エピソード3(脚本)
〇学食
レイが選んだのは大食堂の中でも食器の返却口から最も離れた奥のテーブルだった。
元々、大食堂は高等部全ての生徒を収容出来るよう設計されていたし、俺のようにピーク時を避けて利用する生徒も少なくない。
なので、奥は生徒の数もまばらで余裕があった。
本来なら六人で使用するテーブルだが、他に利用している生徒がいないためレイは片側3列の真ん中の席に座る。
当然ながら俺は彼女と対面する席に腰を下ろした。
テスト「じゃ、食べようか。いただきます」
「そ、そうだね。いただきます!」
俺が着席するのを見届けるとレイは食事の開始を合図する。
当たり前程度のマナーではあるが、俺にとっては学園で一二を争うような美少女を目の前にしての食事である。
並んで喋る分にはそれほどでもなかったが、正面から一対一で向き合うと緊張からかどうしてもワンテンポ遅れてしまう。
それでも目の前に置いた唐揚げから漂うニンニクを始めとする香ばしい匂いは彼の空腹を刺激する。
花より団子とは言ったもので、俺はまずは食欲を満たすために箸を取るのだった。
テスト「ごちそうさま」
「・・・ごちそうさま」
麦茶で余韻を味わおうとしていた俺はレイに釣られて食事への感謝を口にする。
俺も食事の前には『いただきます』程度のことは口にするが、食べ終えた後の感謝は忘れて言ったり、言わなかったりだ。
独特な価値観を持っている麻峰レイだが、礼儀作法に関しては少なくとも俺よりはしっかりしているらしい。
テスト「やはり、唐揚げは美味しいな。毎日とは言わないが週に二回は食べたいくらいだ」
「うん、それくらいが丁度良い感じかな」
レイの意見に俺も相槌を打つ。いくら美味いとはいえ、毎日ではさすがに飽きる。週二くらいがベストな間隔だろう。
もっとも、彼もレイがわざわざその程度のことを告げるために自分を食事に誘ったわけではないことは理解している。
だから、献立内容で話を広げるようなことはせずに次の展開を待つ。
それに先程まであった美少女を目の前にした緊張も一緒に食事したことでかなり薄れていた。
同じ釜の飯を食った仲とやらで、一種の仲間意識が芽生えたからかもしれない。
テスト「うむ、察しが良くて助かる。じゃ、本題に入ろう」
レイも俺の意図を見抜いたようで、テーブルに身を乗り出すようにして告げる。
近くに他の生徒はいないが部外者には聞かれたくないといった意志表示だろう。
「・・・」
一瞬迷いながらも、俺も身体を乗り出してレイの顔に自分のそれを近づける。
その間隔はおよそ40㎝、この距離まで異性に近づくのには抵抗があるが、
彼女が内密に話を聞かせたいと思っているのであれば、それに応じない方が無粋だろう。
レイに対する免疫ができ始めていた俺だったが、耳を澄ませばお互いの鼻息さえ聞き取れる距離に彼の脈拍は自然と早くなる。
テスト「実は昨日の・・・」
そんな俺の内心をよそにレイは秘めていた『相談』について語り始める。
意図せずに美少女の吐息を浴びることになった彼はそれまでの緊張を一気に解すことになった。
薔薇か百合の花弁のような香りと信じていたレイの吐息に微かなニンニクの匂いが含まれていたからだ。
どんな美少女だろうと唐揚げを食べた直後となれば、その息がニンニク臭いのは必然である。
この事実は俺にレイも生身の人間であることを実感させ、
自分が造りだした美少女という存在へのイメージがいかに非現実的であるかを知ることになる。
「そ、それで・・・」
そんな自分の勝手な思い込みに俺は声を出して笑いそうになるが、
レイはこれから本題に入るところである。奥歯で笑い声を噛み殺し、慌てて相槌を打つ。
テスト「・・・笑わないでくれよ。ニンニク臭いのお互いさまだろう」
顔には出さないようにしたはずだったが、勘の冴えるレイは俺の些細な変化から気付いたようだ。苦笑を浮かべながら指摘する。
「いや、笑ったわけじゃ・・・いや、ごめん」
誤魔化そうとした俺だが、途中で謝罪に切り替える。レイに小手先技が通用しないのは既に明白だからだ。
テスト「うむ、では口直しに一本どうだい?」
俺が素直に認めたことでレイはそれまで浮かべていた苦笑を朗らかな笑顔に変えると、
スカートのポケットから小さな箱を取り出して俺に向ける。
「・・・ありがとう。頂くよ」
このやりとりは、まるで映画やドラマのワンシーンのようだと思いながら、俺はレイが差し出した箱の中身を一本抜き取る。
映画なら箱の正体は煙草であり、次はレイが火を付けたライターを差し出すところだが、
彼女が勧めてくれたのはスティックタイプのチョコレートである。俺はそのまま黒い棒状のお菓子を口へと運んだ。
当然ながら、この杜ノ宮学園でも校内におけるお菓子等の飲食は校則で禁じられている。
だが、生徒達は基本的に成長期ということもあり、休み時間等で教師の目の届かない場所でこっそり食べるには黙認されていた。
特に大食堂で食後のデザートとしてお菓子を持ちこむのは生徒の間は珍しいことではなかった。
テスト「じゃ、話の続きなんだが、・・・」
レイ自身もチョコレートを食べたことで、彼女の吐息は甘い香りに包まれていた。
それこそレイに相応しいと思いながら俺は改めて話に集中する。レイがくれた苦味の強いチョコレートは彼の好みにも合っていた。