12.確率に過去を変える力はない:後編(脚本)
〇学校の部室
乾 幹太「それなのに、あとから確率が変動するって、なんか変じゃないですか?」
犬飼 レン子「よく気づいたわね」
犬飼 レン子「この『3囚人のジレンマ』は、そういう勘違いのパラドックスなの」
犬飼 レン子「自分が感じる確率と、実際の確実が異なる矛盾」
乾 幹太「じゃ、じゃあやっぱり・・・?」
犬飼 レン子「さっき幹太は、惜しいところまで行ったわよ」
犬飼 レン子「実際に確率が変動する例を考えてみれば、よりわかりやすいと思うわ」
ギャル子「そ、それはあたしたちにもわかるレベルっスか~?」
犬飼 レン子「手伝ってくれれば、わかるわよ」
ギャル子「手伝うっス!」
犬飼 レン子「じゃあ3人、立ってそこに並んで」
石橋 仁「仕方ねーな・・・」
犬飼 レン子「この状態で、誰を助けるかクジで決めるとする」
犬飼 レン子「助かる確率は?」
乾 幹太「3人のうちひとりが助かるんだから、3分の1ですよね」
犬飼 レン子「そうね」
犬飼 レン子「じゃあ次、すでに処刑が決まったギャル子はこっちに来て」
ギャル子「うー・・・」
犬飼 レン子「この状態で、誰を助けるかクジで決めるとする」
犬飼 レン子「助かる確率は?」
石橋 仁「これは俺でもわかるぞ!」
石橋 仁「どっちかなんだから、2分の1だろ?」
犬飼 レン子「そうね」
犬飼 レン子「――でも、実際はこのクジ引き自体が存在しないのよ」
乾 幹太「あっ!?」
乾 幹太(そうだ、別に改めてクジ引きがなされるわけじゃないのに、なぜかそういう考えかたをしてた・・・)
乾 幹太「クジ引きはもう終わってるんだから、ここでの確率なんて無意味なのか・・・」
石橋 仁「ハァ? なんでそうなる?」
ギャル子「あたしもついていけないっス・・・」
犬飼 レン子「じゃあギャル子、また戻って」
ギャル子「処刑回避っスか!?」
犬飼 レン子「違うわ」
ギャル子「ぐぅ・・・」
再び並ぶ、囚人3人。
犬飼 レン子「さっきは、わかりやすさを優先してありえない順番で動いてもらったけれど、今度はそのまま行くわね」
レン子先輩はエアくじ引きをした。
犬飼 レン子「ふむ・・・今回処刑を免れるのは、幹太ね」
乾 幹太「あ、僕ですか?」
乾 幹太(実際にはくじ引きなんてしてないけど、選んでもらえてちょっと嬉しい・・・)
ギャル子「じゃあ、処刑されるバシ先輩とあたしは、レンちゃんの後ろっスね!」
犬飼 レン子「移動は必要ないわ」
犬飼 レン子「もう終わったから」
ギャル子「へ? どういうことっス?」
石橋 仁「俺はなんとなくわかったぞっ」
石橋 仁「さっきは、クジ引きの前に処刑が確定しているギャル子が抜けたけど」
石橋 仁「実際はクジ引きとギャル子の処刑決定は同時なんだよな?」
犬飼 レン子「正解」
犬飼 レン子「今日は冴えてるわね、飼い主」
石橋 仁「フン、視覚でわかりやすく説明してもらえれば、俺だってこれくらいは、な」
犬飼 レン子「今飼い主が言ったように、すべての決定は同時に行われた、すでに過去のことなの」
ギャル子「すべての決定・・・っスか?」
犬飼 レン子「具体的に言うと、生き残るのが幹太で、飼い主とギャル子は処刑される、という決定よ」
ギャル子「そこは変わらないんスね・・・」
乾 幹太「よ、よかったら代わろうか?」
犬飼 レン子「話がややこしくなるから、やめて幹太」
乾 幹太「ハイ・・・」
乾 幹太(また気づかいが裏目に・・・)
犬飼 レン子「話を戻すと、3分の1の確率で、幹太は生き残ることがもう決定している」
犬飼 レン子「その状態で『処刑されるひとりはギャル子だ』という情報を得たとしても、確率は変動しない」
犬飼 レン子「過去は覆らない」
乾 幹太「そうですね」
乾 幹太「僕はただ、結果を確認しただけにすぎない・・・」
乾 幹太(それなのに、なぜか生き残る確率が増えたと勘違いして、ぬか喜びしてしまった・・・)
石橋 仁「うーん・・・理屈はわかったが、でもやっぱりなんか納得いかねぇのはなんでだ!?」
犬飼 レン子「前言撤回」
犬飼 レン子「やっぱり冴えてないわね、飼い主」
石橋 仁「く・・・っ」
乾 幹太「まあでも、だからパラドックスなんですもんね、この話は」
犬飼 レン子「そういうことよ」
ギャル子「うう、あたしはすっかり置いてけぼりっス~」
嘆くギャル子に、レン子先輩は──
犬飼 レン子「もっとわかりやすい話をしてあげましょう」
犬飼 レン子「これは『ギャンブラーの誤謬』という有名な勘違いのパラドックスよ」
ギャル子「ごびゅー? ってなんスか?」
乾 幹太「間違い・・・という意味ですよね」
犬飼 レン子「そう」
犬飼 レン子「私がこの10円玉を5回投げて、5回とも表が出たとする」
犬飼 レン子「じゃあ、次に投げたとき表が出る確率は?」
石橋 仁「うーん・・・5回連続で表が出ただけで、もうすでに相当低い確率だよな?」
ギャル子「そうっスよね・・・とにかく低い確率であることだけは、確かな気がするっス」
乾 幹太(ああ、もう罠にハマってる・・・)
犬飼 レン子「ちなみに、幹太はわかる?」
乾 幹太「・・・わかります」
乾 幹太(レン子先輩が言っていた「過去は覆らない」という言葉のとおりだ)
乾 幹太(先にもう決定してしまっている確率を覆すことはできない・・・)
乾 幹太(この10円玉の場合は、すでに決定してしまっている確率=10円玉の表が出る確率、と言える)
乾 幹太「10円玉の表が出る確率は、今までの結果がどうであれ、常に2分の1・・・ですよね?」
乾 幹太「10円玉には、表と裏しかないんだから」
犬飼 レン子「正解」
石橋 仁「ハァ!? なんだそれ」
ギャル子「ちょっとズルくないっスか~?」
犬飼 レン子「私が聞いたのは『6回連続で表が出る確率』ではなく『次に表が出る確率』よ」
犬飼 レン子「似ているようでかなりの違いがあるわ」
犬飼 レン子「でもみんなそれに騙されて、正しい判断を見失う」
乾 幹太(僕だってきっと、事前に『3囚人のジレンマ』の話を聞いていなければ、騙されていた・・・)
犬飼 レン子「過去に決定された確率を覆す力は、未来にない」
犬飼 レン子「同時に、過去に弾き出された確率が、未来に影響することもない」
犬飼 レン子「そんな事実にパラドックスを感じてしまうのは、私たちの時間は過去から未来へずっと続いているから──」
犬飼 レン子「なのかもしれないわね」
そう告げるレン子先輩の表情は、どこか淋しそうで。
気の利かない僕は、なにも応えられなかった。
幹太くん、どんどんとレン子さんに調教…もとい…薫陶の賜物で、論理的思考のレベルが上がってますね!そして、レン子さんのパーソナルな部分にもそろそろ焦点が…と感じさせてくれるラストですね