第一話 雨とタバコ(脚本)
〇屋敷の書斎
今年の夏は
いつも以上に雨が降っていた
友川 亜希「圭さん、 コーヒー作ってきたよ」
田川 圭「ありがとう、亜希」
彼女は
俺の右腕として働いてくれている
彼女は目が見えない。
だが⋯
田川 圭「さすがに雨ばかりは嫌になるな」
友川 亜希「私、雨の匂いって大好きですよ」
田川 圭「今、雨以外にどんな香りがする?」
友川 亜希「暖かくて お母さんが近くにいるみたいな 懐かしい感じがします」
俺たちは
依頼人が欲しい匂いを
作るのが仕事
「香水屋」だ。
そして、
亜希には不思議な力があった
友川 亜希「・・・今からお客さんが来ますよ」
妊婦のお客「すみません~ 香水屋さんってここであってますか?」
いつも不思議なことが起きる
亜希が感じる匂いと
似たような雰囲気の客がくる
友川 亜希「あっ、お客さんですか・・・? 今、コーヒー出しますので 座ってお待ちくださいね」
田川 圭「たしかに、 ここは「香水屋」ですよ」
妊婦のお客「昔、 使っていた匂いが懐かしくて 作ってほしくて来たんです」
友川 亜希「コーヒーお待たせしました! はい、どうぞ」
妊婦のお客「あ、ありがとうございます」
田川 圭「その香りがどんな感じだったか 教えてもらえますか?」
妊婦のお客「えっと・・」
友川 亜希「失礼ですが、 お客さんって妊婦さんですか? 歩き方の足音がそうかなぁと思って」
妊婦のお客「えっ?? そ、そうですけど・・・」
友川 亜希「お腹の赤ちゃんの音 聞かせてもらったらダメですか?」
田川 圭「お、おい!亜希! お客さんに失礼じゃないか!」
妊婦のお客「べつに構わないですよ」
友川 亜希「嬉しいなぁ 私、赤ちゃんの胎動を 1度でいいから 聞いてみたかったんです」
田川 圭「お、おい・・・!」
友川 亜希「じゃあ、ちょっと失礼しますね」
亜希はそっと妊婦のお腹に
顔を当てると目を閉じていた
まるで何かを感じ取るかのように
うなづいてるように見えた
友川 亜希「ありがとうございました 赤ちゃんの胎動聞こえました」
妊婦のお客「それで 私の探してるのは 見つかりそうですか?」
田川 圭「3日後の同時刻に また、こちらへ来てもらえますか?」
妊婦のお客「はい・・・わかりました」
田川 圭「亜希・・・ あれはやりすぎじゃないのか?」
友川 亜希「コーヒーの匂いと あの人の匂いが洗剤に紛れて 肝心な匂いが遠くて。 あーするしかなかったの」
田川 圭「それでわかったのか?」
友川 亜希「はい!分かりました 探してる匂い、見つけたので いつものようにお願いしますね」
田川 圭「わかっ・・・たよ・・・ ・・・早めに終わらせてくれよ?」
俺は嗅覚がなかった
だが、雨の日だけ
嗅覚が戻るようになった
嗅覚を覚醒するには
亜希の力が必要だった
だが⋯
友川 亜希「じゃあ、 さっそく始めましょうか 圭さんは じっと目を閉じてくださいね」
俺が目を閉じると、
亜希は俺の首にそっと手を回す
そして、
息がかかる距離まで唇が近づく
亜希の唇が、
俺の唇に重なった同時に
妊婦から伝わってきた香りが
俺の頭の中に浮かびあがる。
これが2人の儀式だ。
タバコの香りだ?
どこかで嗅いだことある匂い
でも、どこで・・・?
友川 亜希「どうですか・・・ 少しはわかりました・・・?」
田川 圭「・・・わかっ・・・たから・・・ は・・・早く・・・離れてくれ・・・!」
友川 亜希「もう~ 突き放さなくてもいいじゃないですか!」
田川 圭「俺は今から工房で調合するから 亜希は片付けを頼むよ」
友川 亜希「はぁーい、了解しました」
妊婦が探しているのは
タバコの香りだった
なぜ俺は知っているんだろ?
そして、心がチクっと傷んだ
3日後
妊婦は店にきていたが
寂しそうな表情を浮かべていた
妊婦のお客「あの~見つかったのでしょうか?」
友川 亜希「お待たせしました お客さまが探していたのは コチラの匂いですよね?」
妊婦のお客「こ、この香り! でも、どうして? 探しても無いはずなのに?」
田川 圭「この香水は私が調合したものです 2度と手に入ることは できないはずですよね?」
友川 亜希「その香りは あなたの旦那さんが 吸っていたタバコの香りですよね?」
田川 圭「そのタバコは 9ヶ月前に製造中止になり、 日本では 2度と販売されていないはずです」
友川 亜希「あなたから感じた匂い。 その匂いは あなたの服にも染み付いていた」
友川 亜希「あなたは旦那さんに近づくたびに タバコの匂いが思い出となった ・・・って、とこですかね?」
妊婦のお客「実は10年前に 主人とは離婚しました 去年、久しぶりに再会して 好きだと再確認したあと 9ヶ月前 この子を身篭りました」
妊婦のお客「彼のLINEも 電話さえもつながらなくなって」
友川 亜希「それで・・・ タバコの匂いを探していた」
妊婦のお客「・・・はい。 少しでも彼といた時間を 思い出にしたかったのかも知れません」
友川 亜希「この香水は あなただけのものです 思い出というのは いつか薄れていくもの。 それでも、持って帰りますか?」
妊婦のお客「はい、 彼を忘れたくない あの人がいた記憶が 残っていればいいので」
友川 亜希「赤ちゃん、 無事に産まれること祈ってます」
友川 亜希「良かった~ またお客さんの役に立てれた~」
田川 圭「ああ・・・そうだな・・・」
友川 亜希「圭さん?どうしたの? 顔怖いけど・・・」
田川 圭「あのなぁ・・・ タバコの匂いはわかったよ だが・・・ あそこまでしなくてよかっただろ!」
友川 亜希「え?な、なんのことです~?」
田川 圭「わざわざ、 タバコの味まで伝えなくても!!」
友川 亜希「あー! 工房散らかってるから、 片付けてきます~」
あのとき・・・
タバコの匂いが頭に浮かんだ
俺はタバコを吸わない人間だ。
友川 亜希「圭さん・・・ タバコってのはわかったでしょ?」
田川 圭「肝心な部分が断片的で まだ作れそうにない・・・」
友川 亜希「タバコって種類って たくさんありますよね フレーバーとか。 感じた匂いの一番奥、教えます」
俺の口の中に滑り込んだ
柔らかい舌から
タバコの味がした
なぜ、俺は知っているんだ?
〇屋敷の書斎
友川 亜希「嗅覚が弱いから 味わかんないときあるって言うから ⋯怒らないでくださいよ」
田川 圭「言葉で伝えればわかるだろ!」
友川 亜希「匂いだけじゃあ わかんないかなぁって思ったから」
今でも
忘れられないでいる
唇から滑り込んできた
舌の柔らかい感覚。
そして・・・
あのタバコの香り。
田川 圭「なぁ?1つ聞いていいか? 俺はタバコを吸ったことがないが ・・知ってる気がするんだ・・・」
友川 亜希「私もタバコ吸わないから わかんないですよ。 あれは彼女からの匂いなんで」
田川 圭「・・・だよな・・・ すまない、変なこと聞いた。 タバコ吸わないお前が わかるわけないよな」
その時だった
目の前にいる亜希の顔が
真っ青に変わっていった
友川 亜希「あっ・・・あれ・・・? なんだろ・・・ この気持ち悪い感じ・・・」
田川 圭「大丈夫か?顔色悪いぞ」
友川 亜希「なんだろう・・・ タバコ?お酒? なんだか 気持ち悪い感じがする ⋯来る・・・」
ホスト「すいません~ ここって、有名な香水屋さん? 1つ作ってほしい香水あるんだけど」
扉が開き、
目の前に一人の男が現れた
亜希が感じ取った匂いと
ほぼ同時に男は店にやってきた
田川 圭「いらっしゃいませ。 どんな香りをお探しですか?」
ホスト「あんたが店主さん? 意外だなぁ・・・ もっと、 気持ち悪い男が 作ってるのかなぁと思ってたよ」
友川 亜希「気持ち悪いってなんですか! 失礼じゃないですか!」
ホスト「わおっ! かわいこちゃんいるじゃん~ めちゃ可愛い!!」
ホストらしき格好した男は
亜希を見つけると、
彼女の腕を掴みあげ、
自分のほうに
抱き寄せようとしていた
友川 亜希「やめてください! 気持ち悪いからはなして!」
ホスト「な~に?眼帯? それともSMとか? 目隠しプレイ最高じゃん! 俺が 気持ちいいことしてあげようか」
田川 圭「お客さま、やめてください!」
田川 圭「彼女は 病気で本当に目が見えないんです 離してあげてください」
ホスト「えっ! ・・・悪かったよ・・・」
友川 亜希「あの・・・ 気分が悪いので ごめんなさい・・・ 失礼します!」
亜希は逃げるかのように
2階の部屋へと駆け上がっていった
ホスト「あちゃ~悪いことしちゃったかなぁ」
田川 圭「それでお客さま、 ご要件の件ですが どんなものをお探しですか?」
ホスト「女を自分の虜にできるような 匂いを探してるんだよ 香水屋はなんでも作れるって 噂を聞いてね」
田川 圭「わかりました・・・ 5日後の同時刻に こちらへご来店いただけますか? ご用意しておきます」
ホスト「マジかよ! よろしくな~兄ちゃん!」
迷惑な客が来たものだ。
俺は亜希が心配になった
顔色を変える彼女を
見たことがなかったから・・・
〇男の子の一人部屋
あの夜、
酔いつぶれて
彼は帰ってきた
普段はお酒さえ飲まない人が
深夜の帰宅は初めてだった
田川 圭「・・・ただいま・・・ すまない遅くなった」
友川 亜希「圭さん! 何時だと思ってるんですか? もう夜中過ぎてますよ! 遅いから心配したじゃないですか?」
田川 圭「・・・ごめん・・・ 知り合いに会ってきたら・・・ ちょっと飲みすぎた あとで 部屋に水を持ってきてくれないか?」
足元をふらつく彼を支えたとき、
彼の身体からは
タバコの匂い、お酒の匂い
そして、女の匂いがした
友川 亜希「・・・わかりました 服は自分で着替えてください」
友川 亜希(女性が一緒にいたのかな・・・? 女の人がいても おかしくないもんね・・・)
部屋に戻ると、
服を着替えた彼はベッドで
静かに寝息をたてていた
友川 亜希「・・・圭さん?・・・ 圭さんってば・・・ お水・・・飲むんじゃなかったの? 水いるって言ってたのになぁ・・・」
私は
幼い頃から目が見えない。
かすかにわかるのは光。
彼の顔も
ずっと見えないまま。
友川 亜希「ねぇ?・・・水いらないの?・・・」
あの時、
自分がした行動に
今でもびっくりしている
どんな顔をしてるの?
知りたい
・・・もっと知りたい・・
自分の口に含んだ水を
彼の唇に当て、
眠る彼の唇に
含んだ水を流し込むように
飲ませてしまったから
〇シックなカフェ
雨は止んでいた
その日は二人で買い物の帰りに
喫茶店に寄っていた
ウエイトレス「お待たせいたしました ご注文をどうぞ」
友川 亜希「えっと~なにしようかなぁ 圭さんと同じやつにしようかな」
田川 圭「じゃあ・・・ アイリッシュコーヒーを2つください」
ウエイトレス「アイリッシュコーヒーを2つですね 少々お待ちくださいませ」
友川 亜希「アイリッシュコーヒーって 珍しい名前ですね?」
田川 圭「アイリッシュコーヒーは お酒の入った アイルランドのコーヒーなんだよ」
田川 圭「昔、母さんが家で飲んでたから 味を覚えててね たまに頼むんだ」
友川 亜希「私も家で作れるかな?」
田川 圭「アイリッシュウイスキーをベースに、 コーヒー・砂糖・生クリームを くわえて作るんだよ」
友川 亜希「そういえば、 圭さんのお母さんって どこにいるんですか?」
田川 圭「10年近く会ってないかなぁ」
ウエイトレス「お待たせしました アイリッシュコーヒー2つですね ごゆっくりどうぞ」
私は光しか見えない
周りの風景や目の前にあるコーヒー
目の前に座る彼の顔さえも知らない
ただ、不思議なことに
私は目が見えないかわりに
匂いがわかるようになった
友川 亜希「ウィスキーのいい香り~ ミルクの甘い香りもするし コーヒーの苦さもわかります」
友川 亜希「そういえば、 昨日、圭さんが作ってくれたカレー 味が薄かったんだけど ちゃんとルー入れました?」
友川 亜希「た、たまに圭さんが作る料理って 味がめちゃ薄いんですよね」
田川 圭「・・・料理が苦手なんだよ」
彼から発する匂いが
いつもと変わったような気がした
その時、感じたのは
泣き出しそうな子供の匂いがした。
友川 亜希「・・・私・・・ 圭さんの顔はわからない でも、もしかして嫌な記憶とか 思い出させちゃったかな?」
田川 圭「どうしてそう思う?」
友川 亜希「匂いでわかるんです 相手が出す⋯なんというか・・・ 難しいんだけど・・・」
友川 亜希「と、とにかく・・・! 今の圭さんの匂いは いつもと違うから・・・」
きっと、
不思議な顔をしているだろう・・・
気持ち悪い女と・・・思われたよね
田川 圭「君には、 話しておかないといけないのだろうね」
〇綺麗なキッチン
圭の母「圭~?ご飯できたわよ」
俺はシングルマザーである母と
2人きりで暮らしていた
母は生活費のため
スナックで働いて生活をしている
過去の少年「今日のご飯はなに?」
圭の母「今日は圭の好きな1番の食べ物よ」
過去の少年「やった~!僕の好きなカレーだ」
圭の母「良かった。 ねぇ?実はね・・・ お母さん、再婚しようかと思うの?」
過去の少年「再婚って・・・誰と?」
圭の母「いつも店に来てくれる常連さんがいてね その人と一緒になりたいなぁって」
過去の少年「常連さんってスナックの? 俺の知ってる人?」
圭の母「たぶん、圭も見たことあるんじゃないかな ・・・この人なんだけどね・・・」
その写真には
俺の知っている母はいなかった
母の隣には何度か見かけた
男の顔が写っていた
過去の少年「このおじさんってさ・・・ 毎回、飲んで酔っ払ってる人だよね?」
過去の少年「母さんのこと好きなの? タバコ吸わないのに タバコとか家にあるし」
圭の母「これはタバコじゃなくて シガーレットっていうお菓子よ」
圭の母「これね、お母さんの 薬みたいなものかな このシガーレットの匂いでね あの人がきた~ってわかるの」
過去の少年「ふーん、そうなんだ お腹すいた! 先にカレー食べてもいいかな?」
その時から
俺は自分に違和感を覚えた
大好きなカレーのはずなのに
食べた味はまったくしなかった
過去の少年「・・・ねえ?ルー入ってる?」
圭の母「・・・どうしたの? ちゃんとカレーはいつものルーよ」
過去の少年「・・・そっか・・・ いただきます」
匂いがしない・・・
野菜の味も・・・肉の味も・・・
食べてるものが無味。
過去の少年「このシガーレットさ、 あとで食べていいかな? 俺、おなかいっぱいになっちゃった」
圭の母「いいわよ そのシガーレット、圭にあげる。 大人になったら ほんとのタバコの味、覚えなさいね」
過去の少年「うん、わかったよ」
嗅覚がないことを
俺はずっと伝えられずにいた
母は再婚したあと
俺は家庭の事情で
親戚に預けられ
15年がたった
〇シックなカフェ
田川 圭「だから⋯俺は嗅覚がない⋯ いや・・・なかったに近いのかな?」
友川 亜希「・・・どういう意味ですか?」
田川 圭「雨の日だけは嗅覚が戻るんだよ 不思議だろ? しかも、 亜希と出会ってからだよ・・」
友川 亜希「えっ・・・?」
田川 圭「酒に酔いつぶれて帰った日 その翌日から 雨の日だけ戻るんだ」
友川 亜希「今日は晴れてますけど匂いは?」
田川 圭「・・・ごめん・・ コーヒーなのに味さえしない・・・」
友川 亜希「⋯あの⋯ もし、それが本当なら 試してみたいんです」
〇屋敷の書斎
友川 亜希「今は雨降ってますよね 匂いはどうですか?」
田川 圭「・・・少しだけ戻ってるかな・・・ 全部じゃなくてかすかに感じる」
友川 亜希「・・・ねえ? 良かったら 私と一緒に仕事しませんか?」
田川 圭「仕事?」
友川 亜希「私は雨の中の 混ざった匂いも分かるんです 私はある人を探しています 私は相手の顔さえ知らないし 見たくても見れない」
友川 亜希「その人を探すには 匂いしか手がかりがないんです だから仕事をしながら その人を探してほしいの」
田川 圭「・・・わかったよ・・・ 君が現れなかったら、 オレは嗅覚が戻ることさえ なかったわけだしな」
友川 亜希「ありがとうございます! ただ・・・嗅覚が少しだけかぁ」
友川 亜希「ちなみに今のこの距離で 私がつけてる香水の香りって わかりますか?」
田川 圭「あんまりわからないな」
亜希は俺の首に手を回し、
俺に抱きついた
な、何をしているんだ⋯
田川 圭「お、おい・・・近いって・・・」
友川 亜希「大丈夫です、顔は見えてないから。 この距離なら 香水の匂いは感じますか??」
田川 圭「さっきよりかはわかるけど⋯ この距離はちょっと⋯」
友川 亜希「待って・・・」
友川 亜希(外を⋯歩いてる人がいる⋯ 家の前を⋯ずっと⋯ 圭さんは分からない 伝えるにはどうすれば?)
友川 亜希(これしかない!!)
友川 亜希「圭さん・・・お願いがあるの・・・ 私とキスして」
田川 圭「えっ・・・亜希・・・一体・・・何言って?」
友川 亜希「互いが近づく方法がこれが一番なの」
亜希の唇が唇に触れた同時に
俺の鼻の奥に匂いが伝わってきた
いつものような微かな感じではなく
鮮明だった。
田川 圭(タバコ・・・酒の香り・・・ 香水の香りもする)
田川 圭「亜希・・・今のは一体・・・?」
友川 亜希「私が感じた匂いの全てを 教えたまでです。 私の感じる匂いは このぐらいの 距離じゃないと伝わらない」
〇男の子の一人部屋
友川 亜希(だめだな・・・わたしだけ・・・ 焦ってばっかりで・・・)
田川 圭「亜希、大丈夫か?」
友川 亜希「うん、大丈夫です ご迷惑おかけしました」
友川 亜希「迷惑かけてごめんなさい 圭さんに 聞きたいことあるんだけど? あの夜、 お酒飲んだとき 誰と会ってたんですか?」
田川 圭「昔からの知り合いだよ」
友川 亜希「もしかして、雨の日に 外で歩いていた人とか?」
田川 圭「亜希にはお見通しってわけか・・・」
田川 圭「この手紙が届いてたんだ 差出人は俺の母親。 「話したいことがある」 って。 だから、母に会いに行ったんだよ」
〇スナック
圭の母「・・・久しぶりね、圭・・・。 立派な大人になったのね」
田川 圭「母さんこそ、元気そうで何よりだよ」
圭の母「せっかく、 久しぶりに再会したんだから 一緒にお酒でも飲まない?」
母は俺に嗅覚がないことを
いまだに知らないでいる。
俺は
大人になったフリをして
ウィスキーを飲んだ
圭の母「ごめんね、急に呼び出したりして。 あなたに会いたくなってね あっ、ちょっと待ってて」
母はカバンの中を漁りながら
1枚の紙切れを取り出した
そして⋯
タバコだ。
母は
昔からタバコは吸わない
幼い頃、母はお菓子のタバコは
持っていたが⋯これは⋯
田川 圭「母さん・・・タバコ吸い始めたの? これは本物のタバコだよね?」
圭の母「実はね 話したいことってのは⋯ 去年の夏に父さんと別れたの」
田川 圭「まさか次は、 タバコを吸う男と 再婚したいとか言い出すのか?」
圭の母「再婚はしないわよ そういえば 圭は彼女とかいないの? 結婚とか考えたりしないのかしら?」
田川 圭「・・・彼女なんかいないよ」
圭の母「・・・そう? だって・・・可愛い女の子と一緒に 暮らしてるんじゃない?」
田川 圭「彼女は仕事仲間だよ それより、 次はどんな男に惚れたわけ?」
圭の母「すごく若い人なの こんなおばさんでも いいって言ってくれたのよ ・・・写真見る?」
田川 圭「若い男を好きになるのは勝手だけど 絶対に騙されるなよ?」
圭の母「心配してくれてありがとう。 今日は久しぶりに飲みましょ あなたの話も聞かせて、圭」
10年振りに再会した母と
ウィスキーを飲んだ
無味のウィスキーを
大人のフリをして
飲みすぎてしまうことになるとは。
〇男の子の一人部屋
友川 亜希「そういうことだったんですか⋯ 納得できた気がします」
田川 圭「しかし、 亜希が来てから不思議だな 嗅覚が雨の日だけ戻ったり・・・」
彼が酔いつぶれた日に雨がふっていた
翌日に彼の嗅覚が少しだけ戻る
まさか⋯私がしちゃったのが
きっかけなのかもと。
友川 亜希「それで・・・ あのお客さんの依頼は なんだったんですか?」
田川 圭「女を落とすための匂いがいるらしい」
友川 亜希「また難しい難題ですね・・・ あの人、酒の匂いはひどいし タバコの匂いはするし・・・ あれ?おかしくない?」
田川 圭「・・・おかしい? 俺にもわかるように教えてくれよ」
友川 亜希(あのタバコの匂いって⋯ まさか!そんなはずは⋯)
友川 亜希「この前、妊婦さんの探してたタバコ それから、 あの男の人のタバコの匂いが 同じだったの⋯」
田川 圭「同じタバコを吸ってたって意味か?」
友川 亜希「そして、 あの人から感じた匂いは⋯ お母さんと会ったあとの 圭さんの匂いと同じだった」
田川 圭「俺はタバコは吸ってない! 母は 好きな男がタバコを吸うからって・・・」
友川 亜希「・・・圭さん? もしかして・・・ お母さんの好きな人って あの人なんじゃないの?」
田川 圭「待ってくれよ? 俺の母さんは騙されてるってことか?」
友川 亜希「あの人が欲しがってるのは・・・ 自分を好きにさせるための 匂いですよね?」
田川 圭「ああ。 俺はそんな匂い知らないから 作れないぞ どうしたら、母を助けられる?」
友川 亜希「逆を作ればいいんです! 逆の匂いを。 圭さんにはこれを作って もらわなきゃね」
〇屋敷の書斎
田川 圭(しかし、母さんも見る目ないな 俺がこんな調合するなんて 母さん助けられるなら ⋯やるしかないか)
ホスト「おじゃましまーす! よぉ、兄ちゃん 俺の頼んだ香水できた~??」
田川 圭「ご用意できましたので、 少しお待ちください」
ホスト「あれ~? 今日はかわいこちゃんはいないの~?」
田川 圭「本日は体調が悪いというので 休ませてます」
ホスト「俺が来なかったこの1週間 なにやってんだろうねぇ?」
ホスト「お客さんが来ないような店で、 店員はかわいこちゃんだけ? まさか、2人に男女の関係とか」
田川 圭「彼女は私の仕事の助手です 貴方が思ってるような関係ではありません」
ホスト「へぇ~? あんなかわいこが一緒にいたら 襲いたくなったりしないの~? 俺だったら・・・ すぐに襲うけどなぁ」
ホスト「なあ~? キスぐらいはあるんだろ? こんな香水の強い部屋にいたらさ ムラムラしたりとかないわけ~?」
田川 圭「ありませんね」
ホスト「じゃあ~ 俺が今度、 あの子とやっちゃおうかなぁ~ 全盲ってさぁ 目が全く見えてないんだろ?」
田川 圭「・・・知りません・・・ただ・・・ 彼女は 俺がどこにいて、 お客さまがどこにいるかわかってますよ」
ホスト「へぇ~? ねぇ~? 俺、ここにいるんだよ~ わかるかなぁ?」
友川 亜希「お待たせしました! コーヒーは切らしてますから 酔い覚ましの水もってきましたので お飲みください!」
ホスト「えっ・・・ま、まじかよ~? あんた、もしかして 見えてるんじゃねぇの?」
友川 亜希「貴方の飲んだお酒が すっごくきつい香りだから わかるだけですよ」
田川 圭(おい、大丈夫なのか?)
友川 亜希(きつい匂いは ハンカチで鼻を塞げば 大丈夫です)
友川 亜希(圭さんの部屋からハンカチ 借りました ちゃんと洗って返します)
田川 圭(・・・)
友川 亜希(それにお客さんが もう1人来る気配がしてるので。 じゃあ、 今日の仕事しましょうか?)
そういうと、
亜希は俺のタオルを鼻にあてながら
仕事をしはじめた
あのタオルは・・・
・・・昔使ったような・・・
友川 亜希「お待たせしました! お客さまの探し求めてた香水です」
田川 圭「失礼ですが女性はどんな方なんですか? あっ・・・ 匂いも個人差があるもので 今後のために知りたくて」
ホスト「年は50代ぐらいかなぁ スナックに働いてるおばさんでさ、 俺が時間つぶしで通ってたら オバサンが色目使ってきたんだよ」
ホスト「年なんて気にしないって言ったら その気になっちゃってさ・・・ 俺、嫁さんもいるのに 必死になってるんだもんな」
友川 亜希「あの・・・その女性って タバコ吸ったりしますか?」
ホスト「いや~ 俺が昔吸ってたタバコをあげたら、 俺が吸ってるって勘違いして 欲しいって言い出したから あげたんだよ」
田川 圭「そのタバコは・・・ 9か月前に製造中止になった メービスラッキーセブンじゃないですか?」
ホスト「タバコの名前詳しいな! 今は嫁の 好きな匂いのタバコに 変えたけどな あっ、 そろそろ匂い嗅いでいいのかな?」
田川 圭「はい、どうぞ。 貴方が探していたのはこちらです」
ホスト「うっ・・・くせぇ・・・ごほっ・・・」
ホスト「なんだよ!この臭い香水は! 俺が頼んだのは女を落とす匂いって 言ったはずだろ!」
友川 亜希「お客さんは勘違いされてますよね それが 本来の「フェロモン」の香りです」
ホスト「は? こんな臭いわけないだろ!!」
友川 亜希「失礼かもしれませんが はっきり言わせてもらいます 女性が匂いだけで落ちる? ありえませんから!」
田川 圭「フェロモンは、元々は 豚の体臭なんですよ 本来は臭いものなんです」
ホスト「へ?」
友川 亜希「好きな人からしたらいい香り 嫌いな人からしたら激臭。 加齢臭に似た感じですかね」
ホスト「はぁ?俺が臭いって?」
ホストの妻「加齢臭するのはあなたでしょ」
ホスト「涼子!どうしてここに?」
ホストの妻「あなたが困ってるっていうから ここに来たのよ そちらのお嬢さんに呼ばれてね」
友川 亜希「すみません、 私がお呼びしちゃいました 店で騒がれてるから 警察よりいいかなぁって」
ホスト「え?? お嬢ちゃん・・・なんで⋯?」
ホストの妻「情けないわよ! 普通に会社で残業したフリして ホストのまくら営業してたなんて」
ホストの妻「ごめんなさいね、 うちの主人が お忙しいときに邪魔したみたいで」
田川 圭「いいえ、 別に私たちは 依頼を頼まれただけなんで」
ホストの妻「さあ!アンタは帰るわよ! 次に変なことしたら、 アンタのお小遣い減らすからね!」
ホスト「わかったよ~ 涼子~許してくれよ~」
友川 亜希「これで無事に仕事終わりましたね」
田川 圭「・・・お前はいったい・・・ 何をしたんだ?」
友川 亜希「あのお客さまの 奥様に連絡を入れただけですよ お客さんから抱きつかれたとき ポケットから名刺をね」
田川 圭「名刺?」
友川 亜希「1枚だけいい香りがしたから 依頼にきているとかは言ってません 旦那さまが酔って 店で暴れてますって 伝えただけですよ」
田川 圭「・・・なるほど・・・」
友川 亜希「意外と フェロモンって 意外と役に立つんですね⋯」
友川 亜希「ねぇ? 私からはいい香りします・・・?」
田川 圭「俺には⋯わからん⋯」
友川 亜希「えー! こんな時に・・・?」
田川 圭「・・・俺の母さんからだ・・・」
〇シックなカフェ
圭の母「急に呼び出したりして。 そちらのお嬢さんは?」
友川 亜希「はじめまして 亜希といいます 圭さんと同じ仕事場で 働かせてもらってます」
圭の母「たしか、 一緒に住んでるんじゃなかったかしら?」
田川 圭「彼女は僕の知り合いなんだ 彼女は目が見えないから 家で預かってるんだ」
圭の母「そうなのね・・・ 実は、あなたを呼んだのは さっき1人の女性が店にきたの」
圭の母「「うちの主人が 迷惑かけてごめんなさい」って」
圭の母「このタバコは 9ヶ月前に 製造中止になってるって、 山の中に住んでる2人の男女から 教えられたって」
圭の母「その人にどこで話を聞いたかって聞いたら 「香水屋」ってお店って言われたの」
友川 亜希「私たちは 別に調べたわけではありません。 依頼にきた方がたまたま 同じタバコを探していたので 見つけただけです」
友川 亜希「圭さんは! お母さんの恋を 邪魔しようとしたわけでもなくて 依頼のためで!」
圭の母「怒ったりはしてないわ 圭はいつも私を心配してくれてるし そして、 心配させないようにもしてる」
田川 圭「母さん・・・」
圭の母「最初から気づいてたのよ 本気じゃないことも。 だって、 このタバコは どこにも売ってないのも知ってたから」
圭の母「⋯圭⋯ 迷惑かけてごめんなさいね」
田川 圭「俺は 母さんを恨んだりもしてない。 ただ、亜希が気づいてくれなかったら 今でもあの男は母さんを狙ってた」
圭の母「・・・そうなのね 亜希さん、ありがとう」
友川 亜希「えっと⋯私は⋯別に何も⋯ たまたま⋯ 匂いでタバコがわかっただけなんで⋯」
圭の母「この子は自分より 他人の幸せを優先しちゃう子なの。 本当は自分が一番辛いはずなのにね」
田川 圭「・・・どういう意味?」
圭の母「あなた・・・ いつから嗅覚ないの?」
田川 圭「なんで、それを?」
圭の母「昔、 カレーの味がしないとか? 私の作るカレーは 普通の人が作るカレーより ルーを2倍いれてるのになぁって」
圭の母「それで、嗅覚は戻りそうなの? あの時も、無理して ウィスキー飲んでたんでしょ」
田川 圭「なぜか雨の日だけなんだけどさ 匂いがわかるようになったんだ」
圭の母「・・・雨の日ね・・」
圭の母「次の仕事に行かなきゃだわ 今度、家に帰ってらっしゃい」
田川 圭「わかったよ」
圭の母「ねぇ?亜希さん・・・?」
友川 亜希「はい?」
圭の母「私と どこかで会ったことない? あなたに似たような子 どこかで・・・」
友川 亜希「・・・気のせいだと思います・・・」
圭の母「⋯そう⋯私の人違いだったようね じゃあ行くわね」
そう言って、母は店を出て言った
母が亜希に言っていた言葉
その意味を
俺は
まだ理解さえできていなかった
嗅覚は記憶と結びつきやすく、記憶と感情は結びつきやすい、というそれぞれの関係性をドラマチックに仕立てたストーリーに引き込まれました。雨の日に嗅覚が戻りやすいという設定も雰囲気がありますね。ラストで圭の母親と亜希が何か過去に関係があるような匂わせがあって、とても気になります。