エピソード3:逢瀬(脚本)
〇風流な庭園
叔母の家の庭には立派な池がある。
池には鯉が五匹いるそうだが、いつも四匹しか見つけられない。
餌でおびき寄せても、這い上がって来るのは四匹だけだ。
「おばちゃん、鯉が一匹いないよ」
ポロポロと手からこぼれる餌を下で待ち構える四つの口が、パクパクと食らい尽くす。
「おばちゃあん」
???「はいはい」
縁側で様子を見ていた叔母が駆け寄る。
「おばちゃん、一匹いないよ。みんなに食べられちゃう」
叔母「そうねぇ」
「食べられない子がかわいそうだよ」
手の中の餌がすべてこぼれ落ちる。
餌がなくなっても鯉たちはバタバタと暴れていたが、しばらくすると落ち着きを取り戻して、各々好きなように泳ぎだした。
「本当は四匹なんじゃないの?」
叔母「いんえ、そこにいるのよ」
「どこぉ?」
叔母「そこの岩の下にね、ほら、いるでしょう」
叔母の指差す岩の下を覗くと、陰から僅かにはみ出たヒレがひらひらと動いている。
他の四匹はそこらを泳いでいるので、紛れもなくそれが五匹目なのだとわかった。
「いつもあそこにいるの?」
叔母「そうねぇ、時々お池をぐるりと回ってみたりするのだけどね、あの子は夜にならんと近くでは見れんね」
「夜なら来てくれる?」
叔母「来てはくれないねぇ」
「ごはん食べないの?」
叔母「ごはんもね、大事な夜じゃないと食べないの」
「大事な夜?」
叔母「そう、あの子はね、夜にだけ来てくれるお客さんを待っているのよ」
「それが大事な夜なの」と叔母は微笑んだ。
「今日は?今日は大事な夜?」
叔母「そうねぇ、今日は大事な夜ね」
「じゃあ、今日の夜ここに来てもいい?」
叔母「遅くなるから、お母さんに連絡して泊まれるよう聞いてみようか」
「うん!」
そうして叔母は家の中へ戻っていき、母に連絡を取って、泊まれるようお願いしてくれた。
夜までは長いので、それまで池で見張っている必要はないと言われたが
五匹目の鯉が動き出すのが楽しみで、夜になるまでずっと池を眺めていた。
〇風流な庭園
辺りがすっかり暗くなり、空に星が浮かんだ頃だった。
「あっ!」
五匹目の鯉がゆっくりと旋回して、岩の下から出てきた。
「おばちゃん、鯉出てきた!」
叔母「はいはい」
丁度それくらいの時間だとわかっていたのか、叔母はすぐさま来てくれた。
「おばちゃん、ごはんあげたい」
叔母「はいね、ちょっとお待ちよ」
そう言って叔母は鯉の餌を持ったが、渡してはくれない。
「はやく、はやく」
叔母「お待ちよ。この子にはあげ方があるからね それ、池に月が映っているでしょう」
叔母が水面を指差す。
丸い月が、鯉の遊泳で作られた波に揺られていた。
叔母「さて、空を見上げてみなさいな」
促されるまま上を向くと、暗い空には星が瞬いている。
叔母「お月さんはいらっしゃるかしら」
「ううん、どこにもいない」
星は幾つも見つかるが、水面に映る月は空のどこにも見当たらない。
叔母「このお月さんはね、まだここからじゃ見えないところにいるの でも、この子に会うために、空より早く来てくれるのよ」
「じゃあ、お月様がお客さんなんだね」
叔母「そうよぉ。この子もね、お月さんが来るのを待っていたの ほれ、見てみなさいな」
一匹の鯉が月に寄り添って泳いでいる。
その鯉は、月の周りをくるりと回ったり、月の真ん中を潜って顔を出してみたりしている。
月も鯉を優しく迎えるかのように揺れて、その光は鯉を包み、撫でているかのようだった。
叔母「この子のごはんはね、このお月さんからじゃないと食べないの」
叔母が水面に映る月に餌を落とすと、傍にいるその鯉がパクリと食べた。
叔母「やってみる?」
「うん!」
叔母「投げちゃ駄目よ お月さんを揺らさないようにそっとね」
水面の月にポチャリと餌を落とす。
するとまた、鯉がパクリとその餌を食べた。
昼間とは真逆で、他の四匹はまったく上がってこない。
叔母「ごはんをあげたら、部屋に戻りましょうね 夜しか会えんお客さんですから、一緒にいさせてやりましょう」
鯉の餌をあげ終えてからは、縁側で池を眺めた。
あまり良く見えなかったが、空の月が追い付いても、追い越しても、池の月はいつまでも同じところにあったように見えた。
眠くなり布団に潜って朝を迎えると、池には四匹の鯉が泳いでいて、月はどこにもなくなっていた。
〇風流な庭園
それから数年が経ち、鯉たちは寿命を迎えた。
一匹、また一匹と池からいなくなり、最後に残ったのはあの五匹目の鯉だったという。
五匹目の鯉は、月のない朔日に、水面に映った満月の中で亡くなっていたそうだ。
その日から、あの池に月の姿が映ることはなくなったらしい。
相変わらず空を見上げれば月はあるが、月と鯉は共に逝ったのだろうと思う。
夜の池、そして池に映る月、とても趣きのあるシーンに囚われてしまいそうでした。そして、そのシーンにのみ姿を現す鯉、その正体とは、、、
素敵なお話でした☺️
ほとんど文字だけで月夜の情景を描くセンスがすごいですね🌙