも捲って眺めてみる。
教えられたランチメニューは私でも払える額だったけど、通常メニューは気軽には払えない値段だった。
どうやら、かなり良いお店のようだ。
通常メニューの値段を見て、現金にも気持ちは盛り上がり、料理への期待が膨らんでくる。
私「(普段来ないお店だし、ちょっと緊張するかも)」
少し心配になりながらも店の門をくぐると、威勢の良い店員さんが私を迎えてくれた。
──こうして、私は美味しいお昼ご飯を満喫したのだった。
〇レトロ喫茶
からん、という音と共に珈琲の香りがした。
『いらっしゃい』という商売気の感じられない気怠そうなマスターの声が聞こえる。
やや薄暗い店内を見渡すと、3組の客が珈琲を楽しみながら思い思いの時間を過ごしているのが見えた。
私「”本日の珈琲”をお願いします」
私はマスターに注文すると、空いていたテーブル席に向かう。
荷物を隣の座席に置き、私はゆっくりと席に着いた。
ここは、大きな通りから2本ほど道を入ったところにある喫茶店だ。
とても静かで、私がこの騒がしい街でゆっくりと過ごせる数少ない場所。
少し歩き疲れたし、家に帰る前に一休みしていこうと思ってこのお店に来たのだ。
1日歩いた足を労るように息を吐く。
カウンターのマスターを見ると、どうやら珈琲が来るまではしばらく時間があるようだ。
注文した珈琲が来るまで少しの間、ぼうっとしていようか。
何をするわけでもなく、店の中を胡乱に眺める。
前に来たときと変わらない、古ぼけた机や座席。
地味な色合いの置物や観葉植物、珈琲を入れる道具一式が見える。
それらは相応の時代を感じさせたものの、丁寧に手入れされているのか、鈍く輝くような魅力が感じられた。
何も意識もしないまま、視界をぐるりと巡らせていく。
私「(今日のランチ、美味しかったな)」
友人に教わったお店はどうやら老舗のようで、建物が新しかったのは移転して新店舗を構えたからだったようだ。
新しい商業施設が一番のニュースになるこの街でも、老舗と呼ばれるようなお店が残っているんだなと意外に感じたものだ。
そんなことを思い出して、昼食を食べたお店の方角を探すように目線を動かしていた。
窓の外が視界に入ったとき、ふと思い立った。
”若者の街”だなんて呼ばれるこの渋谷にも、当然に歴史があるはずだと。
10年前の若者もいただろうし、50年、いや100年前の若者だってこの街で過ごしていたに違いない。
彼らはこの街を、いったいどのように集まり、過ごし、去っていったのだろうか。
・・・こんなことを考えるだなんて、私の柄ではない気がする。
だけど、こうも思った。
珈琲の香りに誘われながら、過去に思いを馳せるのも一興かもしれない。
今の若者である私から、かつて若者だった人たちへ。
ただの的外れの想像かもしれないけれど、考えてみるのも面白いのではなかろうか。
私が創る、私が想う、私にとっての渋谷の今昔。
──これは珈琲を飲むまでの、短い時間の物語。
歴史のある街のレトロなお店って、おいしいことが多いですよね。
そこならではのメニューとかもあって、私もつい頼んでしまいます。
そんな気持ちを掻き立ててくれる作品でした。
渋谷という煌びやかなイメージを書くのではなく、
あえてこうしてゆっくりとした内容で表現したところがとても素敵な作品だなと思いました✨
こういう時間の一杯っておいしいですよね😊
歴史ある街には、レトロ調と謳われる古びた店がよくありますが、そのお店も開店当時はピカピカで若者向けだったかも。そこまで思いを馳せさせてくれるこの作品、折に触れて読み返したくなりますね。