あの日の桜(脚本)
〇田舎のバス停
あの日の桜
高校の卒業式まで、あと数日と迫ったいま、改めて考える。
卒業とはなんなのだろう。
小学校、中学校、高校と卒業してきて、何が変わるのだ?
こんな田舎であっても、きっと他の人と同じで。
通う場所が変わり、今の友達と徐々に疎遠になり、きっと、新しい友達が増えるのだろう。
それの繰り返しだ。
・・・・・・そう思っていた。
そう思っていたのに。
藤園ひかる(そうか、もう『卒業』はないのか・・・)
そんな事を、今更ながら思ってた。
いつものメンバーで遊び、いつもの帰り道。
池林麗衣は、少し遠くに住んでいるので、バス停まで送る。
これは、小学校からよくやってたことだった。
これも、何も変わらない事のひとつ・・・・・・。
池林麗衣「今日も楽しかったね!」
藤園ひかる「そうだね。ってか、みんな騒ぎ過ぎだし」
池林麗衣「ほんと、それ」
変な間があった。
そうか、卒業したら、もしかしたら、こんな時間もないのかもしれない。
池林麗衣「ひかるって、卒業したら就職なんだっけ?なんか板前さん?」
藤園ひかる「まぁね。 ほら、駅の近くにある大きな本屋の横に、のれんがある寿司屋あるでしょ。あの店で働くんだ」
藤園ひかる「高1からバイトしてるからね」
池林麗衣「あー。あの店。 ・・・あのお寿司屋さんって高いの?」
藤園ひかる「まぁ。 回転してるトコよりかは高いかな」
池林麗衣「そうだよね。 ・・・え、ってか、ひかるって、お寿司好きなんだっけ?」
藤園ひかる「んー。 どうだろ、ただ、バイトしてて、楽しかったのは事実」
池林麗衣「いいね。 楽しかったことが、仕事になるんだね」
藤園ひかる「・・・そうだね。 ははは。考えた事もなかったわ」
池林麗衣「ひかるって、そーゆーとこあるよね」
藤園ひかる「池林さんって、卒業したらどうすんの?」
池林麗衣「私は―――大学だよ」
藤園ひかる「へー、大学かぁ、考えた事もなかったな。そっか、池林さん、昔から勉強頑張ってたもんね」
池林麗衣「うん・・・・・・でも、まだやりたいことは分かってないんだ。それを探すために、大学って感じ」
藤園ひかる「そっか、そんな考え方もあるんだな」
池林麗衣「だから・・・ 卒業したら―――東京に行くんだ」
藤園ひかる「えっ!?」
そうか、ずっとこのままだなんて、誰が決めたんだろ。
自分で勝手に思い込んでただけだった。
誰だって、この土地にずっといるわけじゃないんだ。
大学だって、就職だって・・・少し考えたら当たり前のことじゃないか。
ボクは、なんで当たり前のように、この土地に就職することを選択したのだろう・・・。
なんで、池林さんは、ずっとボクの隣にいると思ってたんだろう。
・・・ずっと隣?
となりに・・・?
もう、会えない?
池林麗衣「今日みたいに、みんなで遊ぶのって、できなくなるのかな?」
もう、池林さんと、こんな会話することもできなくなるのか・・・
そんな言葉を飲み込んだ。
そうか、今頃気付いた。
ボク、池林さんのこと・・・。
池林麗衣「ちょっと、ひかる!聞いてる?」
藤園ひかる「えっ!?うん!聞いてる!ビックリしてた!」
池林麗衣「確かに、分かりやすく、ビックリしてたね」
そんな会話をしていると、バスが来る。
小学生の頃から、こんな状態だった・・・・・・バスが来たら、会話が終わり。
だから、今も会話は終わる――
―――はずだった。
池林麗衣「・・・次のにしようかな」
藤園ひかる「えっ・・・」
ボクたち二人をバス停に置いて、バスは走り出す。
池林麗衣「懐かしいね。こうやって、バスに乗らないの、昔は結構あったよね」
池林麗衣「ほら、中学のとき」
藤園ひかる「あったね。 池林さんが、少年ジャンプ読むため」
池林麗衣「そう。家に持って帰ると、お母さんに怒られちゃうから、」
池林麗衣「ここで、ひかるのジャンプ借りて、最後まで読む」
藤園ひかる「池林さん、読むの遅いから」
池林麗衣「でも、ひかるは、最後まで付き合ってくれてたね」
藤園ひかる「それは、ボクだって読み終わってないし、家に帰ってもすることないし」
藤園ひかる「・・・警察に怒られたこともあったよね」
池林麗衣「あった。あと、学校の人に見られて、噂になったこともあったよね」
池林麗衣「あの二人付き合ってるって」
藤園ひかる「あったなぁ」
池林麗衣「あの時、ひかるって、どういう気持ちだったの?」
藤園ひかる「えっ・・・あ、いや・・・えっと」
池林麗衣「私は、ちょっと恥ずかしかったけど、なんか不思議な気持ちだったかな」
池林麗衣「これで付き合ってる事になるなら、それも悪くないかもなって」
藤園ひかる「悪くないって・・・」
池林麗衣「ははは。まぁ、わかんないもんだねー」
藤園ひかる「そ、そうだね~」
今の流れで、言えたのかな?
それとも、このタイミングは違うのかな?
もしも、言ってたらどうなってた?
言えてない今、「もしも」なんてなんの意味もないのに、そんな事を考えてしまった。
もう、東京に行ってしまうキミに、自分の気持ちを言って、どんな結果になっても、それは自分だけが楽になるだけで、
この想いを告げる事に意味はないんだ。
だから、言うんだ。
深呼吸をして
―――言うんだ。
言うんだ。
藤園ひかる「ふぅー・・・」
池林麗衣「なに?その深呼吸」
藤園ひかる「あのさ・・・池林さん」
池林麗衣「・・・はい」
藤園ひかる「頑張れ。応援してる!」
池林麗衣「・・・うん」
藤園ひかる「頑張れ!」
池林麗衣「うん」
頑張れてないのは、きっとボクだ。
笑顔で言えてるだろうか?
これでいいんだ。
カッコつけかもしれないけど、きっとこれでいいんだ。
〇田舎のバス停
それから、ボクは必死に、懐かしい話を続け、やがて、寿司屋で働いて、いつかお店を出す夢を語った。
そんなこと、そんな夢、本当は一度も考えた事もないのに、必死に、必死に、夢を語った。
そうしないと、他の言葉が出てきそうになる。
でも、この時間を終わりにしたくない。
終わりにならないように、何度も、何度も言葉を続けた。
気付けば最終のバスがやってきた。
藤園ひかる「あ・・・」
池林麗衣「終バス・・・来ちゃったね」
藤園ひかる「うん」
池林麗衣「高校生になってさ、バス停で遅くまで話す機会も減ったけど、」
池林麗衣「今日、なんか話せなかった分の、ひかるの声を聞いた気がするよ」
藤園ひかる「うん」
池林麗衣「あー。楽しかったね」
藤園ひかる「うん」
池林麗衣「だから―――」
池林麗衣「―――ひかるも―――」
池林麗衣「―――頑張れ!」
バスの扉が閉まる音が聞こえて、ボクは瞼をあけた。
そこには、笑顔の池林さんがいた。
ボクは、その笑顔に、笑顔で返したけど―――
自然と涙が溢れた・・・。
そして、バスは出発する。
こんなボクたちの事など気にすることなく・・・。
藤園ひかる「池林さん・・・池林麗衣さん・・・麗衣さん・・・」
最後まで呼べなかった名前。
最後のキミの言葉を瞼を閉じて、耳を傾けたのは、その声を記憶の中に残そうと必死だったから。
溢れる涙で滲んだ視線の先には、桜が綺麗に咲いていた。
まだ散る時ではないが、花びらは少しずつ落ちていく。
小学生からの長い春だった・・・・・・。
あの桜は、季節が過ぎれば散るのだろう。
でも、ボクの桜は、小学生から高校を卒業する今まで、咲き続けていたんだ。
そして、ようやく散る時が来た。
どんなに好きでいても、季節が過ぎれば、きっとあっという間に散りゆくのだろう。
藤園ひかる「だけど、ボクの桜よ・・・」
藤園ひかる「どうか、どうか、ゆっくりと散ってくれ」
藤園ひかる「風に吹かれ、空に舞い上がり、ゆっくりと、ひらひらと落ちて、散ってくれ」
藤園ひかる「名残惜しく・・・・・・ゆっくり、ゆっくりと」
おわり
2人のこれまでの時間、そしてひかるクンの感情、とっても精緻でリアリティ溢れますね。このもどかしさ、とても心に響きますね。
きっと両思いだと思うのに、お互い想いを伝えられないあたりがもどかしくて、ドキドキしますね🥰
卒業式が寂しいと思える学校生活を送れたことがうらやましいです😚
桜は毎年咲くけれど、目の前の桜は一度散ったら二度と戻らない。一つまた一つとバスを見送ってバス停で話し込む二人の姿に、そんな桜のように儚くも切ない青春の全てが詰まっているようで胸が締め付けられました。