読切(脚本)
〇学食
「中学生に戻りたい」
ハタチ、大学生、一人暮らし。このワードを聞いて思い浮かぶのは華やかな大学生活だ。
知りもしないお酒の味をあたかも10年は嗜んだかのように語り、友人と酒に飲まれて誰も自分を責めることの無い部屋に帰る。
例に漏れず、俺もこの一人である。だが昔を思い返すと少なくとも高校の頃はこんな学生を心の中で見下していたはずだ。
親に莫大なお金を支援してもらい入学した大学で遊び呆けるような奴は馬鹿である、と。
現実は甘くない。
地方から出てきた後すぐ俺も決して甘くは無い酒という快楽に支配されてしまった。
先に大学生になった人達がそうであったように。ミツバチが甘い花の蜜に誘われるように。
将来に対する漠然とした不安感。心ではまだまだ子供のつもりなのに年齢だけが歳を重ねてしまう不安感。
それらをかき消すように酒を飲み冒頭に戻る。
・・・
・・・・・・
遅くまで酒を飲んだ次の日は決まって、昼過ぎに起床し二日酔いの頭を抱えカードだけを持ち大学食堂に向かうのがルーティンだ。
会計を済ませ席に座ると、近くの席に唯一、地元が同じである女子が居た。
彼女とは認識は無いが、同郷のよしみとしてちょっとした仲間意識はある。
彼女はこの荒んだ都会においても自分の軸を真っ直ぐ持っている、そう思わされるような女性であった。
「変わらないな」
そんなことを考えながら彼女の方をちらと見ると食事の傍に水筒が見える。
都会の大学に入ると水筒を持参するような学生はほんの一部だ。
当然、他の学生と同じく水筒など持っている訳が無い俺にとってはもはや懐かしい存在でさえあった。
「久しぶりに見たな」
そんなことを考えていると何故か目頭が熱くなっていた。
訳が分からなかった。
昨日の酒がまだ抜けていないのだろうか。
昔の理想と今の現実との乖離に心の奥底では着いていけていないのだろうか。それともただのノスタルジーな感情だろうか。
自分でも分からない。前者であって欲しいが。
きっとその全ての感情でありそれ以外にも言語化できない感情の寄せ集めによる熱なのであろう。
──
変えられない現実を脳裏で察すると共に強く誓った。
「中学生に戻りたい。そんなことを思わないような大人になりたい。」
私は進学もせずすぐに地元企業で働いたタイプなので、彼の感じる懐かしさに共感ができないですけど、きっと本来の自分の取り戻すきっかけを彼女の水筒から見出したのかなあと思いました。
都会の生活に悪い意味で慣れてきた頃に、自分でも理由がわからないふとしたきっかけで気持ちがリセットされる瞬間てありますよね。そのきっかけが同郷の女子が持参する水筒というのは、経験者ならではのリアリティと説得力で胸にくるものがありました。こういう瞬間を重ねて人は大人になっていくんだなあ。