第七話 『お似合いなのは』(脚本)
〇公園のベンチ
羽島哉人「ま、待って・・・!」
菅野薫「っ」
駆け出した菅野君にやっと追いついて、
その手を掴む。
思いのほか、華奢な手首に
一瞬ドキッとしてしまった。
菅野薫「なに、追いかけてきてんねん。 別に、追っかける必要なんてあらへんやろ」
羽島哉人「だ、だって・・・」
たしかにそうだ。
仮に菅野君が父さんとの会話を
聞かれていたとしても、
別に隠すようなことではない。
羽島哉人(僕と菅野君は、 ただの先輩と後輩なんだから)
羽島哉人(・・・胸が痛いな)
そっと手を放すと、菅野君は掴まれていた手首に自身の指先で触れる。
そして、吐くようにして声を絞り出した。
菅野薫「まっ、そもそも住む世界が 違う人やもんな!」
菅野薫「なにせ、羽島堂の御曹司やし!」
菅野薫「せーりゃくけっこん、ての? まあ、それくらいあるやろなって」
菅野薫「つって、先輩も大変やなぁ? お見合いって面倒そうやし、それに」
羽島哉人「菅野君っ」
菅野薫「何より、どんな子かわからへんやん?」
菅野薫「あっ、もしかして アルファの女の子とかやろか?」
菅野薫「ええな、きっと美人なんやろうな。 頭よくってさ」
羽島哉人「菅野君!」
菅野君の大きな瞳に、涙が揺れる。
羽島哉人(見間違いなんかじゃない。 菅野君は・・・っ)
浅ましい僕は、彼が泣くほど
傷ついてくれたことがうれしい。
うれしくて、たまらないんだ。
菅野薫「やっぱ、先輩にお似合いなんは──」
羽島哉人「そんなことっ、言わないで」
菅野薫「っ」
菅野君の手を取る。
指先は冷たくて、血の気が引いていた。
羽島哉人「そんな、悲しいこと・・・ 言わないでください」
菅野薫「だ、だって」
涙の膜が盛り上がって、
そのままこぼれ落ちる。
菅野君からこぼれた大粒の涙は、
地面に丸いシミを作った。
菅野薫「あかん、俺、今 面倒なやつやってわかってる」
菅野薫「面倒なこと、 言うたらあかんてわかって──」
羽島哉人「面倒なんかじゃない。 むしろ、嬉しいんだ」
菅野薫「えっ」
羽島哉人「僕は・・・菅野君が好きだよ」
菅野薫「う、そ」
悲しげにたれていた眉毛が、
ぴくりと動く。
そのまま彼の顔からは悲しみが引いていき
驚きに取ってかわった。
羽島哉人(菅野君のコロコロ変わる表情。 ・・・こんな、間近で見られるなんて)
菅野薫「・・・先輩、俺のこと、好きなん?」
羽島哉人「うん、好きだよ」
羽島哉人「本当はまだ、 言うつもりはなかったんだけど・・・」
羽島哉人「せめて、菅野君に釣り合う男に なるまではって思っていたから」
菅野薫「ほんまに、ほんまか?」
羽島哉人「うん、本当に、本当」
言葉を重ねると、みるみる
菅野君の顔に喜びの花が咲いた。
菅野薫「あはっ、俺・・・今気づいたわ。 先輩のこと好きや」
羽島哉人「え」
菅野薫「あほやな、俺」
菅野薫「お見合いの話、泣くほど嫌やったのに なんでかわかっとらんかった」
菅野薫「先輩から、好きって言われて、 やっとわかった」
言いながら、そっと菅野君が背伸びをして
僕の背に腕を回す。
羽島哉人「!」
菅野薫「好きやで先輩。 俺と、付き合ってや」
羽島哉人「か、菅野君・・・!」
菅野薫「答えはイエスオアイエス、やで」
羽島哉人「い、いえすで」
僕が震える声でそう答えると、
菅野君がくすくすと笑った。
そして、抱きしめていた腕をほどくと
なぜか腕まくりをする。
菅野薫「よっしゃ、晴れて恋人同士になったんや」
菅野薫「・・・ほんなら、社長と常務、 ぶっ飛ばしに行こうやないかい!」
羽島哉人「なっ、ぶっ飛ばすって」
菅野薫「言葉だけや、言葉だけ」
菅野薫「けど、恋人になったんやから 他人事ちゃうやろ?」
菅野薫「もう好き勝手言わせんし、 お見合いだって絶対させへん」
菅野薫「それとも、先輩は恋人おっても お見合いするんか?」
羽島哉人「しっ、しないよ! しない! 絶対しない!」
菅野薫「ふふっ、やったら止めにいかんとあかん」
菅野薫「けど・・・その前に!」
羽島哉人「わっ」
背伸びをした菅野君の唇が、
鼻先に触れる。
ふわりと香る甘さに、鼓動が高鳴った。
菅野薫「ラスボス攻略には、 それなりの武器が必要やろ?」
〇大会議室
――コンペ当日
羽島哉人「・・・・・・」
菅野薫「ふんふふん♪」
数社合同のコンペのため、自分たちが
呼ばれるまでの間、控室で待機をする。
落ち着かない僕とは対称的に、
隣に座る菅野君は鼻歌を歌い
コーヒーをすすっていた。
羽島哉人(き、緊張しないのかな?)
気になって、隣を見ると
菅野君とバチッと目が合う。
今日の彼は、いつも以上に
ビシッとしておりとても格好いい。
羽島哉人(・・・菅野君が、僕の彼氏)
羽島哉人(って、なに浮かれてるんだ!?)
羽島哉人(こ、コンペ終わるまでは せめてしっかりしてろ! 哉人!!)
自分で自分を叱咤して、頬を叩く。
菅野薫「なにやってんねん。 せっかくのイケメンが台無しになるやん」
菅野薫「あーあ、頬真っ赤や」
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