読切(脚本)
〇開けた交差点
道の遠くにカップルが見える。
実に楽しそうだ。
それもそうだろう、
だって今日はクリスマス・イブ。
嬉しくないほうがおかしい。
それに比べ、僕は・・・。
八代「はぁ・・・」
一人で眠るベッドを思うと、それだけで心が凍る。
もっとお金があれば、美味い酒でも買って
楽しくやれるのに
今の手持ちじゃ、安酒を買うのが限界だな
八代「くそ・・・。寒い」
寒いのは当然だ。
ちらほら雪が降り出している。
さっさと家に帰った方がいい
シスター「あの・・・。 すみません、ちょっと」
八代「・・・」
シスター「実は、クリスマス募金を集めておりまして。 少しで構いません、お願いできませんか?」
服装から察するに、
近くのカトリック教会の人だろう。
小さな子どもをたくさん連れて、
公園に来ているのを見たことがある。
むかし母に聞いた話だと、
あの子たちは交通遺児。
つまり、事故で両親を失い、
身寄りがないので教会に引き取られたのだ
さっきのカップルみたいに、
幸せなイブを過ごす連中がいる。
一方、不幸を背負ってイブを過ごす子どもたちがいる
不公平な話だと思う。
でも、僕には関係の無い・・・
シスター「あの。本当に少しでいいんです。 お願いします」
八代「あいにく持ち合わせがなくて・・・」
そんなのウソだ。
僕がその気になれば、安酒を買うのをガマンし、
かわりに募金できるのだ。
でも、それってもったいないというか、
とにかく適当にごまかして・・・
シスター「突然ですみませんが、 ルカの福音書、第21章に登場する 未亡人のことをご存知ですか?」
八代「いえ・・・」
シスター「その未亡人は貧乏でした。 しかし、彼女は献金箱に行き、 あるだけのお金を捧げたのです」
シスター「それを見た主はこう仰せになりました」
シスター「この未亡人は誰よりも多く献金した。 他の人は有り余っている中から献金したが、 彼女は貧しい中から献金したからだ」
シスター「どう思われますか?」
八代「・・・わかりました。 本当に少しですが・・・」
500円硬貨を出し、募金箱に入れる。
シスター「ありがとうございます。 貴方の行いに感謝します。 今夜、天の祝福があらんことを」
八代「いえ、どういたしまして。 それじゃ・・・」
くそっ。なにやってんだ、僕は。
善人気取りでこんなことして・・・。
本当、ろくでもないイブだ。
〇本棚のある部屋
八代「ただいま・・・」
答える者は誰もいない。
こういう時、独り身の辛さがのしかかってくるぜ・・・
手洗いとうがいをすませ、
夕食をとり、
歯を磨いてベッドに横たわる。
八代「ふぅ・・・」
なんだかいつもより寒い。
窓の外を見ると雪が積もっている。
恋人たちは大喜びだろう、
ホワイト・クリスマスになるんだから。
八代「・・・なにがホワイト・クリスマスだよ。 バーカ」
僕にはベッドを共にする相手なんていないし、
教会の子どもたちだって、
親のいないイブを迎えてる。
本当、不公平だ。
そんなことを考えていると、
眠気が忍び寄ってくる。
そうだ、眠っちまえ。
イブなんかクソくらえだ。
〇クリスマスツリーのある広場
八代「・・・どこだ、ここは?」
徐々に記憶が蘇る。
このクリスマス・ツリーは、
僕が中学の時、地元の商店街で何度も見た。
だが商店街は不況で潰れ、
ツリーがあった場所も
駐車場に変わったはず。
なぜ消滅したものが存在しているんだ?
八代「僕は夢でも見てるのか・・・?」
大木野りん「そう、これは夢。 今夜あなたに贈られた、小さな祝福・・・」
八代「大木野さん!?」
中学時代、俺はこの子が好きで、
何回かデートした。
でも、想いを伝える前に・・・
八代「君は、死んだはずじゃ・・・」
大木野りん「そうだよ、私はなくなった。 交通事故で・・・」
八代「じゃあ、なぜここに・・・」
大木野りん「さっき言ったでしょ? これは夢、小さな祝福。 だからどんな奇跡だってあり得る・・・」
八代「・・・そうか、夢か・・・」
大木野りん「夢でもいいじゃない。 こうして再会できたんだもの」
大木野りん「今から起きることが、 幻のように儚いものだとしても・・・」
大木野りん「そんなのどうでもいい。 それより楽しみましょうよ」
大木野りん「ほら!」
彼女は僕へ右手を差し出す。
八代「えっ?」
大木野りん「もぉ。 こういう時はどうしたらいいか、 わかるでしょ?」
大木野りん「ほら!」
僕は気恥ずかしさを感じ、
それでもなけなしの勇気をはたいてその右手を握る。
八代「えっと・・・。 じゃあ、デートしようか?」
大木野りん「うん!」
僕たちは手をつなぎ、歩き出す。
街はすっかり雪景色で、
美しい音楽が流れ、
まるで映画の1シーンみたいに思える。
・・・雪のイブも、たまには悪くない。
〇本棚のある部屋
八代「うん・・・」
目を覚ます。
あたりは見慣れた自分の部屋、
じゃあさっきまで見ていたのは、
やっぱり夢だったんだ・・・
八代「わかっちゃいたけどさ・・・」
それでも寂しい。
ふとこんな風に思う。
自分はまだ夢の中にいて、
いま目にしている景色も夢の一部に過ぎないんだ、と。
八代「・・・」
窓から差す光が真実を告げている。
それでも、自分有利の証拠を探したくて、
窓際に近寄って外を見る。
八代「雪が・・・」
消えている。
あんなに降り積もっていたのに、
一晩でなくなってしまった。
八代「はは・・・」
くだらない。
クリスマスなんてクソくらえだ。
ちくしょう。
八代「ちくしょう・・・」
・・・
・・・
・・・・・・
(終)
いいことをすれば自分に返ってくるんだなぁと思いました。情けは人の為ならずですね。
たとえ夢の中ででも、再会できた彼女とのデートっていいですね。
500円という金額は、お金がある人からしたら大した金額ではないのかもしれないけれど、彼にとっては大きな金額だったのだろう。それを神様はわかって、すてきな夢をプレゼントしてくれたのかな。
最後の「…」の使い方が素晴らしかったです。万感の想いを感じました。彼女は本当に夢の中に来てくれたんですよね?そう思いたいです。