トナカイの相棒

偶数八

読切(脚本)

トナカイの相棒

偶数八

今すぐ読む

トナカイの相棒
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇商店街
  クリスマスということで、商店街はいつもより繁盛しているようだった。
  サンタクロースの可愛らしい小さな置物やキラキラと光るオーナメントがこの商店街にとっても似合っている。
  私は、小さな手に紙切れを握りしめて商店街の抽選会場へと向かった。その日は、クリスマス特別イベントの抽選会が行われていた。

〇モールの休憩所
  欲しかったゲームのカセットが景品になっていたことで、私はこの抽選会をとても期待していた。
  ところが、私の直前に並んでいた女性がゲームのカセットを当ててしまったことで、私の期待は儚くも消え去ってしまった。

〇商店街
  サラダ油、ティッシュペーパー、掃除機・・・。他には欲しい景品もなく、結局のところ私は抽選会に参加せず引き返してしまった。
  やっぱり抽選券は母に渡せばよかった。私は少し後悔しながらも、今さら戻って抽選会に参加する気にもならず手持無沙汰に歩いた。
  そして、潰れたおもちゃ屋の前を通りかかったとき、トナカイの不気味な置物と目があった。
  このおもちゃ屋はずいぶん前に潰れてしまったのだが、店主はクリスマスだけには飾りを表に出していた。
  ?「ぼっちゃん」
  ふいに声をかけられて私はあたりを見渡したが、声の主と見られる人物は見当たらなかった。
  「まさか」
  私が訝しげに見つめるとトナカイの置物は軽く振動した。
  「そのまさかです」
  トナカイの声は落ち着いた男性の声で不釣り合いに感じた。不思議と私には怖いという気持ちはなかった。
  トナカイ「ぼっちゃん。ぼっちゃんは欲しいものがあるのでしょう?」
  「・・・欲しいもの。ゲームのカセットのこと?」
  問いかける私にトナカイが笑った。
  トナカイ「ええ。そうです。私の力で、あなたにゲームのカセットが当たるようにしてあげましょう」
  「でも、ゲームのカセットは既に前の人が当てたから・・・・・・」
  トナカイ「私の力で時間を巻き戻して差し上げましょう。その前の人より先に抽選をすればゲームのカセットが当たるはずですよ」
  トナカイの話を私は訝しく思った。トナカイは自信満々に言うが、そんな話が本当にあるものだろうか。
  第一、抽選はクジ形式で小さな紙の束から一つ選ぶというものだ。前の人が引いたクジがどれだか分からないと意味がない。
  トナカイ「まあ。信じてみてください。それでは、時間を巻き戻しますよ」

〇水の中
  トナカイがそう言うと、視界がぐらりと揺れた。トナカイの残像がぐるぐると目の中で回る。

〇商店街
  気が付くと私は、商店街の入り口に立っていた。手には抽選権が握られている。
  急がなきゃ。
  私は急ぎ足で抽選会場に向かった。途中、見覚えのある女性を追い越した。
  この人は確か、自分の前にクジを引いていた人だ。

〇モールの休憩所
  私は、抽選会場につくと抽選券を係の青年に渡した。
  青年「はい。一回ね」
  私は頷き、クジを選ぼうとした。そのとき、ふいに掌が温かくなって一枚のクジが貼りついた。
  青年「おっ。これにするかい」
  青年がそう言って、私の代わりにクジをめくってくれた。
  青年「・・・おめでとう! 特別賞のゲームカセットだよ」
  青年がお祝いの声と共にベルを流し、私の心は喜びに満ち溢れた。
  なんてことだろう。トナカイの言ったことは本当だったのだ。

〇商店街
  私はゲームカセットの入った袋を持って抽選会場を後にした。ホクホクした気持ちでいると私の横を小さな男の子が駆けて行った。
  男の子「お母さん・・・!ゲームのカセットはもう出ないよ」
  男の子の哀しそうな声が聞こえる。男の子が話しかけていたのは、先程に私がすれ違った女性だった。
  私はハッとして袋を握りしめた。
  このカセットはあの女性の手に、そしてあの男の子の手に渡るはずだったのだ・・・。
  私は、ほんの少し躊躇した後、二人に駆け寄った。
  「あの、これ、よかったら」
  緊張しながらも、ゲームのカセットが入った袋を差し出す。
  男の子「あっ。この人だよ。ゲームのカセットを当てたお兄ちゃん!」
  男の子がそう言うと、母親が目を丸くした。
  男の子の母親「これ、ゲームのカセットじゃないですか・・・・・・。お気持ちは嬉しいけど、いただけませんわ」
  母親の声に男の子が悲しそうに俯く。私は男の子を励まそうと、もう一度、袋を差し出した。
  「いいえ。いいんです。今日はクリスマスですから」
  男の子「お兄ちゃんありがとう・・・!」
  男の子の笑顔を見て、私は嬉しくなった。

〇西洋風の部屋
  ・・・。というのが、私がサンタクロースにスカウトされたあらましなのだ。
  あのトナカイはばれないように適性検査を行っていた。今では、あのトナカイは私の相棒になっている。

コメント

  • ほっこりする温かい物語でした。少年がゲームを男の子にあげたのは自分の気持ちがそうさせたのでしょう。トナカイはこうなることを予想していたんでしょうか?

  • 心が温まるいいお話しで心穏やかに最後まで読ませて頂きました。子どもに夢を与えて上げれるのって素敵ですよね、楽しいストーリーでした。

  • 読みごたえのある文章で、ラストまでうっかりタイトルを忘れていました。「私」という一人称の響きが、女の子かな?→成人男性か〜→サンタさんだ!という風に頭の中で変わっていくのが面白かったです。クリスマスの美味しいお菓子のCMに採用されてほしいような、暖かくて落ち着いた、魅力的な雰囲気を感じました。

コメントをもっと見る(5件)

成分キーワード

ページTOPへ