第1話 アレクとリンス(脚本)
〇城の廊下
「おいこのあいだの話聞いたか?」
「ローガンが違法に製造されてた魔法薬の捜査中に殺されたって話か?」
「証拠を掴まないと上が動かないのに嫌気が差して乗り込んだらしいぜ」
「アレクも一緒だったらしいな。ローガンが死んだのは奴のせいじゃねえか?」
「かもな。〈死神〉アレク。奴と組んだ相棒はみんな死ぬって専らの噂だからな」
「おっと、いけねえ。話はここまでだ」
「とばっちりを受けるのはごめんだからな。くわばらくわばら」
アレク「────」
「入っていいぞ」
〇上官の部屋
スカーレット「しけた顔だな。あんなことがあったあとでは当然か」
アレク「ローガンは? あいつは見付かったのか?」
スカーレット「焼け跡から複数の焼死体が発見された。そのなかに、ローガンと思しき遺体もあったそうだ」
アレク「思しき?」
スカーレット「建物は全焼。遺体は骨しか残ってなかったそうだ」
アレク「──そうか」
スカーレット「これは上官の私にも責任がある」
スカーレット「お前の上申を汲めなかった私にな」
アレク「お前のせいじゃない。悪いのは上のウスノロども、いや、違うな」
アレク「危険を承知であいつを連れて行った俺の責任だ」
スカーレット「奴はお前の相棒だった。行動を共にするのは合意の上だったのだろう?」
アレク「いいや、俺の責任だ」
スカーレット「やれやれ。その様子だと一週間の停職では頭は冷えなかったようだな」
アレク「それで、話ってのは何だ? ついに俺を厄介払いする気になったのか?」
スカーレット「バカを言え。やる気ならとうの昔にそうしている」
スカーレット「命令違反に独断専行。無断欠勤に風紀の乱れ。クビにする口実は挙げれば切りがない」
アレク「そんなろくでなしをいつも庇ってくれて嬉しいよ、レティ」
スカーレット「上官を気安く呼ぶなと何度言えばわかる」
スカーレット「まあいい。そんな口を叩けるくらい持ち直したなら話を進めても良さそうだな」
スカーレット「来たな。入れ」
「失礼します」
リンス「本日付けで配属されました。リンスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
スカーレット「良い面構えだ。私の若い頃を思い出す」
アレク「おいおい、入る部屋を間違えてないか?」
アレク「学校は二区画先だ。今からじゃ遅刻だろうけどな」
リンス「それはどういう意味でしょうか?」
スカーレット「こいつはこういう口の利き方しか知らないんだ。仲良くしてやれ」
スカーレット「これから組む相棒同士になるのだからな」
リンス「この減らず口男が、私の?」
アレク「どこかで聞いた台詞だな。先輩へのご挨拶にしては上出来だ」
リンス「す、すみません、つい」
スカーレット「気にせず言ってやれ。萎縮していたらいつか押し倒されるぞ」
アレク「お子様は守備範囲外だ。デートをするにも十年早いぜ」
リンス「誰があなたとなんか!」
スカーレット「その調子だ。相棒らしくなってきたじゃないか」
アレク「ジョークにしちゃ笑えないな。ここはいつから託児所になったんだ?」
アレク「荒事しか知らない俺にベビーシッターは無理だ」
アレク「子守とおままごとなら他の奴を当たりな」
リンス「失礼を承知で申し上げます。私もこの、えっと」
アレク「アレクだ」
リンス「失礼しました。アレク先輩と円満な関係を築ける自信がありません」
リンス「他の先輩方とのコンビを希望いたします」
スカーレット「これは命令だ。アレク、リンス」
アレク「──了解だ。ボス」
リンス「──了解いたしました」
スカーレット「それでいい。早速見回りに行ってこい。リンスに町のことを教えてやれ」
アレク「やれやれ。連れ歩くなら色気のある姉ちゃんがいいんだがな」
リンス「新米が先輩と組むのは通例ですけど、何でこんな人と」
スカーレット「何か言ったか?」
リンス「い、いえ! 何も!」
スカーレット「よろしい。話は以上だ。お前たちの働きぶりに期待しているぞ」
〇西洋の城
〇ヨーロッパの街並み
リンス「先輩! 先輩! アレク先輩!」
アレク「何だ、子犬みたいにきゃんきゃんと。俺じゃミルクは出せないぞ」
リンス「そういう言い回ししかできないんですかあなたは?」
リンス「これからどこに行くのか説明してください」
アレク「俺は訊けば何でも答えてくれる親でも先生でもない」
アレク「一から十まで学びたいなら学校に通うんだな」
リンス「新米に仕事を教えるのが先輩の務めでしょう!?」
アレク「お喋りは得意でも教えるのは苦手なんだ」
アレク「それにこういうのは説明するより肌で感じさせたほうがすっと馴染む」
アレク「見て覚えるってやつだ。わかったなら付いてこい」
リンス「その考え方今じゃ時代遅れですからね」
リンス「まったく、何でこんないい加減な人と私が」
アレク「それなら上申書にはこう書いておけ」
アレク「アレク先輩には私より相応しい人がいるってな」
リンス「意味が取り違えられそうだから嫌です!」
アレク「真面目そうに見えて噛み癖が悪い子犬だ。嫌いじゃないぜ」
リンス「本当、何なんですかその言い回しは」
アレク「お散歩は始まったばかりだ。はしゃいで怪我するなよ。首輪とリードを付けておこうか?」
リンス「あなたに括り付けたいくらいですよ!」
アレク「悪いがそういうプレイは趣味じゃないんだ」
リンス「言い出したのはあなたでしょう!?」
アレク「おっと、そうこうしてるうちに着いたみたいだ。外でおとなしく待てできるか?」
リンス「誰が! 嫌だって言っても付いて行きますからね!」
アレク「──なるほど。少しは見込みがありそうだな」
リンス「何か言いましたか?」
アレク「何も。それじゃ行くぞ」
〇怪しげな酒場
ママ「まだ開店前──あら! アレクちゃんじゃない!」
アレク「よう、ママ。今日も綺麗だな」
ママ「もう! 相変わらずお上手なんだから!」
ママ「ローガンちゃんのこと、聞いたわ。残念だったわね」
アレク「ああ。今頃もうママの酒が飲めないのかって草葉の陰で嘆いてるだろうぜ」
リンス「あの、ここは一体?」
ママ「あら、その子は初めましてね。新人さんかしら?」
アレク「レティに子守を任されたんだ。哺乳瓶を握ったこともないってのにな」
ママ「そうなの。ごめんなさいね。アタシもミルクは出してあげられないの」
リンス「何なんですか二人して!」
リンス「それで、この方はどちら様ですか?」
アレク「夜を舞う蝶々で評判の美人ママだ」
ママ「もう! アレクちゃんってば!」
リンス「真面目に答えてください!」
ママ「アタシはこの店のオーナーで迷える子羊ちゃんたちのママよ。あとは副業で情報屋をやってるわ」
リンス「情報屋、ですか? まさかアレク先輩が踏み込んだアジトの情報は──」
ママ「アタシが提供したのよ。そのせいでローガンちゃんがあんなことに」
アレク「ママは悪くない。あれは俺の責任だ」
アレク「それで、他に何か情報はないのか?」
ママ「今のところは。アジトを一つ潰されて警戒を強めてるみたいよ」
アレク「そうか。また来る。何かわかったら教えてくれ」
ママ「次は夜に来てお酒を頼んでよね」
アレク「もちろんだ。情報分以上の酒を注文させてもらうよ」
アレク「お前も困ったことがあったらママに頼れ。力になってくれる」
リンス「は、はい。わかりました」
ママ「よろしくね。あなたのお名前は?」
リンス「リンスと申します」
ママ「リンスちゃん。良いお名前ね。アレクちゃんのこと、頼んだわよ」
アレク「世話を焼いてるのは俺のほうだぞ、ママ」
リンス「私は手を焼かされてますけどね」
ママ「あら仲良しじゃない! 今後とも御贔屓にね、お二人さん♪」
〇ヨーロッパの街並み
リンス「次はどこへ行くつもりですか?」
アレク「シマのパトロールだ。悪党に睨みを利かせるのが俺たちの仕事だからな」
リンス「シマのパトロールって、そんなゴロツキみたいな言い方」
リンス「担当地区の巡回と言ってください」
アレク「ですわとかざますとか、そういう上品な言葉遣いは苦手なんだ」
リンス「別にそこまでしろとは言ってませんから」
リンス「私たちの仕事は治安維持が主です。町の人々と良好な関係を築くために礼節は欠かせません」
アレク「教科書を丸暗記した優等生の意見だな」
アレク「そんな上っ面に拘るより実際の働きに力を入れる。町の奴らに慕われたいならそれが一番だ。例えば」
チンピラ「ひゃっはー! 獲物見ーっけ!」
お婆ちゃん「ああ、私の荷物が! 誰かー!」
チンピラ「ぎゃはは! ぼさっと歩いてるからこういう目に遭うんだよババア!」
アレク「こういう輩をとっちめたりとかな」
チンピラ「ぐはっ!」
お婆ちゃん「良かった。取り返してくれてありがとうございます」
アレク「ここらはこういう輩が多い。次からは気を付けろよ」
お婆ちゃん「素敵な方。私があと三十歳若かったら」
アレク「今もイケてるよ、お嬢さん」
お婆ちゃん「まあ、お上手。本当にありがとうございました」
リンス「納得がいきません」
アレク「何の話だ?」
リンス「アレク先輩、他の女性には優しいのに私には厳しくないですか?」
アレク「一人前のレディとして扱えってことか?」
リンス「別にそこまでは望んでませんけど」
アレク「良い女ってのはここぞってときにしか我が儘を言わないんだ」
アレク「そういうことを言ってるうちはまだまだお子様だってことだ」
アレク「学校まで送っていく。遅刻した理由は先生に口添えしてやる。次からは寝坊するなよ?」
リンス「行きません! それよりこのひったくりを牢に入れにいきますよ!」
アレク「男を牢に連れ込むとは大胆だな」
リンス「本当ああ言えばこう言いますね!」
リンス「ついでにアレク先輩も牢に閉じ込めたいくらいですよ!」
リンス「ほら! あなたもいつまで寝てるんですか! 起きなさい!」
チンピラ「ぐえ!」
アレク「足癖も悪いようだな。とんだじゃじゃ馬と組まされたもんだ」
〇西洋の城
〇牢獄
チンピラ「ちくしょう! 覚えてろよ!」
〇ヨーロッパの街並み
アレク「さて、初日はこんなものか。もう帰っていいぞ」
リンス「アレク先輩はどちらに?」
アレク「お子様には刺激が強い大人の野暮用だ」
リンス「また子供扱いして! 私言うほど子供じゃありませんから!」
リンス「どこに連れて行かれたって驚いたりしませんから!」
アレク「ママのところへ連れて行かれて怖気づいてたのは誰だったんだろうな」
リンス「あ、あれは、ああいう場所は初めてだったから」
アレク「まあいい。どうしてもって言うなら勝手に付いてこい」
アレク「いや、連れて行ったほうがお前のためかもな」
リンス「どういう意味ですか?」
アレク「付いてくればわかる」
〇荒廃した教会
リンス「ここはあの事件の」
アレク「奥はこうなってたのか。俺は通路で立ち往生してたから初見もいいところだな」
リンス「ここはアレク先輩が停職処分を受けているあいだに調べ尽くされたと聞いています。今更来たところで何も」
アレク「別に調査をしに戻ってきたわけじゃない」
アレク「ただ、手を合わせに来ただけだ」
リンス「あっ、それなら私も」
アレク「お前がしこたま飲んでたママの店の酒だ。ここに置いておく」
リンス「あの、どうしてここに? ローガン中尉は墓地に埋葬されたと聞いていますが」
アレク「奴が死んだ場所はここだ。欠片程度しか残ってない骨が埋められた墓へ行っても意味はないと思ったのさ」
リンス「そうでしたか」
アレク「──真面目な話をする。お前俺とのコンビ解消をレティに上申しろ」
アレク「俺とローガンが張ってたヤマはお前が思ってる以上にデカい。巻き込まれればローガンの二の舞になる」
リンス「私に嫌われるようなことばかり言ってたのはそれが理由ですか?」
アレク「この口は生まれつきだ。そんなんじゃない」
アレク「俺が〈死神〉って呼ばれてるのはお前も知ってるだろ?」
アレク「俺と組んだ奴はみんな死ぬ。俺はそういう星の下に生まれてきた男だ」
リンス「この仕事をしていれば死は付き物です。私もいざというときの覚悟はできています」
リンス「噂に惑わされて本質を見失う。そんな人間にはなりたくないです」
アレク「噂なんてちゃちなもんじゃない。俺は昔からそういう男なんだ」
アレク「今も昔も、これからも、ずっとな」
リンス「──アレク先輩」
アレク「話は以上だ。言い辛いなら俺からレティに言っておく」
アレク「家まで送る。どこに住んでるんだ?」
リンス「一人で帰れますから! 子供扱いしないでください!」
アレク「こんな夜更けにレディを一人で帰すわけにはいかないだろ?」
リンス「れ、レディって。やっぱり何だかんだ私のことそういう目で見てたんですね」
アレク「やれやれ。気紛れを起こしてみたらすぐこれだ」
アレク「そんな調子じゃ悪い男に捕まるぞ」
リンス「アレク先輩みたいな、ですか?」
アレク「わかってるならさっさと帰るぞ。詳しいことはまた明日話す」
リンス「そ、そんなこと言って、いかがわしいところに連れ込むつもりなんじゃ」
アレク「年頃の恋愛脳には困ったもんだ」
アレク「これなら筋肉達磨を相手にしてるほうがマシだったな」
アレク「──そうだろ、ローガン」
二人の掛け合い、勉強になります🙂
まさかあのキャラクターを、ママに使うのは恐れ入ります😃
骨っぽい設定とアレクの軽妙な語り口は、まさに良質なサスペンスドラマを見ているようでした!そんな中での、ママのビジュアルがww