シャットダウン(脚本)
〇病院の診察室
僕の目の前には書類が広がっていた。
医者「こちらにサインをいただければ、全て同意したことになります」
僕は「はい」と短く返事をする。
医者「・・・このような立場で言えることではないのですが、考え直しませんか」
この人は何を言っているのだろうか。
僕は「いいえ」と短く返事をする
医者「そうですか」
医者「では、時間までは自由にしていてください」
医者「多くの方は外出されますよ」
サインをしなくていいのかと聞くと
医者「それはまた夜にしましょう」
と言われた。
〇大学病院
促されるまま外に出ると、曇天の空が広がっていた。
見慣れた街、見慣れた風景。
僕は明日もここにいる。
それなのにこの景色を見られるのが最後のように感じていた。
〇渋谷のスクランブル交差点
見渡せば人、人、人。
どの人も下を向き忙しそうに歩いている。何をそんなに急いでいるのか。
僕にはわからない。
僕もこの街の人のように一心不乱に歩いていた。
でも、ふと立ち止まったら僕は再び歩けなくなってしまった。
今ではどうやって歩いていたのか、思い出すことはできない。
〇ラーメン屋
ふと見ると昔から食べていたラーメン屋が目に入る。
これも最後になるかもしれない。食べておこうと思い、僕は暖簾をくぐる。
〇ラーメン屋のカウンター
出されたラーメンを目の前にすると少しだけ暖かな気持ちになれた。
麺をすすると変わらない味がする。
決して特別うまいわけでない。
でも、まずいわけでもない。
ずっと変わらないから、僕はこのラーメンが好きだった。
ふと見上げるとテレビでニュースをやっている。
『感情を失った若者たち』という特集だ。
〇テレビスタジオ
キャスター「近年、若者の間で感情をなくす手術が流行しています」
キャスター「我々取材班は、実際に手術を行った男性に密着取材をしました」
テレビでは連日、手術に関する是非を問う特集を組んでいた。
感情を消す手術は歓迎して迎え入れられた。不眠に悩む人。鬱で通院している人。
それだけではなかった。
感情というものに振り回されない、その手術は若者を中心にトレンドになっていた。
しかし、その状態はいつまでも続かなかった。
感情を失った人間による、事件事故が多発したのだ。
ニュースでは自称コメンテーターが訳知り顔で話している。
つい先日までは鬱が回復するなんて絶賛していたくせに。
メディアなんていい加減なものだ。
テレビには目から光を失った男性が映っている。
あの姿は明日から生きていく僕だ。
僕の姿だ。
気づけばテレビはもうすでに次のニュースに移っていた。
キャスター「昨夜、都内のマンションで女子大生の遺体が発見され・・・」
どちらにせよ希望を見いだせる内容ではなさそうだ。
〇ラーメン屋のカウンター
会計を済ませようと席を立つ
女性店員「ありがとうございました」
レジの前に立っている女性。
その目は死んでいる。
〇渋谷のスクランブル交差点
まだ病院に戻るまでは時間があった。
今までの僕なら何をしていただろうか。
カラオケ?ゲーム?映画でも見ていた?
今は一切興味を持てない。
僕は持て余し、近くの公園のベンチで行き交う人を見ていた。
仲睦まじく手をつないで歩くカップル。
幸せそうに並んで歩く家族。
どうして、赤の他人と一緒にいられるのか。
僕には不思議だった。
〇黒背景
僕の心にチクリと痛みが走る。
ああ、思い出さないようにしていたのに。
〇ダイニング(食事なし)
彼女「別れてほしいの」
そう言われたのは突然だった。
僕がどうしてと聞く前に、彼女は聞きたくもない言葉を投げつけてきた。
彼女「他に好きな人ができたから」
僕の中で何かがパキパキと音を立てていた。
初めてじゃない。信じた誰かに裏切られるときはいつだってこうだ。
彼女は僕の目の前で口を動かしている。
彼女「×××××××××」
一体何を言ってるんだ?
僕には聞き取れない。
彼女「×××××××××!」
僕の目の前にいるこれは一体何なんだ。
このあとの記憶は曖昧だった。
叫んだような、泣いたような。
すべてがあやふやで。
感情に飲み込まれて。
気づいたら心は凪いでいた。
でも、決してその凪は心地が良いものではなく。
〇渋谷のスクランブル交差点
気がつくと時間は過ぎて、街に明かりが灯り始めていた。
もう時間だ。行かなければ。
僕は暗くなりつつある街をあとにする。
〇病院の診察室
病院に行くと診察室に通された。
医者「では、これが最後になります」
医者「手術を行いますか」
僕は「はい」と短く返事をする。
医者「そうですか」
医者「ではサインを」
目の前に書類を出され、僕はサインをする。
サインを書き終わると僕は手術着に着替える。
医者「それではこのベッドに横になってください」
僕は言われたとおりに横になる。
医者「今から点滴を打ちます。眠くなりますが心配しないでください」
僕は小さくうなずくと目を閉じた。
〇黒背景
目の前に広がるのは暗闇。
ひんやりとした液体が僕の体に流れ込んでくるのを感じた。
徐々に意識がはっきりとしなくなっていく。
無意識が僕を飲み込んでいく。
僕が僕である最後に感じる、寂しいという気持ちも。
深い眠りに誘われて。
ゆっくりと消えていった。
感情をなくしてしまえば楽になれる…人は辛いことや悲しいことがあった時、そういうことを考えてしまいますよね。
彼の決断はすごく悲壮なものだったのかもしれません。
深く読み入ってしまう物語ですね。外部からの刺激が多すぎる現在、その刺激を受け止める感覚をシャットダウンしたいという人は少なくないでしょうね。所謂「人間らしく」生きるのが難しくなり否定されそうですが、一定数の賛同がありそうかなと妄想してしまいました。
最後どうなってしまったんでしょう、手術の意味は、、、タイトルから予測したりしながら読ませて頂きました。もう何もかも嫌になる、そんなときありますよね。