Sparking Carats!

西園寺マキア

第4章 難しい道(脚本)

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西園寺マキア

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〇劇場の座席
  会場内はザワザワとした不穏なささやき声であふれていた。
  はるか達がこれまでに見た分では、開演をワクワクしながら待つような人は一人もいないようだった。
前の席の観客「あのチームは堅いでしょうな・・・まあ、最近は振りの精度が落ちているところもありますが」
前の観客「そうですねえ、いやもっとも振りを変えて歌が不安定になっている部分もある・・・今日はどう出るのか見ものですな」
  こうした出場者の批評会がそこいらじゅうで開かれているので、なんだか三人はばつの悪い気持ちになっていた。
  はるかが観客席の前方に目をやると、真剣な眼差しでステージを見つめるゆきの姿が小さく見えた。

〇大劇場の舞台
  開演のチャイムが鳴ると、観客達のひそひそ話が一斉にピタッと止んだ。
司会者「本日はブロッサムカップ最終日にお越しいただき、誠にありがとうございます」
  コンサートでは聞くことのできないような、真面目くさった司会者のナレーションが会場に響いた。
司会者「まず初めに、決勝に残りました10チームを採点していただく審査員の方々をご紹介いたします──」

〇劇場の座席
  司会者がそう言って審査員を紹介し始めると、客席の後ろの方に座っていた偉そうな大人達が席を立って軽く会釈し始めた。
  審査員の前後の列は座れないようになっており、彼らの面前には長机が無理やり設置されているのが見えた。
司会者「──日本アイドル活性協会会長さま」
  司会者に呼ばれ、小太りの裕福そうな中年男性が慣れた様子でぺこりと会釈した。
司会者「続きまして・・・」
  先ほどの男性が席に深々と座り直すと、右に座っていた次の審査員が自分の番だと席を立とうとした。
  次の審査員は女性だった。
  腰まであるロングヘアが揺れている。
はるか「あの人・・・って、もしかして」
  上半身を捻って審査員席を見ていたはるかが、目を見開いて息を飲んだ。
  言葉を呑んだはるかを見て、ゆづきも反射的に審査員席を見た。
ゆづき「いや、もしかしなくてもそう──」
  ゆづきが満足に言い終わらないうちに、司会者がアナウンスを再開した。
  はるかと同じように、観客の何人かが息を飲むのが聞こえる。
司会者「──サルビアプロダクション代表、姫森むつみ様」
  むつみが深くお辞儀をすると、先ほどとは比にならないような大きな拍手が会場に響いた。
さくら「本物だ・・・今日は決勝だから出てきたって感じだな・・・」

〇大劇場の舞台
司会者「審査員代表の姫森様よりご挨拶です」
  司会者はまたも淡々と台本を言い終えると、舞台袖に引っ込んでいってしまった。
  むつみはまたしても深くお辞儀をした後、マイクを受け取って話し始めた。
むつみ「本日は弊社が開催する大会にお越しいただき──」
  むつみの声は現役時代よりも少し低くなったように聞こえたが、それでもあの頃を思い出すような透き通った声だった。
  彼女が長々と形式的な挨拶を述べている中、はるかはその姿に夢中になって内容が全く入ってこない様子だった。
  ゆったりとした紺色の長い髪、長い睫毛、そして遠くでもわかる圧倒的オーラ・・・
  はるかはむつみの一挙一足を見逃すまいと、目を見開いてその姿を脳に焼き付けようとしていた。
むつみ「──それでは出場者の皆さま、悔いのないステージを」
  周りからの拍手が聞こえたところで、はるかは我に返り、
  「挨拶はすべて聞いていたし、まったくすばらしい内容だった」という顔をして座席に座りなおした。
司会者「それでは各チーム発表に参ります」
  司会者が舞台裏からアナウンスすると、拍手は止み、ふたたびあの独特の緊張感が会場を充満した。
  はるかも周りの観客と同じように、背筋を伸ばして舞台をまっすぐ見た。

〇黒背景
司会者「エントリーナンバー1番────」
  司会者がチーム名を読み上げると、キラキラとした衣装をまとったアイドルが五人、ステージ上にサッと現れた。
  曲のイントロがスピーカーから流れ出ると、アイドル達は正確なステップを踏みながら歌い始めた。

〇劇場の座席
  アイドル達の緊張感がスピーカーに乗って、はるか達の鼓膜にもびりびり響いた。
  ゆづきは口を開けたまま、ステージ上で踊るアイドルたちに釘付けになっている。

〇大劇場の舞台
  驚くほどに揃った足並み、ほとんど外さない音程。
  だが────
はるか「──楽しそうじゃない・・・」
  はるかは微妙な表情をしたまま、ステージ上のアイドル達を見つめた。
  楽しいはずのアイドルのステージが、無限の時間にも感じられた。

〇高層ビルのエントランス
さくら「クオリティすごかったね?」
  五チームのステージが終わり、休憩時間に差し掛かった三人は玄関近くのベンチで喋りこんでいた。
ゆづき「コールもない、演目後に歓声もない──今まで見てきた「アイドルのライブ」とは随分違う印象だった・・・」
  たったの1ステップでもミスできない、という出場者の緊張感は観客席まで伝わってきていた。
ゆづき「あの緊張感で肩こりそうだよ・・・」
さくら「あははっ、まだ肩こる歳でもないでしょーに!」
  さくらはこういった空気に慣れているのか、いつもと同じ調子で軽口を叩いている。
  一方はるかとゆづきは完全にあてられ、すでに憔悴しきっていた。
はるか「・・・みんな、楽しそうじゃなかった」

〇大劇場の舞台
  はるかはステージ上のアイドル達を思い出しながら声を絞り出した。
  ステージ上の笑顔が、貼り付けたものに見えて仕方がなかったのだ。

〇高層ビルのエントランス
はるか「うちだって、見てて楽しくない・・・」
はるか「みんな無理して笑ってるみたいで」
  はるかが眉を下げながら、ぽつりとこぼした。
ゆき「ここはそういう場所なの」
  俯くはるかの前に、ゆきは突然現れた。
ゆき「私の言った意味、少しはわかった?」
はるか「・・・」
  はるかは何も答えられなかった。
  アイドルの頂へ登るのが”こういうこと”だと、どこかで認めたくない自分がいた。
ゆき「・・・とにかく、辛気臭い顔をするのはやめて」
ゆき「それこそ出場者達への侮辱だわ」
はるか「・・・ごめん」
  ゆきははるかの謝罪の言葉は受け入れない、といった様子で首を振り、それから少し離れた。
???「あれ、さくちゃん?」

〇大ホールの廊下
  ゆきがはるかから離れた瞬間、舞台裏入口の方から聞き覚えのない声がした。
さくら「えっ、りょうちゃん!?」
  『りょうちゃん』は周りを見回したあと、手をひらひらと動かした。
さくら「この大会、出てたんだ!」
りょう「さくちゃんこそ、見にきてるなら教えてよー!」
  二人はかなり親しげな様子だった。
  楽しそうにしながら談笑している。
ゆき「gladiolusの、りょうさん・・・?」
  ゆきが二人にゆっくりにじり寄って、先ほどまでの剣幕とは真逆の声で慎重に尋ねた。
りょう「えへへ、そうだよー!」
  彼女はにっこりと笑った。
  衣装を着ているので、おそらく出場者だろう。
  ゆきは口をあんぐりと開けたまま、その場で硬直している。
ゆき「あ、あの、サインとか・・・」
りょう「・・・ごめん、もう行かなきゃなんだ」
  彼女は時計をちらと見た後、申し訳なさそうにしながら少しだけ頭を下げた。
りょう「私たちのステージ、楽しんでってね!」
  彼女は四人に向かってそれだけ言うと、踵を返して舞台裏入口の奥に引っ込んでしまった。

〇高層ビルのエントランス
ゆき「知り合いなの?」
  りょうの姿が見えなくなると、ゆきが熱っぽく聞いた。
さくら「うん、gladiolusにいることは知らなかったけどね」
はるか「ぐらじ・・・おらす?」
  聞き馴染みのない単語が聞こえたので、はるかは透かさず聞いた。
ゆき「ここ最近の若手強豪チームよ」
ゆき「gladiolusのステージは言うならば「完璧」」
ゆき「ミスのない完璧なステップ、音程、ファンサービス・・・どんな大会でもすばらしい成績を収めてきた」
  ゆきはドラマチックに話して聞かせた。
  その目には熱と、尊敬と、少しの畏怖が感じ取れる。
さくら「へえ、りょうちゃんはそんなチームにいるんだ」
ゆき「「そんな」チームだなんて!」
  さくらが気楽そうに言ったので、ゆきは信じられないという顔で糾弾した。
ゆき「いい?」
  ゆきはまるで学校の先生のような口ぶりで言い、三人に向き直った。
ゆき「今日の決勝は予選の合計得点の低い順から出演番号を決めてるの」
ゆき「gladiolusの出演順は最後・・・つまり──」
ゆき「──名だたる強豪チームの中で、首位通過したということになるわ」
  ゆきの低い声色のせいか、はるかは少し身震いした。

〇大劇場の舞台
  前半だけでもすでに、隙のないハイレベルなステージばかりだった。

〇謁見の間
  彼女たちの中でトップの実力を持つチーム──

〇大ホールの廊下
  ──そう考えただけで、先ほど朗らかに話していたあの少女の笑顔が、どことなく恐ろしいものに思えて仕方がなかった。

次のエピソード:第5章 譲れない気持ち

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