エピソード56(脚本)
〇可愛らしいホテルの一室
ニル「エミリアは今日はどうするの?」
エミリア「あぁ、今日はちょっと訪ねるところがあるんだ」
エミリア「昔、メルザムからハイドンへの使節団の護衛で長期滞在したことがあってな」
エミリア「今日会いに行くのは、そのとき私に槍の稽古をつけてくれた方なのだ」
エミリア「手紙でいつうかがえるか聞いていたのだが今日なら都合がつくそうでな」
ニル「エミリアの師匠・・・。強そうだね」
エミリア「あぁ、本当に強い方だぞ。 既婚者でなければ当時の私は結婚をもうしこんでいただろうな」
〇宮殿の門
エミリアは皇都の中心、皇帝の住まう宮殿に来ていた。
宮殿の側面に向かうと、通用門の前に立つ兵士から声をかけられた。
衛兵「なにか御用でしょうか?」
エミリア「近衛騎士団長のローデリア殿とお会いする約束しているのだが、取り次ぎ願えないだろうか」
衛兵「エミリア様ですね。うかがっております。 中へどうぞ」
エミリア「ああ」
〇教会内
中に通されたエミリアは衛兵に連れられて長く続く廊下を歩くと立派な扉に突き当たった。
中に入るとそこは落ち着きのある書斎のようなスペースになっていた。
ローデリア「おぉ、エミリア! 久しぶりだな!」
執務机に座っていた初老の男はエミリアを見ると、うれしそうな笑顔を見せた。
エミリア「お久しぶりです。ローデリア殿。 お忙しいところわざわざお時間をいただき・・・」
ローデリア「あぁ、よいよい。 そういう堅苦しいのは抜きだ」
ローデリア「それにしても、数年見ないうちにまた一段と美しくなったな」
エミリア「もったいないお言葉です。 ローデリア殿もご壮健のようでなにより」
ローデリア「さて、久しぶりに会ったのだ、ぜひお前の話を聞かせてもらいたい」
ローデリア「が、・・・。 実は、最近お前に関して妙な噂を耳にしてな」
エミリア「・・・!」
ローデリア「なんでも家を捨て、騎士団を辞したとか・・・」
エミリア「・・・・・・」
ローデリア「いや、私もそのような噂を信じているわけではないのだがな? 一応確認をしておきたくてな・・・」
エミリア「・・・すでにお聞きでしたか。 はい、その噂は間違いございません」
ローデリア「・・・今なんと?」
エミリア「事実です。 私は、騎士団を辞し、そのけじめとしてブッシュバウムの名も捨てました」
エミリア「・・・人の噂とは足が速いものですね」
ローデリア「・・・・・・」
ローデリア「・・・ふぅ」
ローデリア「そうか・・・」
ローデリア「ところでエミリア、話は変わるが、実は最近書類仕事ばかりが体がなまっていてな・・・」
エミリア「え?」
ローデリア「少しでいい。 私の運動に付き合ってくれないか?」
エミリア「はい、それは構いませんが・・・。 いきなりどうしたのです?」
〇闘技場
エミリアとローデリアは宮殿内の一画に設けられた訓練場に来た。
ふたりは練習用の武具を身に着けると向かい合った。
ローデリア「こうしていると昔を思い出すな」
ローデリア「お前は毎日私を見つけては稽古をつけてくれとせがんできたな」
エミリア「お、お恥ずかしい・・・、あのころはただ強くなることしか考えていなかったもので・・・」
エミリア「それにローデリア殿と会うまでは、私より強い人間には会ったことがなかったので舞い上がっていたので」
ローデリア「ははは! とてもたった12歳の女の子の考えることとは思えんな!」
ローデリア「残念ではないといえば、嘘になるな。 しかも男を作ったことが原因だそうだな」
ローデリア「お前は私が槍を教えた中で間違いなく最強だ」
ローデリア「私は、そんなお前が腑抜けていくのを見るのがつらいのだ」
エミリア「腑抜け・・・!? ローデリア殿、いくらあなたでも言ってよいことと悪いことがあるのでは!」
ローデリア「ならば見せてみろ!!」
エミリア「・・・!!」
ローデリア「お前がこの国にいた間、結局私から一本も取ることはできなかったな」
ローデリア「お前が男にうつつを抜かして腑抜けていないという証を見せろ」
ローデリア「成長した姿を見せてくれエミリア」
エミリア「・・・・・・」
ローデリア「・・・さぁ、始めよう」
〇闘技場
訓練場の中には木製の練習槍がぶつかりあう鈍い音が響き渡っている。
ガンッ、ガンッ
ローデリアの素早い突きをエミリアはなんとかさばいていた。
ローデリア「その程度か! エミリア!」
エミリア「く・・・」
ローデリア「私は何百人、何千人もの者たちに槍を教えてきた」
ローデリア「私が保証する。 お前は私が教えた誰よりも才を持っている」
ローデリア「それにお前は武の道を捨てては生きてはいけまい」
ローデリア「その昔、私が何度叩きのめしても目をキラキラさせて突っ込んできたお前が」
ローデリア「槍を置き、家庭に入ることができると思っているのか?」
エミリア「・・・・・・」
エミリア「お言葉ですが、ローデリア殿、私は武の道を捨てたつもりはありません」
エミリア「確かに私はニルのそばにいるために騎士団長の職は辞しました。 しかし・・・」
ローデリア「ふん、口だけならばなんとでもいえよう!」
ローデリアはひときわ激しい突きを放った。
エミリア「くっ・・・」
エミリアはぎりぎりまで引き付けてからその突きをかわすと、鋭い一撃を放った。
ローデリア「な!?」
ローデリアの胸甲をエミリアの槍がしっかりととらえていた。
ローデリア「・・・・・・」
ローデリア「・・・ふっ、お前に初めて一本取られたな・・・」
ローデリア「私の負けだエミリア。強くなったな」
ローデリア「私はお前が心配だったのだ。 武の道以外に生き方を知らぬお前が突然生きていけるのかとな」
ローデリア「だが私の杞憂だったようだ。 お前を試すような真似をして、すまなかったエミリア」
エミリア「ローデリア殿・・・」
エミリア「ニルは、鍛えることしか知らなかった私にまったく知らなかった世界を見せてくれました」
エミリア「私はニルのことを想い、ニルのためになにができるかを考えていることがとても楽しいのです」
エミリア「心配をおかけして申し訳ありません」
エミリア「でも、私は大丈夫です」
ローデリア「・・・そうか。それならばよかった」
ローデリア「そうだ、祝福の言葉が遅れてしまったな」
ローデリア「今更だが、結婚おめでとう。エミリア」
エミリア「え?」
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