読切(脚本)
〇宇宙戦艦の甲板
宇宙へ行くと言ったとき、一番最初に返ってきたのは怖くないのという一言だった。
「いいや、だって新しい世界へ行けるんだろう。人も光も空気も水もなくたって、平気じゃないか」
たった一人での宇宙での活動を終えて帰還した地球は、
〇渋谷のスクランブル交差点
誰もいなかった。
目の前の人影はサイネージに表示される3Dモデルで、実体がない。
人が少なくなり始めた頃、賑わいを演出するために街頭に置いた機器が未だに生きている状態だ。
だから、
〇渋谷の雑踏
これも、
〇渋谷駅前
これも、
〇渋谷のスクランブル交差点
本当は、こう。
M・Hさん(20) ←ほんとは16「はじめまして! 最近彼氏にフられたので登録しました。大学生です。趣味はカフェ巡り。料理得意です!! あってくれる人募集中」
渋谷を拠点に選んだのは、着陸地点の近くで、なおかつ発電施設やネットワーク網が比較的無傷な形で残っていたからだ。
さすがビット・バレーと称されていただけのことはある。
これも3Dモデルで、いわゆる出会い系のアバターだ。
デジタルサイネージと連動したアプリケーションの画面上にはひっきりなしにメッセージが届く。
通知がたまっていることを確認すると、登録してある定型文を一括して各自のチャット欄に叩き込んだ。
『メッセージありがとうございます。 渋谷で日曜日の15時に待ち合わせしませんか?』
日々の作業は食料品と日用品の回収、および街で見つけたこの手のアプリの登録とメッセージへの応答だ。
サクラのAIが跋扈し続けている出会い系アプリでメッセージを送り続けているのは、もしかしたら自分が知らないだけで、
まだどこかに人間がいるのかもしれないという期待と、単なる暇つぶしだった。
〇ハチ公前
日曜日の渋谷の午後三時。
場所は渋谷駅北口ハチ公前。
サイネージとの連動と通知はすべて切って、廃墟から回収をした缶飲料をすすりながら日が暮れるまで人が来るのを待つ。
無論、誰も来たためしがなかったが、一週間の最後の仕事に設定していた。そうでもしないと曜日の感覚がなくなる。
どうして誰もいなくなってしまったのだろう。
どうして発電プラントや生産プラントも生きているのに、誰もいなくなってしまったのだろう。
どうして────
突然、鈍い、アスファルトに杭を打つような地響きが遠くから聞こえてきた。
下水道管の崩落だろうか。
もしそうであるなら、調査しに行かなければならない。今日は早めに切り上げることにしようと缶飲料に口をつけたそのとき、
「うわーん、遅刻遅刻ゥー!!!」
片側四車線の、アスファルト舗装に爪を立てて跳躍するそれが目に入った。
〇空
___「ごめん、避けてぇええええ!」
〇ハチ公前
土煙を上げて着地したそれの背中から、小柄な人影が降りてきた。
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「君が話題の宇宙飛行士君だね?」
サイネージとの連動は切っていたはずだが、と思って端末の設定を確認しようとした手を柔らかい手がつかんで止めた。
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「弊社提供のマッチングアプリをご利用頂きありがとうございます。この度、他のユーザー様から」
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「「どうしても会えない利用者がいる、サクラではないのか」との声を頂き、弊社で調査したところ」
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「あなたが一部手続き未了のままでの利用が判明したので、ご案内に参りました」
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「つきましては手続きを完了していただきたく──っていっても、君そのままでも十分ハイスペックなんだけど」
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「空腹も苦痛も感じなくなって、なおかつ自由に姿形を決められるって言われたら、どうするかしら?」
渋谷のIT企業による人類情報化技術開発の結果、ほぼ全ての人類は身体を捨てて、情報空間に活動の実態を移したのと女が言った。
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「勿論君みたいに情報化されていない人間もいなくもないんだけど」
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「君、何人のコとアプリで会う約束したか覚えてる?」
・・・・・・え?
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「ここ3年3ヶ月、一日平均300人。 延べ351,428人」
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「すべてのマッチングは成功したの。 規約はちゃんと読んだ?」
規約上、マッチングが成立すると顔合わせの必要がありますと女が言った。
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「また非情報化ユーザーと情報化ユーザーのマッチングが成立した場合、非情報化ユーザーは情報化していただく必要があります」
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「これで相手が数人なら両者の同意の上キャンセルできるけど、」
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「君の場合、とても同意を取り切れる数じゃないし、第一キャンセルできないわ。 みんな君に会いたがっている」
だから、あなたは情報化の必要がありますと言って怪物を見た。
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「これは君の肉体を粉砕して神経を情報化し、残りは処分してくれるスキャナー」
351,428人の女の子たちがあなたのことを待っているわ、と女が言った。
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「君が非情報化ユーザーって気づいてやめたユーザーも多いみたいだから、もっとかな」
ビッチ・バレイ運営からのお知らせ「大丈夫、君の場合、マッチがたまりにたまっているから痛いって思っている暇もなく性欲の処理に忙殺される♡」
怪物が大きな口を開けて近寄ってくる。
「出会いを求める貴方に、世界最大級のユーザー数、豊富なスキンと感度調整が魅力の出会い系アプリ、ビッチ・バレイへようこそ!」
体に走る激痛と、何万もの女たちが快楽を求めて神経を犯してゆく感覚にぼうっとしながら、そう叫ぶ女の声を聞いていた。
設定が面白く、文章力も相まって作品に引き込まれました! とても面白かったです!
凄い作り込み。これは参りました。お見事!
うおお…引き込まれました!
設定の情景描写が緻密で、想像をかき立てられます。
一縷の望みをかけて習慣化してた行動が、実は普通に通ってた展開にもニヤけました。
まさにSF×星新一×マッチングアプリですね。
面白かったです!!