美味しいカプセル

みず

短編(脚本)

美味しいカプセル

みず

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〇黒
  西暦二三〇〇年。世界は氷に包まれていた

〇雪山
  一度外に出れば鼻から氷柱が垂れ、タオルを振れば鈍器になる。
  生き物は飢えて死に、川は凍りついて道となっていた。
  そんな過酷な環境で、しかし、人類は絶えていなかった
  各地に点在する、隔離された世界
  それぞれの体制を確立した『シェルター』と呼ばれるその世界の中で、
  人々は割と穏やかな生活を送っていたのだ

〇雪洞
  ザッ、ザッ、ザッ
コンドウ「おい、交代の時間だ」
警備隊「おお。ありがたい」
  隊員は白い息を吐き出しながら手をこする
コンドウ「今日はとくに冷えるな」
警備隊「まったくです。生き物なんてとっくにいなくなってるでしょうに、なんでわざわざこんな寒い日に見張りをやらにゃならんのですかね」
コンドウ「念の為ってやつさ。お上は頭が固いからな」
警備隊「暖かい部屋でぬくぬくしてんだから、もう少し緩くなってほしいもんです」
コンドウ「違いない」
警備隊「何だ、あれは?」
コンドウ「総員警戒態勢!」

〇戦闘機の操縦席(空中)
「・・・・・・」

〇雪洞
警備隊「対象、高度を落とし雪原に着陸しました」
コンドウ「警戒しつつ、近づくぞ」

〇雪山
???「・・・・・・」
コンドウ「何者だ」
ヨコタ「私はヨコタ。過去から来ました。 シェルターへ案内してください」
  ヨコタと名乗った女性は、銃を向けられているにも関わらず平然としていた
コンドウ「・・・・・・」
コンドウ「どうやって来た」
ヨコタ「タイムマシンに乗って」
コンドウ「なぜ、過去から来た」
ヨコタ「料理を教えるために」
コンドウ(──なに? では、こいつが、我々に料理を教えるために過去から来ることになっていたやつか)
コンドウ「お前が来るのは三日後だと聞いているが?」
ヨコタ「座標が少しズレてしまったからでしょう。 到着予定地点もこの雪原ではなく、少し離れた場所でしたから。それよりも──」
ヨコタ「今日は寒いですね。お近づきの印に温かいものはいかがですか?」
  袋から湯気が立ちのぼる。
  ふわりと欲を刺激する香りがして、誰かが唾を飲みこんだ。
コンドウ「・・・・・・」
ヨコタ「あら? ああ、大丈夫ですよ。毒なんて入ってませんから」
  ヨコタはそう言うと、袋から取り出したものを食べてみせた
警備隊「隊長。大丈夫そうですよ」
コンドウ「はぁ・・・」
コンドウ「わかった。 せっかくの好意だ。甘えるとしよう」

〇プライベートジェットの中
警備隊「これが、料理?」
ヨコタ「ええ、そうですが?」
警備隊「・・・・・・」
ヨコタ「? とりあえず食べてみてください」
警備隊「・・・・・・」
警備隊「・・・・・・」
警備隊「・・・じ、自分がいきます」
  パクッ
警備隊「んぐ! なんだこれ!? うめぇ!」
  パクッ
コンドウ「うまいな」
ヨコタ「お気に召しましたか?」
コンドウ「ああ。こんな食べ物があるとはな・・・」
コンドウ「先ほどは失礼した。自己紹介がまだだったな。 俺はコンドウという者だ」
ヨコタ「いえ。気にしないでください。 改めましてヨコタです。よろしくお願いします」
コンドウ「ヨコタはどれだけ現状を把握している?」
ヨコタ「たしか、ずっと前に調理を担当していた機械が寿命を迎え、それ以来調理された料理を食べていないと聞きましたが」
コンドウ「そうだ。いままですべて機械に任せていたため、我々は料理の仕方を忘れてしまった」
ヨコタ「過去の知識が断絶してしまったわけですね」
コンドウ「そのとおりだ」
  こんなご時世だ。どこのシェルターも何かしら過去と断絶しているものがある。
  料理やタイムマシン以外にも数多くの物が消えているだろう
コンドウ「食料がない、なんて悲惨なところもあるようだが、これは断絶と呼んでいいのかわからんな」
ヨコタ「食料が? それは大変でしょうね。 分けてあげたりしたのですか?」
コンドウ「いや。 こちらも余裕があるとは言い難いからな」
ヨコタ「・・・そうですか」

〇近未来施設の廊下
ヨコタ「ここがシェルター。広いですね」
コンドウ「厨房に向かうつもりだったが、そろそろ昼飯の時間だな。見に行くか?」
ヨコタ「ええ。お願いします」

〇施設の休憩スペース
  食堂では、壁にそなえ付けられた複数の黒い箱の前で、住人が長い列を作っていた
コンドウ「列に並ぶが、かまわないか?」
ヨコタ「ええ。問題ありません」
ヨコタ(いったいなにが出てくるのだろう。 調理されていない食事となると、ある程度使える食材も限られてくるはずだけれど)
  ヨコタの番が来た
コンドウ「昼飯を食べるにはそこのボタンを押せばいい」
  言われるがまま、ヨコタはボタンを押す。
  箱の蓋が開き、中から出てきたのは・・・
  一粒の小さなカプセルだった
ヨコタ「え?」
コンドウ「それを飲み込めば昼飯は終わりだ」
ヨコタ(これだけ? たったこの一粒で?)
ヨコタ「・・・・・・」
  ゴクッ
  飲んだ瞬間。いままで感じていた空腹感が一瞬で無くなった。それどころか心まで満たされていくのを感じる
ヨコタ(まさか、たった一粒で満腹になれるなんて。こんなものがあるなら・・・)

〇近未来施設の廊下
コンドウ「ここの料理はずいぶん違うだろう?」
ヨコタ「ええ。驚きました。あれを料理と言っていいのかはわかりませんが」
コンドウ「手厳しいな。許してくれ。 俺たちは物心ついた時からあのカプセルしか口にしていないものでな」
  ここの住人にとって、食とは作業のひとつだった。
  ただ並び、飲み込むだけ
  食べる喜びも楽しみも知らず、またそれに気づくこともない
  ヨコタはそれを少しだけ不憫に思った
ヨコタ「それにしても、あなたがたはどうやって過去に助けを求めることができたのですか?」
コンドウ「上司に聞かなかったのか?」
ヨコタ「・・・ええ。 ただ作ってこいと言われただけです」
コンドウ「適当だな。まぁ、いいか。 助けを呼ぶことができたのは時空間電話と呼ばれるポンコツのおかげだ」
  時空間電話。
  時を超えて電話を繋げるというタイムマシンの走りのような機械だ。
  だが、狙った時代にかけることは難しい。
  かかったとしても話すことしかできないため、大して役に立たない。
コンドウ「おまけに傍受が容易で、戦時中に使ったときは大変な目にあったそうだ」
ヨコタ「そうなのですか」

〇広い厨房
コンドウ「長年使われていないが、掃除だけはされている。何か不備があれば言ってくれ」
ヨコタ「ご親切にどうも」
ヨコタ(食材は粗方そろっている。 栄養素を抽出するために培養された肉や魚。地下で育てられた野菜、キノコ類)
ヨコタ(これらを使って信用を勝ち取る)
  ヨコタは鶏がらを洗って長ねぎ、生姜、酒といっしょに大きな鍋に放り込んだ。
  強火で沸かし、沸騰したらアクを徹底的に取る。
  それから弱火に変えて三時間。アクを取ったり、水を足したりしながら煮込んでいく
  あとは紙を敷いたザルで濾せば、黄金色のスープのでき上がりだ
コンドウ「そろそろ夕飯の時間だが、できているか?」
ヨコタ「はい。野菜や肉類も煮込んだので、これで完成です」
コンドウ「そうか。運ぶのは俺も手伝おう」
ヨコタ「よろしくお願いします」

〇施設の休憩スペース
ヨコタ「これからみなさんに料理を教えることになったヨコタです」
ヨコタ「今日を入れて三日間だけの付き合いではありますが、どうぞよろしくお願いします」
ヨコタ「それでは順番に取りに来てください」
ヨコタ「どうぞ、召し上がれ」
  パクッ
住民「これが料理!?」
住民「おいしい・・・」
住民「いままで俺が口にしてきたものは何だったんだ」
  ヨコタがこのシェルターに持ち込んだ物。
  それは、人間の三大欲求のひとつを刺激する爆弾だった
  衝撃は瞬く間に広がった。そして、
住民「おかわり!」
  住人たちは、人生初のおかわりを要求したのだった

〇雪洞
  翌朝。ヨコタが来て二日目
  コンドウが警備をしていると、複数の箱を手にしたヨコタをみつけた
コンドウ「こんな朝早くから仕事か?」
ヨコタ「ええ。 ここにきた以上、しっかり働かなくてはいけませんから」
コンドウ「そうか」
  料理を教わる人選はすでに済ませてある。
  これ以上コンドウがやることはない
ヨコタ「それでは、私は厨房へ向かいますね」

〇広い厨房
ヨコタ「では料理の仕方をお教えします」
  ヨコタは何も知らない住人たちに一から基本を教えていく。
  食材は使うまえに洗うことや包丁の持ち方、皮の剥き方などなど
  一通り教え終わると、おにぎりを作ることにした
住民「中に具材を詰めるなんて、ふだん私たちが食べているカプセルのようですね」
ヨコタ「そうですね。あれと違ってこちらは美味しいカプセルですが」

〇施設の休憩スペース
コンドウ「これは?」
ヨコタ「おにぎりです。中にいろいろな具材が詰まっているので美味しいですよ」
コンドウ「外からは中身が見えないのか。最初に食べたアレと同じだな」
ヨコタ「人間も同じですよ。開けてびっくりです」
コンドウ「ヨコタも冗談なんて言うんだな」

〇施設の休憩スペース
住民「ヨコタさん。過去ってどんなところ?」
ヨコタ「・・・あまり変わりませんよ。 強いて言うなら人の数でしょうか。こことは比にならないですね」
住民「ふーん。じゃあさ、じゃあさ。 センソウってしたことある?」
ヨコタ「私はないですね。 タイムマシンが戦争の理由なので、起きるとしたらこれからでしょうか」
住民「ええ!? じゃあ、過去に戻ったらたいへんだよ? ひいじいちゃんがたいへんだったって言ってたもん」
ヨコタ「大丈夫です。 私は比較的安全なところに帰れるので」
住民「そーなの?」
ヨコタ「ええ。そうなのです」

〇雪山
  三日目
コンドウ「もう帰るのか?」
ヨコタ「ええ。緊急で戻ってこいと連絡がありまして」
コンドウ「そうか。お前が飛んできた方角だが、最近食料を狙う泥棒がねぐらにしているらしい」
コンドウ「おそらく、食料が枯渇したシェルターの連中だろう。気を付けろよ」
ヨコタ「大丈夫です」
ヨコタ「みなさん。ほんとうに短い間でしたが、ありがとうございました」
コンドウ「すまないな。 何か渡せるものがあればよかったんだが」
ヨコタ「・・・・・・」
ヨコタ「いいえ」

〇モヤモヤ
ヨコタ「すでにいただきましたから」

〇雪山
コンドウ「は?」
  ヨコタはそれ以上答えず、来た方角へ飛んで行ってしまった
  コンドウは呆然と見送り、ヨコタの言葉を咀嚼する
  そういえば、なぜ彼女ははじめて会ったときに「今日は寒い」と言ったのか
  乗り物に積んでいた箱の中身は?
  食料が枯渇したシェルターの方角へ飛んでいった意味は?
  そして、今の言葉の意味は・・・
コンドウ「まさか・・・!」
コンドウ「おい、カプセル倉庫を見てこい!」
警備隊「了解!」
「隊長! 大変です! あれだけあったカプセルが一つも──」
住民「おい、何だあれ!」
コンドウ「A班は避難誘導。B班は警戒態勢をとれ」

〇黒
「ううぅ〜さ、寒いぃ」

〇雪山
料理人「私は過去からきた鈴木というものです。料理を教えに来ました」

コメント

  • 別れを惜しんだはずのフィナーレがとんでもない展開で目が点です! 彼女はきっと人間らしさのない彼らの食事をぶっ壊したかったのでしょうか?それとも。

  • 「食べること=生きること」だと思うので、未来の食事がカプセルのみになったら人間の五感も感受性も衰えてしまいそうだなあ。それにしても、彼女の正体!食事作りにプライドを持つ人間の心温まる物語だと思って読んでいたところにガツンとやられました。大人のSFミステリーですね。

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