Sparking Carats!

西園寺マキア

第9章 離れゆく思い(脚本)

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西園寺マキア

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〇舞台袖
ゆづき「はるか、大丈夫?」
  舞台裏に移動する頃にもなると、もはや舞台に上がりたくないとさえ思うようになってしまっていた。
  心配そうなゆづきの声も、はるかには全く届いていない。
さくら「次が私たちの出番だ・・・どうしよう」
ゆき「・・・」

〇大劇場の舞台
  舞台袖からは、ステージで踊る出場者の姿がよく見えた。
  曲はサビに差し掛かり、彼女たちのダンスもより激しくなってくる。
  ビシビシと伝わるのは、他人事ではない、生の緊張感──

〇舞台袖
ゆき「聞いて!」
  突然ゆきが大声を出したので、三人は振り向いた。
ゆき「「本気で」やるのよね? 「本気で」勝ちに行くのよね?」
  ゆきが念を押すように聞いた。
ゆづき「それは・・・そうだけど・・・」
  ゆづきが細い声でそう答えた。
  ゆきは相変わらず決然とした瞳で三人を見上げている。
ゆき「・・・」
  少し呼吸を置いた後、ゆきは何かを決意したように口を開いた。
ゆき「はるか、センターを降りて」
  ゆきの突然の宣告に、はるかは頭が真っ白になった。
はるか「・・・・・・降りる・・・?」
ゆき「そうよ、本気で勝ちに行くんでしょう?」
  はるかは何も答えられなかった。

〇中庭
  勝ちに行く。そのつもりでこの数ヶ月を過ごしてきた。

〇劇場の座席
  「本気で」アイドルと向き合う、と言ったのは自分自身だ・・・

〇黒背景
  それなのに、今の自分はどうだ。
  そこにあったはずの小さな「覚悟」は惨めにも踏み潰され、今はステージに上がりたくないとさえ思っている。
  それならば・・・もういっそ・・・

〇舞台袖
はるか「・・・わかった、ゆきの言う通りにする」
ゆづき「ええっ?!」
  舞台上の曲がアウトロに差し掛かった。
  ゆづきの驚いた声が舞台裏にこだまする。
ゆき「かわりにさくらが入って。 振りも歌い分けも、全部変えて」
  アウトロが終わる。
  もうすぐ出番だ。
ゆき「gladiolusに勝つためよ、さあ」
  ゆきが三人の背中を押した。
  客席から拍手が聞こえる。
  三人はスタッフに促されるまま、ステージ上へと足を踏み入れた。

〇劇場の舞台
アナウンス「エントリーナンバー26番、「Happy♡Parade」──」
  アナウンスがホールにこだまする。
  「だぁれ?」という子供の声が聞こえた。
  スポットライトが点灯する「ガコン」という音。
  それと同時に、スピーカーからイントロが流れ始めた。

〇劇場の舞台
さくら「銀河を、ながれゆく・・・ッ」
  さくらの不安そうな歌声が響く。
  動揺したのだろう、ゆづきのターンミスを目の端で捉えた。
  どうしよう。
  次の小節になるとソロだ。
  目の前がさらに白くなっていく。
  さくらが後ろにステップを踏んだ。
  合わせて一歩前に出る。
  その瞬間、前方の客席で観客が退屈そうに首を振るのが見えた。

〇オフィスの廊下
あやか「・・・・・・「楽しい」ステージになることを期待してるわ」

〇劇場の舞台
  つまらないんだ。
  私たちのステージはつまらない。
  「楽しい」と思って見てくれる人なんか、ここには一人もいないんだ・・・
はるか「運命は──」
  口が渇く。
  歌い始めてしまった。
  もうどうにもならない。
はるか「私たち──で──」
  音程が外れた。
  もう元の音階がどこだったか思い出せない。

〇黒背景
  どうしよう。
  どうしよう。
  どうしよう。
  冷や汗が舞台上に落ちる。
はるか「刻む──ッ!?」
  汗で濡れた床を踏んだ。
  一瞬で体感が崩れる。
  体勢を立て直そうと、片方の足を無理に蹴り上げた。
  体が宙に浮いた。
  遠くで、スポットライトの光が見える。

〇黒背景

〇病室(椅子無し)
はるか「はッ!!!」
  次の瞬間、はるかは病室にいた。
  頭の後ろの方がひどくズキズキする。
ゆづき「あれっ、もう起きる?」
  ベッドの横で、ゆづきとさくらがあくびをしている。
はるか「私さっきまで・・・大会は・・・?」
  はるかの最後の記憶は、ステップでミスして宙を仰いだ瞬間だ。
  その後のことは思い出せない。
さくら「えっ・・・終わったじゃん」
  さくらが「まるで奇妙だ」というような声を出した。
はるか「ごめん、転んだ後のこと、あんまり思い出せない・・・」
ゆづき「記憶の混濁があるかもしれないって、先生言ってたでしょ」
  ゆづきがさくらを諫めるように言った。
ゆづき「大会は終わったの・・・私たちは失格」

〇劇場の舞台
ゆづき「大会はもちろん・・・gladiolusが優勝した」

〇病室(椅子無し)
はるか「そっか・・・そうだよね・・・」
  確かに優勝を逃したことは悲しいことだ。
  それに失格だったなら、講評もつかないだろう。
  だがそこまでショックではなかった。
  冷静になれば、あれほどのチームに初陣で勝てる見込みがないことなどすぐにわかる。
  今のはるかにとって、優勝を逃したショックなど小さな感情に過ぎなかった。
  今はただ、あの舞台上から逃れられた安堵でいっぱいだ────
さくら「──でも大丈夫、次の大会こそ優勝できるよ」
ゆづき「うん、まだ私たち、負けたわけじゃないもの・・・ もっと練習して、次の大会に臨めば・・・」
  何も言わないはるかを見て、2人は慰めるようにそう言った。
  言葉に熱意が篭っているのを感じる。

〇草原の道
  ああそうだ。
  もう2人は前を向いて、次に向かって歩き出そうとしているのだ。

〇黒背景
  だがはるかはもう、前を向くことが怖くなってしまっていた。
  gladiolusのリーダーの言葉・・・
  本番前に聞いた「だぁれ?」という声・・・
  退屈そうな観客の顔・・・
  全てが頭の中でこだましていた。
  この先どれだけ練習したって、余計惨めな思いをするだけだ──そう思わずにはいられなかった。
  だが、こんな気持ちは誰にも言うべきではない・・・
  少なくとも、他の三人が前を向いている限り──

〇病室(椅子無し)
はるか「・・・三人」
  はるかは申し訳ない気持ちになって、二人から目をそらした。
  そしてようやく違和感に気がついた。
はるか「あれっ、ゆきは?」
  はるかがそう言うと、ゆづきはバツの悪そうな顔をした。
ゆづき「えっと・・・ゆきちゃんは・・・」
  ゆづきが言葉に詰まっているのを見て、さくらがさらっと言い放った。
さくら「・・・ゆきはもう来ないかもね」

次のエピソード:第10章 錯乱

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