第8章 怪しい影(脚本)
〇公園の入り口
大会当日の朝、四人は公園で集まり最終確認を行っていた。
今日は朝から分厚い雲がどんよりと空を覆っている。
なんだか嫌な雰囲気がした。
ゆき「うん、とりあえず今はここまでにしておこう」
ゆきがそう言ったので、三人は最後のポーズを一斉に崩した。
ゆき「それから、さくら! 本番はミスしても顔に出さない!」
さくらは少し舌を出して、「ごめんごめん」と呟いた。
さくら「あはは、いつも顔に出ちゃうんだよね」
ゆき「今日はDIAmondの曲を借りて出場するのだし、そもそも、ミス自体してはならないのよ」
ゆきは呆れたような顔で言った。
オリジナル曲のない新人アイドルは、カバー曲で出場するのが慣例だった。
今回ははるかの強い希望で、DIAmondの曲を拝借することにしていた。
はるか「そろそろ、会場に移動しよう」
はるか「ゆづき、荷物────」
はるかがカバンを持って振り向くと、携帯を見つめたまま硬直したゆづきの姿が目に入った。
ゆづき「これ・・・」
ゆづきは怯えたような顔をしながら携帯の画面をこちらへ向けた。
〇稽古場
それはgladiolusのSNSページだった。
更新日時は昨日の夜だ。
あやか「みなさま、こんばんは gladiolusから、緊急でお知らせがございます」
リーダーのあやかが、澄ましたような表情で動画に写っていた。
ゆきとさくらも画面を覗き込んだ。
あやか「当チームはMoonlightCupでの優勝を今季の目標としてきましたが・・・」
あやか「その予選大会に、予定より早く出場することにいたしました」
〇海辺
あやか「我々が予選大会として選んだのは──」
あやか「明日行われますサマースプラッシュカップです」
〇公園の入り口
ゆき「そんな!」
「サマー」と聞こえた時点で、ゆきが悲劇的な声を上げた。
ゆき「聞いてない!」
参戦についての意気込みがスピーカーから流れてくる。
しかし、はるかの耳には全く入ってはいなかった。
gladiolusがいないから優勝できる、と思っていたわけではない。
問題は、gladiolusの生の実力を見たおかげで、実力差があまりにも可視化されてしまったことだった。
実力を知らない他の知らないアイドルたちと競うより、そっちの方が何倍も怖い気がした。
〇稽古場
あやか「ということで、出場者のみなさま──」
あやか「──共に良いステージにいたしましょう」
あやかの冷ややかで凄みのある声がした後、動画はプツリと終了した。
〇劇場の楽屋
楽屋へ入った後も、gladiolusの緊急参戦が気がかりで、誰一人口をきかなかった。
頭の中は不安の気持ちがいっぱいで、どうやって入場を果たし、どうやって衣装を着たのかすらも全く記憶にない。
しばらく四人ともぼうっと空中を見つめていたが、突然、沈黙を破って楽屋のドアを叩くコンコンという音がした。
ゆきが恐る恐る席を立ち扉を開けた。
扉が少し開いたあと、ゆきの「ヒッ」という小さな声が聞こえた。
りょう「さくちゃん、挨拶しにきてよ」
gladiolusのりょうが扉の前に立っているのが見えた。
この間会った時よりも、どこか暗い印象を受けた。
本番前だからだろうか?
さくら「あっ、りょうちゃん・・・ごめん」
さくらは苦笑いした。
これまでどんな状況でも平気そうにしていた彼女だが、さすがに緊張しているようだ。
りょう「私たちが出るの、知らなかった?」
りょうの言葉に少し慌てた様子で、さくらが答えた。
さくら「いや、いや、さっき知ったよ 急な出場だったでしょ?」
???「あら、よくご存知のようね」
〇オフィスの廊下
廊下の方から嘲笑するような声が聞こえた。
はるかが立ち上がって廊下の方へ目をやると、gladiolusのリーダーがそこに立っていた。
はるか「えっと、はじめまして・・・」
はるかがおずおずと挨拶をすると、リーダーは品定めするような目ではるかを睨んだ。
あやか「大会ではあまり見ない顔ね」
はるか「はい、えっと・・・ 実は大きいステージも今日が初めてで・・・」
はるかは言いながら、段々と惨めな気持ちになってきた。
リーダーは相変わらずはるかを睨んでいる。
あやか「舐められたものね・・・」
はるか「えっ、今、なんて・・・」
しかし彼女はそれに答えなかった。
あやか「・・・あなた達はどうしてアイドルをしているの?」
はるか「えっ、と、それは────」
あやか「──答えられないなら結構よ」
リーダーが冷たく言い放った。
これ以上貴女には喋らせない、という断固とした意志をはるかは感じた。
あやか「「楽しいから」なんてふざけた気持ちで始めた、なんて言わないでしょう? 大会に出てるんですものね?」
はるか「でも、アイドルはキラキラ輝いていて、みんなが楽しい気持ちになって・・・」
はるかが消え入るような声でそう答えると、リーダーはフンと鼻を鳴らして口角を釣り上げた。
あやか「あら、それじゃあ────」
〇コンサート会場
〇ホールの舞台袖
〇オフィスの廊下
あやか「・・・・・・「楽しい」ステージになることを期待してるわ」
はるか「・・・えっ」
リーダーは吐き捨てるようにそう言うと、りょうを連れて自分の楽屋の方へ戻って行ってしまった。
〇劇場の楽屋
はるかは2人の背中を見届けた後、よろよろと楽屋へ戻り、席に座り込んだ。
リーダーの凄みに圧倒されたのか、誰もなにも言わない。
暫くの沈黙が場に流れた。
〇大劇場の舞台
司会者「──14番、gladiolus」
数十分の沈黙の後、舞台を映す中継のモニターから「gladiolus」という単語が聞こえたので、全員が一斉に画面を見た。
やはり今回も、gladiolusは完璧なステージを披露してみせていた。
寸分の狂いもない動作のひとつひとつを見ていると、まるで録画したビデオを再生しているかのような気持ちになる。
〇劇場の楽屋
今回はこの実力と競わなければならない。
そう思うと、彼女たちのステージはまるで死刑宣告のように感じられた。
はるか「なんだか見てて楽しくないな・・・」
はるかが呟くと、ゆきが「当たり前でしょう」という顔をして首を振った。
ゆき「ここはそういう世界だ、と何度も言っているでしょう?」
さくら「「頂点を目指すのに楽しさは必要ない」・・・昔りょうちゃんがそう言ってた」
ゆき「皆それくらいの覚悟を持って大会に臨んでいると言うことよ」
ゆき「そういう「覚悟」を持って、大会に出るんじゃなかったの?」
はるか「・・・そう、だよね────」
はるかは急に不安に襲われた。
今まで「楽しい」という気持ちひとつで突っ走ってきた。
〇明るいリビング
アイドルに憧れたあの日も
〇学校の部室
アイドルをやると決めたあの日も
〇劇場の座席
アイドルに向き合うと決めた日も
〇キラキラ
全ては「楽しい」という気持ちが根源にあるからだった。
〇劇場の楽屋
だが今のはるかに、楽しいという気持ちは一ミリも残っていなかった。
あれほど憧れたステージが、今や処刑台のように感じられた。
はるか「どうしよう・・・」
不安な気持ちが、雪崩のように押し寄せてくる。
はるか(ステージが・・・怖い────)