エピソード6(脚本)
〇学校の校舎
「こんな話を知ってるかい?」
〇学校の廊下
薬師寺廉太郎「萬屋(よろずや)高校では、入学時と卒業時の生徒の人数が絶対に合わないんだ」
茶村和成「・・・?」
薬師寺廉太郎「もちろん中退や転校、留年は除いてだよ」
薬師寺廉太郎「毎回、卒業時に気づくんだ。 「あれ? 数が合わないな?」って」
薬師寺廉太郎「——なぜかいつも、数人減ってる」
茶村和成「・・・・・・」
薬師寺廉太郎「でもそれは数字上の話で、名簿を確認してみても誰もいなくなってなんかないんだ」
薬師寺廉太郎「だから毎年とくに問題にはならない。 不思議だね、・・・それでおしまい」
茶村和成「・・・奇妙な話だな」
薬師寺廉太郎「これも怪異が関わってるからね」
薬師寺廉太郎「本校舎の理科棟の生物室前にある全身鏡、見たことある?」
茶村和成「ああ・・・あれか」
〇鏡のある廊下
廊下の突き当たりに、ぽつんと設置されている大きな鏡。
たまに授業で生物室を使うときに目にするくらいだが、存在は知っている。
〇学校の廊下
薬師寺廉太郎「この鏡が怪異の正体。通称「異世界鏡」」
薬師寺廉太郎「こいつはね、人を喰う」
茶村和成「人を・・・喰う・・・?」
薬師寺廉太郎「鏡面世界という名の自分の腹の中に、人を引き込んで閉じ込めるんだ」
薬師寺廉太郎「いなくなった生徒の謎の答えはこれだよ」
薬師寺廉太郎「その人という概念が、世界から消滅するため誰も気づけない」
薬師寺廉太郎「親も親友も恋人も」
乾いた喉に、唾液を流し込む。
薬師寺は腕を組み困ったように目を伏せた。
薬師寺廉太郎「どうにかしたいんだけど、警戒心が強いのか、俺のことは引き込んでくれないんだなぁ」
薬師寺廉太郎「だから茶村、ちょっと行ってきてよ」
あっけらかんとした薬師寺の言葉に、俺は呆気(あっけ)にとられた。
行ってきてって、どこに? その異世界鏡とやらの中にか?
茶村和成「いや、いやいやいや。 話聞いた感じだと、俺消えるよな!?」
茶村和成「つまりお前も俺がいなくなったことに気づかないんじゃないのか!?」
薬師寺廉太郎「それは大丈夫。俺はこの世にいながらこの世の理(ことわり)から外れた存在だからね」
茶村和成「は?」
薬師寺が懐(ふところ)から小さな狐のストラップを取り出す。
薬師寺の持っている狐のお面とそっくりの狐は、表情は分かりにくいもののかわいらしいデザインだ。
薬師寺は握手をするように俺の手を包み、それを握らせた。
茶村和成「そもそもなんで俺なんだよ・・・」
薬師寺廉太郎「・・・なんでって、そんなの」
ぼやいた俺に、薬師寺は言う。
薬師寺廉太郎「怪異にとって茶村は、目の前にいたら手を伸ばさずにはいられない」
薬師寺廉太郎「極上の餌だからよ」
ふっと伸ばされた薬師寺の手が頰に触れ、身体(からだ)が硬直した。
薬師寺の底冷えするような微笑みに、ひゅっと息を呑(の)む。
茶村和成「・・・餌って、なんだよ」
やっとのことで捻(ひね)り出した声は、ひどく掠(かす)れていた。
薬師寺廉太郎「ひゃひゃ、なんちゃって」
薬師寺の表情が緩むと同時に、背中に生温い水を垂らされたような気味の悪い感覚も消える。
薬師寺は俺の言葉にとくに返事もせず、くるりと踵(きびす)を返して、肩越しに手を振った。
薬師寺廉太郎「また放課後、茶村の教室まで迎えに行くねぇ」
茶村和成「・・・分かった」
小さくなっていく薬師寺の背中から目を離さないでいると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
・・・俺も教室に戻ろう。
ストラップをポケットに突っ込んで、薬師寺が消えていったのと同じ方向に、俺も歩き出した。
〇鏡のある廊下
そして今。
俺は一人、生物室の前の廊下に立っていた。
なんとなく心細くなって、ストラップを握る手に力を込めた。
窓の外では夕焼け空に雲がたなびいている。
薬師寺いわく、俺はただ鏡の前に立っていればいいらしい。
改めて鏡を見つめてみる。
が、特に変わったところはない。
ふと、鏡の中の自分と目が合った。
茶村和成「・・・・・・」
いつもと同じ自分が映っているはずなのに、どことなく不気味さを感じる。
昼間の薬師寺の話が、頭に残っているからだろう。
茶村和成「人を喰う、ね・・・」
こうやって考えてみると、いかにも都市伝説、といった話だ。
テケテケの件があったからこそ、多少信じてはいるものの、正直今も半信半疑なところがある。
茶村和成「・・・何にせよ、鏡なんだし割ればどうにかなるんじゃないのか?」
そっと鏡面に触れてみる。
——そのとき。
茶村和成「うわっ!?」
鏡の内側から、無数の腕が飛び出してきた。
青白い腕が身体に絡みつく。
咄嗟に振り払おうとするも、ひとつひとつの細腕からは予想もつかないほど力が強い。
茶村和成「・・・ッ!」
なんとか逃れようと身体をよじる。しかし、もがけばもがくほど腕は複雑にまとわりついていた。
ぐい、と一際(ひときわ)俺を掴む力が強くなる。
その拍子に、踏ん張っていた足から力が抜け、思いっきり鏡面へと身体が傾いた。
茶村和成「な、!?」
〇黒
そしてそのまま、俺は鏡の中へと吸い込まれていった。
〇鏡のある廊下
ん・・・。
頰に当たる冷たいコンクリートの感触に目を覚ます。
茶村和成「・・・・・・」
身体を起こすと、目の前にあの鏡があった。
茶村和成「わっ・・・」
気を失う直前の出来事を思い出し、飛びのくように後ろに下がる。
さっきのは一体なんだったんだ?
あまりに現実離れした出来事に、記憶を疑ってしまう。
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