エピソード1-無色の刻-(脚本)
〇黒
q.e.d.
それは「以上が証明されるべき事柄であった。」
という意味のラテン語。
これは彼がこの世からいなくなってしまった後の物語
そして、どこかへ向かって、再び動き出した
彼女の物語・・・・・・
〇屋敷の門
黒野すみれ「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
数日前に見た、明石家に続く門。
春刻がこの世にいない。
そんなことを知らされて、気が動転していたとは言え
今は真夜中で、その門は堅く閉ざされていた。
黒野すみれ「(馬鹿だなぁ、私。そんなことにも気づかなかったなんて)」
黒野すみれ「(いかに私が春刻の存在を確認したくても、こんな時間に応じてもらえる筈がない)」
黒野すみれ「(それに・・・・・・)」
黒野すみれ「(彼がもし、この世にいないのなら私は明石家とは何の関係もない人間になる)」
黒野すみれ「(春刻・・・・・・)」
雨足が確かに強くなり、
私はさらにずぶ濡れになっていく。
出直した方が良い・・・・・・と思うのに、
私はその場から動けなかった。
「あの、当家へ何かご用でございましょうか?」
動けずにいた自分に声をかける人。
それは彼女だった。
黒野すみれ「エマさん・・・・・・」
エマ「はい、私はエマでございます。貴方様はもしかして?」
黒野すみれ「・・・・・・」
エマ「とにかく、そのようなところだとお風邪を召されます」
エマ「当主も気にかけておりましたので、お入りになりませんか」
黒野すみれ「(当主・・・・・・)」
おそらく、それは春刻ではないのだろう。
私はそう思うと、エマさんの言葉に頷いた。
〇車内
黒野すみれ「すみません、車、濡れてしまって・・・・・・」
エマ「いえ、お気になさらないでくださいませ」
エマ「それに貴方様は大事なお客様なのでごさいましょう」
エマさんは自身の名前を知っていたのだから、と
静かに続けた。
エマ「それに私は長い間、この明石家におります」
エマ「貴方様にはあの力が影響が色濃く残られておいでのようでございました」
黒野すみれ「色濃く・・・・・・」
エマ「おそらく何度も何度も過去へ行かれたのでございましょう」
エマ「気が遠くなりそうな程の旅路」
エマ「それによって得られた未来。失われた過去」
エマ「喜びもございましたでしょう。悲しみもございましたでしょう」
エマ「しかし、貴方様は1つの未来を手にした」
〇シックなリビング
まだ確認できていないが、父が生存する現在。
〇地下室
こちらも確認できた訳ではないが、
春刻が生存しない現在・・・・・・
〇車内
手にした未来はなんと残酷なのだろう・・・・・・
黒野すみれ「・・・・・・」
エマ「・・・・・・」
私達はそれ以上、何かを言うことはなかった。
ただ、それでも、沈黙はいつまでも続かない。
エマ「まもなく本邸でございます」
本邸。それは私が数日間を過ごした場所だった。
黒野すみれ「(数日間しか経っていない筈なのに・・・・・・)」
まるで何年も前に来て、久し振りに訪れた。
そんな気さえしていた。
〇宮殿の門
〇城の廊下
〇貴族の応接間
黒野すみれ「・・・・・・」
エマ「こちらでございます」
黒野すみれ「あ、はい・・・・・・」
〇貴族の部屋
エマ「それでは、部屋にございますものはお好きにお使いくださいませ」
エマ「また、もし、何かございましたら、こちらのベルでお呼びくださいませ」
黒野すみれ「ありがとうございます」
エマ「失礼いたします」
エマさんが去ると、静かだった部屋がさらに静かになる。
黒野すみれ「(いや、雨の音だけはしていた)」
私は濡れた服を脱ぐと、シャワーを使わせてもらい
〇西洋風のバスルーム
服を着替えた。
〇貴族の部屋
雨はまだ止みそうになくて、
私は気持ちを落ち着ける為、ベッドへ横になる。
〇新緑
「すみれちゃん」
黒野すみれ「この声は・・・・・・」
黒野すみれ「春刻?」
明石春刻「・・・・・・」
黒野すみれ「春刻? どこ?!」
黒野すみれ「春刻・・・・・・」
〇新緑
何故、彼はこの世にいないのだろう。
黒野すみれ「(秋川さんが亡くなった原因も分かった。春刻を狙っていた人も分かった)」
〇黒
黒野すみれ「(でも、この時間には彼だけがいない・・・・・・)」
〇貴族の部屋
黒野すみれ「・・・・・・」
目を閉じて、どれくらいの時間が流れたのだろう。
私が時計を見ると、
時刻はちょうど7時になろうとしていた。
黒野すみれ「(少しは眠れたみたい)」
私は体を起こすと、クローゼットを開けた。
黒野すみれ「(やっぱり、この服だよね)」
私は数日前にも着ていたドレスを手にとると、
着替えた。
黒野すみれ「(当主に会わないと・・・・・・)」
〇城の会議室
春刻がいない現在。
おそらく、彼らもいないのだろう。
黒野すみれ「(亡くなったり、最初からこの世に存在しなくなったりした)」
黒野すみれ「(最初にこの部屋で会った時には思いもよらなかったけど・・・・・・)」
黒野すみれ「(なら、当主は・・・・・・)」
私が考え込んでいると、その人物はやって来た。
私の突然の訪問に驚かず、
知らない筈の名前を呼んで・・・・・・
「お待たせいたしました。すみれさん」
明石青刻「随分とお久し振りですね」
明石青刻「まぁ、貴方から見ると、あれから24時間も経過していないでしょうけど」
黒野すみれ「青慧さん」
明石青刻「・・・・・・」
明石青刻「まぁ、冗談はこれくらいにしましょうか」
明石青刻「ようこそ、明石家へ。私が当主の明石青刻です」
黒野すみれ「(冗談はやめるんじゃなかったのか・・・・・・)」
私は半ば呆れつつも、春刻のことを切り出した。
黒野すみれ「春刻は・・・・・・どうなったの?」
「この世にいない」というのは分かっていたが、
「死んだ」とはやはり口に出せなかった。
明石青刻「そうですね」
明石青刻「生き死にで回答するなら彼は死んだとも死んでいないとも言えるかも知れません」
黒野すみれ「え・・・・・・」
明石青刻「・・・・・・」
激しい雨音さえ耳に入らない程、重い沈黙。
ただ、その沈黙の果ては遥かに重かった。
明石青刻「すみれさんは朝刻氏のことを覚えていますか?」
黒野すみれ「(朝刻さん・・・・・・)」
どうやったら、忘れられると言うのだろう。
〇風流な庭園
〇城の会議室
黒野すみれ「(ある意味、あの人が彼を殺したと言えるのに・・・・・・)」
明石青刻「過去に戻っている状態で、蝋燭を折られた人間は時間に閉じ込められてしまう」
明石青刻「そして、時間に閉じ込められた者はこの世から存在を抹消され、存在しない者になる」
明石青刻「また、秘術を用いる代償として当主は蝋燭1本につき、自身の1年間の寿命を失う」
明石青刻「明石家の当主なら、太陽が東から登るくらい当たり前な常識です」
黒野すみれ「それじゃあ、春刻は・・・・・・」
明石青刻「秘術を用いる為に、寿命を使い果たした」
明石青刻「また、当主権限と共に存在する破ってはならない禁則を冒した」
黒野すみれ「禁則?」
明石青刻「そう・・・・・・」
明石青刻「細々とした禁則は10ほどありますが、1番は「殺害」や「復讐」してはならないですね」
黒野すみれ「「殺害」や「復讐」・・・・・・」
明石青刻「まぁ、「復讐」だっておやつのプリンを食べられたから食べ返すみたいなものなら」
明石青刻「問題にもならないんですけど・・・・・・」
明石青刻「やっぱり、この先も存在し得る存在を消すというのは重罪でしょうね」
明石青刻「失われそうな存在を失わないようにするのよりも遥かに」
淡々と話しているが、目の前の彼はまさに
〇宮殿の門
失われそうな存在で、失われるのを免れた存在だった。
〇城の会議室
明石青刻「どうか気にしないでください」
明石青刻「たまたま僕がそうだっただけだし、それは誰にだって起こり得ること」
明石青刻「例えば、玄人くんが死ぬ未来だってあり得た」
明石青刻「生者が死を回避するのはなかなか難しいですからね」
〇タクシーの後部座席
〇城の会議室
黒野すみれ「玄人さんは今、どうしているんですか?」
明石青刻「玄人くんなら彼女を迎えに行ってもらっています」
明石青刻「彼女は東刻氏の婚約者でしたからね」
黒野すみれ「東刻さんの・・・・・・」
〇風流な庭園
〇城の会議室
明石青刻「話が飛び飛びになってしまったんですが、春刻くん・・・・・・」
明石青刻「いや、明石春刻は死んだとも、死んでないとも言えるのです」
黒野すみれ「寿命を使い果たしたところで過去が確定されたけど、その前に禁則も破っているから?」
明石青刻「だから彼は「この世にいない」と言うのが1番正確なんでしょうね」
〇地下室
〇城の会議室
黒野すみれ「・・・・・・」
明石青刻「・・・・・・これから、どうしましょう」
黒野すみれ「どうする・・・・・・」
そうだ・・・・・・春刻の存在を確認する
その目的を果たした今、
私が無理にここにい続ける意味はない。
明石青刻「別に明石家としてはすみれさんの気が済むまでこちらにいらっしゃるのは構わないですが」
明石青刻「ご予定があれば、無理に引き留めて困らせるのは本意ではないってことです」
黒野すみれ「そう、ですよね・・・・・・」
私は少し悩んだが、
2、3日、お世話になることになった。
エマ「かしこまりました。すぐにご用意いたしますね」
エマさんにも話がいき、
私は明石家に留まることになった。
春刻がこの世に存在しないということを確認した今、すみれがこれからどう動いていくのか興味があります。続編があると思っていなかったので期待大です!