僕だけが(脚本)
〇雨の歓楽街
ホワイトクリスマスを望む都会の喧騒に、
機械的な雨が注いでいた
〇雨の歓楽街
クリスマスムードとは縁のない繁華街に映った申し訳程度の赤緑は、
同じく縁のない僕に、近付く聖夜とやらを知覚させた。
〇病室
看護師「あら、面会時間はもうあと少ないですよ」
「いいんです、立ち寄っただけですから。 すぐ帰ります」
看護師「そうですか」
看護師が去ると、
病室は世間から切り離されたように静かだった。
祖母「────今日は、調子が良い。 お前が誰か、すぐ分かった」
「そう、よかった」
祖母は癌に身体を侵され、
精神を認知症に侵されていることになっている。
だが先日、僕はたまたま祖母の書いた遺書を見つけてしまった。
──覚えている。なにもかも。
目的も、真意も分からないその嘘は、
僕の心を抱きしめて離さない。
静かな談笑の後、
僕は雨が弱まった空を睨みながら、
長めの上着を丁寧に着た。
祖母「気い付けて帰りいよ」
祖母「嘘は付かんと、 見たもん聞いたもん正直に言える人間で居れいや」
その言葉に
一瞬上着を羽織る手が止まったのは、
嘘をついているのはあんただとの思いによってでも、
自分の発見がばれているかもとの思いによってでもなく
それが自分でも驚くほど遺言に聞こえたからだった。
「うん、ありがとね」
その予感の答え合わせは、
偉そうに赤ペンを引っ提げて、
あっけなくやってきた。
〇病室
祖母の訃報を受けて飛んできた僕は、
乱雑に着た上着も脱がずにベッドから少し離れた所に立った。
母と姉が涙ながらに縋っていた祖母の穏やかな顔を見ても、
不思議と涙は出なかった。
──どれくらい経っただろうか
僕以後に病室に来た数人も含め、僕を最後尾にして病室を去ろうとしていた。
──トントン
看護師「これを、あなたにだけ渡せと」
僕以外は振り返らないような優しい声で、
彼女は小さな封筒をくれた。
「ありがとうございます。 ──今日まで」
看護師「いえ・・・」
彼女にとっては茶飯事であるはずの事が
そうは見えなかったのは、
きっと僕が都合の良い目で世間を見ているからだ。
そう言い聞かせて、
彼女の僅かな涙に自分が映る前に、
小走りで病室を出た。
〇葬儀場
母「最後にお見舞いに行った時にね、 あの人、ありがとうって言ってくれたのね。 多分あの時は、私が誰か分かってたと思うの」
涙ぐむ母が吐くお決まりのような台詞は、
全てを知る僕には違って聞こえる。
「本当に覚えてたんだよ」と。
結局あの日見た遺書は見つからず、
祖母の真実を知るのは僕だけだった。
僕だけが、僕だけが、祖母の真実を知る。
親戚「そうかもなあ」
親戚一同は、
認知症に苛まれて尚消えなかった
祖母の雄大な愛に涙していた。
僕だけが、僕だけが、その感情を知らない。
〇ビルの裏
外に出て1人、手渡された封筒を開くと、
「信じとるよ。全部任せる。」
「ごめんな、ごめん。 でもこのままが、皆が暖かいままでいれる」
本当の事を打ち明けるのを
祖母が望んでいたかは分からない。
だがそれをしてやれないことが、
ものすごく不義理な事のように
僕には感じられた。
だがそれでもこのままが、
このままでいることが、
全員を優しく抱きしめる大きなものを
否定しないで済むと思ったのだ。
僕だけが、知っている。
僕だけが、知らない。
「────ありがとう」
様々な感情の中で、主人公だけが違うものを見ていて、これもまた辛いのでは?と思いました。
おばあちゃんはそれを飲み込むことで、家族の平和を願ったのでしょうか。
自分とは何か、優しさとは何か、愛とは何か、生きてく上でのこういった感情は実は自分が一番わかってなかったりしますよね、読みながら、ふと我に返るそんな素敵な作品でした。
自分の中の様々な感情がじわじわと刺激されるような読後感です。大人になればなるほど、多種多様の”嘘”を使いこなさなければならないですが、できるだけ優しさ由来の嘘であれと思います。